忠義の冷蔵庫之介
「お母さん、卵買ってきたよ〜」
「ありがと〜、冷蔵庫に入れといて」
買い物袋をガサゴソとあさりながら、夏美は卵のパックを取り出した。冷蔵庫の扉を開けると、ひんやりとした空気が顔にふわりとかかる。
「ここに、っと……」
卵をケースにしまったそのまま、夏美は振り返ってお母さんに話しかけた。
「ねえ聞いて、お母さん。スーパーの駐車場で柴犬のステッカー貼ってる車があってね、すっごく可愛くて――」
「夏美どの!!」
不意に重く厳かな声が響き、夏美はビクッと肩を跳ねさせた。
「……え?」
冷蔵庫の方を見ると、扉の内側に、鎧をまとった人物が膝をついて正座していた。白銀の冷気に包まれたその姿は、どこか気高く、武士のような佇まい。
「夏美どの、冷蔵庫を開けっぱなしとは…なんたる無念……!」
「えっ、誰…えっ、冷蔵庫が…しゃべった…?」
「拙者、冷蔵庫之介。この家の食材をお預かりし、日々の健康と笑顔を陰ながら守りし者なり」
その背後、豆腐が神妙な顔でうなずき、ヨーグルトたちが整列して正座していた。
「開け放たれたままでは、我が身は冷気を保てぬ。野菜殿はしなしなとなり、刺身殿は命尽きてしまうやもしれぬ。これ、主君に仕える者として、断じて見過ごすことはできぬのだ!」
「ご、ごめんなさい!冷蔵庫之介さま…つい、うっかり…!」
「よい。気づいてくださればそれでよい。しかし、拙者は――」
武士の眉がぴくりと動く。
「次に開けっぱなしにされた折には、マヨネーズ殿が離反するやもしれぬ。忠義に厚いお方だが、暑さにはめっぽう弱くての……」
その言葉に、奥の棚で小さなマヨネーズがぶるぶる震えていた。
「……ごめんなさい。もう二度と開けっぱなしにしません」
夏美が静かに扉を閉めると、冷気がすうっと引いていき、武士の姿も見えなくなった。
翌朝、朝食を作るために冷蔵庫を開けると、卵の横に小さく折られた紙が一枚…あるように見えた
《武士の心得:一、油断するべからず 冷気は刃より鋭し》
「……冷蔵庫之介さま……」
夏美は、ふっと口元を緩めた。
今日もこの家の食材は、忠義に厚き冷蔵庫武士によって守られている――そんな気がして、ちょっと背筋がしゃんとした。
日々何気なく使っている冷蔵庫にも、きっと見えない番人がいる――
扉をそっと閉めるたび、冷蔵庫之介が「よくぞ」とうなずいているかも…




