そっとそばに、ティッシュくん
夕飯を食べ終えた夏美は、キッチンの食器を軽く片付けてから、リビングへ戻ってきた。
今日の献立は、母の作ってくれた焼き魚と味噌汁、そして卵焼き。派手さはないけれど、どれもほっとする味。
「やっぱり家のご飯がいちばんだなぁ」
そう呟きながら、湯気の立つお茶をカップに注いでソファに腰を下ろした。
テレビでは、バラエティ番組のにぎやかな笑い声が流れていたけれど、夏美はそれをBGMのように聞き流しながら、ふうっとひと息。
ちょっとした疲れと、あたたかい満腹感で、ぼんやりしていたそのとき――
「はっくしょん!」
突然、くしゃみが飛び出した。
「うわっ…」
鼻がツーンとして、じんわり鼻水がこみあげてくる。
慌ててテーブルの上のティッシュ箱に手を伸ばし、一枚をそっと引き出した。
ふわっとやわらかな感触。やさしく、鼻をぬぐう。
くしゃくしゃになったティッシュを丸めて、ゴミ箱へ。
その瞬間、夏美の中で妄想のスイッチが入る。
まるでいつものように――自然に。
⸻
「僕はティッシュ。」
そう名乗る声が、夏美の心の中に響く。
「僕は目立たないし、すぐに使い捨てられる。だけど、それでもいいんだ。」
ふわふわの白い体をもったティッシュくんが、箱の中で静かに語り出す。
「誰かの涙をそっとぬぐったり、鼻水を受け止めたり、机の汚れをきゅっと拭いたり…」
「仕事は日によって違うし、感謝されることもない。だけど、その一瞬の“困った”に寄り添えることが、僕のしあわせなんだ。」
涙を流す子ども、風邪で寝込むお父さん、ペットの粗相にあたふたするお母さん。
ティッシュくんは、誰に呼ばれることもなく、ただそこにいて、必要なときにそっと現れる。
「僕は、いてもいなくてもいい存在かもしれない。でも、“いないと困る”って言ってもらえるのが、ちょっとだけうれしいんだ。」
テレビの明るい光の横で、ティッシュの箱は静かにそこにいる。
それが、彼の居場所。
⸻
「きれいになった?」
そんな声が、どこからか聞こえた気がして、夏美は思わず「うん」と笑った。
普段なら気にも留めないティッシュ一枚。
でも、こうして思ってみると――
誰かの役に立つって、なんだかすごく尊いことなんだなって思えた。
「また頼りにするからね」
そうつぶやきながら、夏美はお茶をもう一口飲んだ。
カップの湯気が、ふわりと空中にほどけていった。
ティッシュの箱は、何も言わず、そこにあった。
でも、なんとなく――ちょっと誇らしげに見えた。
そして夏美の頬も、ほんの少しだけ、あたたかくほころんでいた。
目立たないけれど、いざというとき頼りになる存在。
誰かの小さな「困った」に、何も言わず寄り添ってくれるティッシュくん。
そんな彼の優しさに気づけた夏美の夜は、ほんの少しだけあたたかくなりました。




