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ダンジョン遺品整理士のおっさん、作業配信で深層を散歩していたら人類最深到達者だとバレました  作者: yamaarashi


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2/12

第2話 S級探索者が事務所に来たので、ほうじ茶を出しました

「何者、と言われましても」


 俺は事務所の応接ソファを勧めて、ほうじ茶を淹れた。

 来客用の湯のみは二つしかない。片方は少し欠けているので、そちらは自分で使う。


「遺品整理士です。名刺、お渡ししましょうか」


「いただきます」


 霧咲レイさんは、名刺を両手で受け取った。

 テレビで見るより若い。たぶん二十四、五だろう。剣を下ろしてソファに座る仕草が、妙に礼儀正しかった。


「灰島さん。確認させてください」


「はい」


「国内の最深到達記録は、五十八階です」


「そうなんですか」


「記録を作ったのは、私のパーティです」


「それはおめでとうございます」


 霧咲さんは、湯のみを持ったまま固まった。


「……あの。昨夜、あなたがいたのは六十階です」


「ええ。佐伯さんの指輪が、そのあたりまで沈んでいましたので」


「沈んで?」


「遺品は下へ沈むんです。浅い階なら一年で五階から十階くらい。深くなるほど、ゆっくりになりますが」


「知りません、そんなこと」


 今度は俺が固まる番だった。


 八年間、俺はずっとそうやって遺品を探してきた。古い遺品ほど深い。だから深く潜る。それだけのことだ。

 協会に聞かれたことはないし、わざわざ言う相手もいなかった。


「では、皆さんは五十八階より下へは……」


「誰も行けません。行った人は、誰も帰ってきていません」


 霧咲さんの声が、少しだけ震えた。


「あの灰燼竜は、深層の観測ドローンが一度だけ遠くから撮ったことがある個体です。近づいた機体は全部溶けました。それをあなたは、火ばさみで」


「あれは、火の粉から遺品を守るための道具でして」


「そういう話じゃないんです」


 霧咲さんは額を押さえ、自分のスマホをこちらへ向けた。


「見てください。昨夜の切り抜きのコメント欄です」


《コメント欄》

 名無しの中層民:CGだろ。CGであってくれ

 ガチ勢A:竜の鱗の反射、本物の深層の光り方と同じなんだよな……

 kuro_tama:火ばさみでドラゴンしつけてて草

 元探索者:防炎シート一枚で灰燼竜のブレス防ぐのは物理的におかしい

 名無しの中層民:「遺品に燃え移ったらどうするんですか」←怒るとこそこ?

 Abyss_Watcher:Who is this guy?? Japanese salaryman in the Abyss???

