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ダンジョン遺品整理士のおっさん、作業配信で深層を散歩していたら人類最深到達者だとバレました  作者: yamaarashi


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3/13

第3話 許可停止だそうですが、その規則、最後まで読みましたか

 探索者協会八王子支部の一階ロビーは、いつもより騒がしかった。


 自動ドアをくぐった瞬間、ベンチにいた探索者の皆さんが一斉にこちらを見た。

 誰かが「火ばさみの人だ」とつぶやき、何人かがスマホを構える。


「灰島さん、こっちです」


 窓口から、鷺沼さんが小走りでやってきた。三十代半ばの、いつも書類を抱えている職員さんだ。

 彼女はエレベーターの前で、声をひそめた。


「すみません、うちの課長が……。配信の次の日から、灰島さんの過去の入出記録を全部洗ってるんです。八年分」


「八年分も。お手間をおかけします」


「そういうことじゃなくて」


 鷺沼さんは困った顔をして、エレベーターのボタンを押した。


「気をつけてください。あの人、灰島さんのことになると、なんだか変なんです」


   ◇


 三階、第二会議室。


 長机の向こうに、男が三人並んでいた。

 真ん中に座っているのが、遺失物管理課長の真壁だ。五十がらみで、髪をきっちり撫でつけている。笑うと目が細くなるのに、少しも笑っているように見えない人だった。


「わざわざご足労いただいて」


「いえ。電話一本で許可停止というのは、さすがに困りますので」


 俺は会釈して、パイプ椅子に座った。

 壁際の記録係の席には、窓口の鷺沼さんがいた。八年間、俺の許可更新をずっと担当してくれている人だ。目が合うと、彼女は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。


「では、確認です」


 真壁課長が書類をめくる。


「一昨日の夜、あなたは五十九階以深へ立ち入った。認めますね」


「はい。依頼品が六十階にありましたので」


「五十九階以深は、立入禁止区域です」


「そうでしたか。存じませんでした」


「知らなかったで済むと? 深層は、あなたのような一般人が立ち入っていい場所ではない。命に関わるんですよ」


「危険なのは存じています。ですが、ご遺族は待っておられますので」


「……質問に答えていませんね」


 真壁課長の口元が、わずかに上がった。

 両隣の職員が、手元のメモに何か書きつける。


 俺は鞄から、付箋だらけの冊子を取り出した。

 『ダンジョン遺品回収業許可規則』。十年前、協会が業者向けに作った規則集だ。


「お尋ねしたいことが三つあります」


「……どうぞ」


「一つ目。立入禁止区域の指定は、協会の管理規程第十二条により『告示』して行うと定められています。五十九階以深の指定は、いつ告示されましたか」


 真壁課長の手が止まった。


「協会のサイトの告示欄を、昨夜さかのぼって確認しました。十年分です。五十九階の告示は、一件もありませんでした」


「それは、内部通達で」


「内部通達は、協会の職員の方を縛るものです。外部の業者には届きません」


 隣の職員が、そっと真壁課長の顔をうかがった。


「二つ目」


 俺は付箋のページを開いて、机の上に置いた。


「許可規則第三条。『許可業者は、遺族等の依頼に基づく遺品回収のため、ダンジョン内のいずれの区域にも立ち入ることができる。ただし、これにより生じた損害について、協会は責任を負わない』」


 会議室が、静かになった。


 十年前のことを、俺は覚えている。

 業者の事故で協会が訴えられないように、「どこへ行ってもいいが、死んでも自己責任」と書いた条文だ。誰も深層まで行けるとは思っていなかったから、深さの制限を書き忘れたのだろう。


「三つ目。許可の停止は、第二十条で『聴聞の機会を与えたうえで』行うことになっています。お電話一本では、手続きが足りません」


 真壁課長は、しばらく何も言わなかった。


 調査員をしていた頃、恩師の司法書士によく言われたものだ。

 灰島くん、規則は最後まで読みなさい。書いた人間がいちばん読んでいないのが、規則というものだから、と。


「……停止は、撤回します」


 真壁課長が、低い声で言った。


「ありがとうございます」


「その代わり」


 細い目が、俺を見た。


「あなたがこの八年で回収した遺品の目録を、全件、協会に提出してください。違法な持ち出しがないか確認する必要がある」


「お断りします」


 即答すると、両隣の職員がぎょっとした顔をした。


「目録には、ご遺族の住所も、故人の最期の様子も書いてあります。規則で提出が義務づけられているのは、依頼外の品物を回収した場合だけです。それ以外は、依頼人の個人情報ですので」


