信号機さんのやさしい光
夕暮れの街。
西の空が淡いオレンジに染まり、少し肌寒い風が吹いていた。
夏美は、スーパーの袋を両手にぶら下げて歩いていた。
今日は卵が特売日。ぎゅうぎゅうに詰まった袋を、そっと揺らしながら。
「早く帰って冷蔵庫に入れなきゃ…割れたらお母さんに怒られそう」
そんなことを考えながら交差点に差しかかると、信号機は赤。
「う〜ん、車来てないし…いけるかな…」
ほんの一瞬の迷い。
そして、ぴゅっと渡ってしまった。
「ふぅ〜、渡れた。卵も無事…」
その瞬間だった。
「ちょっとちょっと、信号無視です!」
「えっ!?」
夏美は驚いて立ち止まり、後ろを振り返る。
誰もいないはずの通り。でも、どこからか声が――
「夏美くん、信号機無視はいけないよ!」
え…まさか…
視線を上げると、交差点の信号機がぴかりと光り、まるでこちらを見ているように思えた。
「ぼくたち信号機はね、みんなの安全を守るために、ずっとここに立ってるんだよ。
赤は“止まれ”、黄色は“注意”、青は“進め”。それが約束なんだ」
信号機の声は、不思議と優しくて、胸の奥にじんわりと届いた。
「ごめんなさい…」
夏美は、思わずつぶやいた。
「ぼくはね、立っていることしかできない。
手を伸ばして誰かを止めることも、声を張り上げて呼び止めることもできない。
でも、信号の光で、みんなに“ここは危ないよ”“いまは進んでいいよ”って、知らせているんだ」
その言葉に、夏美はハッとする。
「…私、ただ車が来てないからいいかなって思って…
でも、私のあとに子どもが真似したら、どうなってたか…」
信号機は、静かに続けた。
「みんなが、ぼくたち信号機の光を信じてくれるから、
ぼくたちも命を守る役目を果たせるんだ。
でも、それを無視されると――誰かが傷つくかもしれない」
信号機は、動かない。声もない。ただ、そこに立っているだけ。
でも、その光は――たしかに、何かを伝えている。
夏美は、ぎゅっと袋を抱え直して、深く頭を下げた。
「ありがとう。これからは、ちゃんと守るね。信号機さん」
ふと、青の光がふわりとやさしく瞬いた。
それはまるで、「わかってくれたね」と、そっとほほえんでくれたようだった。
帰り道。
街灯がぽつぽつと灯りはじめた道を、夏美はゆっくり歩いた。
「明日からは、青になるのを待つ私になろうっと」
何気ない“ちょっとだけ”の信号無視も、誰かの命を危険にさらすかもしれません。
立っているだけの信号機も、その光でいつも私たちを守ってくれています。
次に青に変わるとき、その光の意味を思い出せたら――きっと心が少し温かくなるかな…




