スニーカー坊やと踵の約束
「ちょっと買い物行ってくる〜」
夏美はお気に入りの白いスニーカーを履いて玄関を飛び出した。
……いや、正しくは「踏みつけて」飛び出した。
右足の踵を、ぐいっと踏んづけて。
パンパンッと小走りで道を進みながら、ふと――
「……痛いよ、夏美」
「え?」
誰かにぶつかった?と思って振り返るが、そこには風と電柱と、揺れるのぼり旗だけ。
首を傾げながらまた歩き出すと、今度は足元から、はっきりと声がした。
「足、スニーカーだよ。踵を踏んでるだろ?」
「えっ!? しゃ、しゃべったの?!」
夏美が足元を見ると、右足のスニーカーが、ぷくっと頬を膨らませたような表情(に見える)。
「…あ〜、また踏んでる、ごめん…」
「君、いつもそうやって僕の踵、ぐにゅって踏むでしょ。つぶれて苦しいんだよ。
スニーカーはね、本当はちゃんと履いてもらうことで力を発揮するんだよ?」
「えっ、そうなの?」
「もちろん。踵までしっかり履いてくれれば、クッションもフィット感もバッチリ! 君の足をちゃんと守れる。でも、こうやってつぶされると、どんどん形が崩れて……」
夏美は立ち止まり、そっとしゃがみ込んで、踵を手で直しながら言った。
「ごめんね、楽だからって、ずっと雑に履いてた…。でも、君がそんなふうに思ってたなんて気づかなかった」
「……うん。わかってくれたならいいんだ。僕、君と一緒にたくさん思い出作ってきたからさ。
海にも行ったし、山にも行ったし、雨の日も風の日も、全部覚えてるよ。だから、これからも一緒に歩きたい。できれば、ちゃんとした形でね」
夏美は立ち上がり、踵までぎゅっと足を入れて、もう一度スニーカーを履き直す。
「これでどう?」
「最高! これぞスニーカーの本領発揮だよ!」
一歩、また一歩――歩くたびに、スニーカーが軽やかに足を弾ませてくれる。
なんだか、足元がふんわりあったかい。
その日のお買い物は、特別楽しかった。
帰り道、夏美はそっとスニーカーに話しかける。
「ただいま。今日も一緒に歩いてくれて、ありがとう」
スニーカー坊やは、黙っていたけれど――
その紐が、風にちょん、と揺れた気がした。
急ぎ足で踏みつけられても、文句を言わずに支えてくれるスニーカー。
でも、少しだけ耳を傾けてみれば――足元には、長く一緒に歩くための小さなお願いが隠れてるかも…