「……そうですか」


 真壁課長はそれ以上、何も言わなかった。

 ただ、目録という言葉を口にしたときだけ、ほんの少し前のめりになっていた。それが妙に、引っかかった。


   ◇


 支部を出ると、スマホの通知がまた増えていた。


 霧咲さんが、朝のうちにSNSに書き込んでいたらしい。


 『昨夜の灰島さんの配信は本物です。私が見ていました。協会が彼の許可を停止しようとしています』


《コメント欄》

 名無しの中層民:S級が保証しちゃったよ

 ガチ勢A:協会、火ばさみおじさんを止めようとして炎上してて草

 元探索者:あの規則、業者は自己責任って書いてたやつだよな。墓穴では?

 kuro_tama:協会の電話つながらなくなってるらしい

 Abyss_Watcher:#FreeTheTongsMan

 ガチ勢A:海外勢のタグ名がひどい


「……火ばさみの人、ですか」


 悪くないあだ名だな、と思った。仕事道具の名前なら、覚えてもらいやすい。


   ◇


 事務所に戻ると、シャッターの前に女の子が座り込んでいた。


 二十歳くらいだろうか。大きなリュックを膝に抱えて、俺の足音にはっと顔を上げる。

 目の下に、薄いくまがあった。


「灰島さん、ですよね。配信の」


「はい、灰島です」


「七瀬ひよりといいます。大学二年です。あの、依頼を……」


 彼女はリュックから、くしゃくしゃになった封筒を出した。

 探索者協会の封筒だった。


「三年前、兄が死にました。七瀬湊、二十三歳です。協会の臨時職員で、四十一階で事故に遭ったって」


 声が少しずつ細くなる。


「おかしいんです。兄は、すごく怖がりでした。お化け屋敷にも入れない人で、『臨時職員は浅い階の調査だけだから安全』って、いつも言ってたのに」


 ひよりさんは、膝の上で封筒を握りしめた。


「探索者タグだけでも返してほしいって、何度もお願いしました。でも協会からは『遺品は回収不能』って、この手紙が一枚来ただけで」


 俺は封筒を受け取って、中を読んだ。


 回収不能。

 見慣れた四文字だった。十年前、俺の家に届いたのと同じ書式だ。


「中へどうぞ。少し、調べてみます」


   ◇


 ひよりさんは、事務所の机に積まれた依頼書の山を見て、目を丸くした。


「これ、全部……」


「ご依頼です。三十七件。皆さん、待っておられます」


 俺はほうじ茶を出して、欠けていないほうの湯のみを彼女の前に置いた。

 ひよりさんは両手で湯のみを包み、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。


 協会の遺失物台帳は、許可業者なら閲覧できる。

 事務所のパソコンでログインし、故人の名前で検索した。


 七瀬湊。三年前の四月。四十一階。


 その行を見て、俺は手を止めた。


 『探索者タグ一点 状態:回収済 保管:協会本部』


「……回収済?」


 ひよりさんが、画面を覗き込んで息をのんだ。


「うそ。だって、回収不能って」


 俺は目を閉じ、意識を細くした。


 《失せ物探し》。

 思い浮かべるのは、目の前の女の子が三年間、握りしめてきた気持ちだ。


 糸が、ほどける。

 ただし、協会本部のある都心の方角ではない。足もとへ。地の底へ、まっすぐに。

 糸の張り具合で、おおよその深さは分かる。八年もやっていれば、一階ぶんの誤差もない。


 俺は目を開けた。


「この台帳は、間違っています」


「え……」


「湊さんのタグは、協会にはありません。まだダンジョンの中です。――六十三階に」


 ひよりさんが、かすれた声でつぶやいた。


「じゃあ、協会は……いったい、何を保管してるんですか」

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