 ミウ:灰島さんは本物です。私のお父さんの指輪を見つけてくれました

 ガチ勢A:遺族本人おるやん

 kuro_tama:刻印を映さなかったの、プロすぎて泣いた


「……皆さん、夜中なのによくご覧になってますね」


「感想がそれですか」


 霧咲さんは、深いため息をついた。


「灰島さん、探索者ランクは?」


「探索者ではないんです。持っているのは、これだけで」


 俺は財布から、くたびれた許可証を出した。

 『ダンジョン遺品回収業許可証』。十年前、協会がダンジョンの管理を始めたころに作られた、業者向けの制度だ。


「適性検査は一度だけ受けました。ランクはFです。スキルは《失せ物探し》が一つ」


「F……」


「それからは測っていません。測定料が一回二万円かかるので」


 霧咲さんは、しばらく天井を見ていた。

 それから、意を決したように顔を上げる。


「お願いがあります。今日、遺品をお届けに行くんですよね。同行させてください」


「ご遺族のお宅ですので……」


「外で待ちます。邪魔はしません。ただ、知りたいんです。あなたが、何のために深層へ行くのか」


 まっすぐな目だった。

 断る理由を探して、俺は結局見つけられなかった。


   ◇


 団地へ向かう道で、霧咲さんは帽子とマスクで顔を隠していた。

 それでも、すれ違った男子高校生が二度見して、「え、レイじゃね?」とささやいた。


「やっぱり、目立ちますね」


「灰島さんのほうが目立ってます。さっきから三人、あなたを撮ってました」


「作業着だからでしょうか」


 霧咲さんは答えなかった。


 佐伯さんのお宅は、三日前と同じように片付いていた。

 ただ、仏壇の前に座布団が二枚並べてある。お二人とも、待っていてくれたのだ。


 俺は座卓に白い布を敷き、その上に桐の小箱を置いた。


「こちらが、回収したお品物の目録です」


 一枚の紙を差し出す。


 回収日時。回収した階層。周囲の状況。品物の状態。

 発見場所の写真は、ご希望があればお見せする。見たくないという方もいるので、必ず先に伺うことにしている。


「写真は……今は、いいです」


 和美さんが小さく首を振った。


「承知しました。では」


 俺は小箱の蓋を開けて、ご遺族のほうへ向けた。

 あとは、俺の仕事ではない。


 美羽さんが、震える指で指輪をつまんだ。

 内側を、窓の光にかざす。


 『T & K』。

 その横に、刃物で引っかいた文字。


 ――みう 11さい おめでとう


 美羽さんの肩が、びくりと跳ねた。


「……五年前の、あの日」


 かすれた声だった。


「私の、誕生日だったんです。お父さん、『ケーキ買って早く帰る』って言って、潜って。帰ってこなくて」


 和美さんが、娘の背中に手を置く。


「だから私、誕生日、もうやめたんです。お父さんが死んだ日だから。おめでとうなんて、言っちゃいけない日だって」


 指輪を握りしめた手に、ぽたぽたと涙が落ちた。


「お父さん、最後に、これ書いてたんだ。私の、誕生日のこと……」


 最後のほうは、もう言葉になっていなかった。


 俺は黙って頭を下げ、部屋の隅へ下がった。

 故人の言葉が、ようやく届く。その瞬間に立ち会わせていただくのが、この仕事でいちばん大切な時間だと思っている。


 十年前、俺の家には何も届かなかった。

 妻の千景が、ダンジョンから帰らなかった日。協会から送られてきたのは、紙一枚の死亡認定通知だけだった。


 だから俺は、届ける側になった。


 しばらくして、和美さんが涙をぬぐった。


「灰島さん。あの、昨夜の配信が、すごいことになっていると聞いて……。お礼を、もっと」


「料金は、お見積もりのとおりです」


 俺は首を振った。


「それと、前の業者の件は、被害届を出しましょう。書き方はお手伝いします」


 俺は小箱の蓋を閉じながら、もう一つ付け加えた。


「この指輪は、お二人が相続されたお品物です。高価な宝飾品でなければ、形見分けとして扱えます。難しい書類は要りません。『夫の形見を娘に渡した』。それで十分です」


 和美さんは、泣きながら少しだけ笑った。


「美羽。今年は、ケーキ買おうか」


「……うん。チョコのやつ」


   ◇


 団地の階段を降りると、霧咲さんが自販機の陰に立っていた。


 目が赤かった。

 薄い玄関ドア越しに、声だけは聞こえてしまったのかもしれない。


「……灰島さん」


「はい」


「私、五十八階で、仲間を二人置いてきました」


 霧咲さんは、自分のつま先を見たまま言った。


「助けに戻れなかった。記録を作った日なのに、配信では笑ってました。あれから三年、二人の家族に会えていません」


 冷たい風が、銀色の髪を揺らした。


「いつか、依頼してもいいですか」


「いつでもどうぞ。それが仕事ですから」


 霧咲さんは顔を上げた。

 泣き笑いのような顔で、何か言いかけた。


 そのとき、俺のスマホが鳴った。


 表示は、探索者協会八王子支部。

 通話ボタンを押すと、ねっとりとした男の声が流れてきた。


『遺失物管理課長の真壁です。灰島恭一さんですね』


「はい、お世話になっております」


『単刀直入に言います。あなたは昨夜、立入禁止区域である五十九階以深に、無断で侵入した』


 真壁課長は、楽しそうに一拍置いた。


『よって本日付で、あなたの遺品回収業許可を停止します。――今後、ダンジョンへの立ち入りは一切認めません』


 隣で、霧咲さんが息をのんだ。

 俺は、スマホを持ち替えた。


 困ったな、と思った。

 事務所の机の上には、まだ三十七件、ご遺族からの依頼書が積んであるのだ。

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