第15話 規則は最後まで、台帳は一行ずつ
「お話でしたら、喜んで伺います」
俺はインターホン越しに答えて、上着を羽織った。
ひよりさんが、俺の袖をつかんだ。
顔が真っ青だった。
「灰島さん、行っちゃだめです。あんなの、でっちあげなのに」
「でっちあげだからこそ、行ったほうがいいんです」
俺は事務所の奥の棚を指さした。
「ひよりさん。あの棚の、青い背表紙のファイルを全部、警察の方にお見せできるよう準備しておいていただけますか。八年分の、引渡受領書です」
「受領書……」
「遺品をお届けするたびに、ご遺族に署名と押印をいただいています。いつ、何を、誰にお渡ししたか。一件残らず」
ひよりさんの目が、少しだけ落ち着いた。
「……前職の癖ですか」
「前職の癖です」
◇
八王子警察署の取調室は、思っていたより明るかった。
向かいに座ったのは、小野寺という四十代の刑事さんだった。
机の上に、協会が提出したという目録の写しが置かれている。
「灰島さん。この目録に載っている金の懐中時計、ダイヤの指輪、古い金貨。これらを回収したのに、遺族に渡さず売った。協会はそう言っています」
「拝見してもよろしいですか」
俺は目録の写しを手に取って、右上の隅を指さした。
「この書式番号をご覧ください。『様式三』とあります。私の事務所では、五年前に書式を改めて、今は『様式五』を使っています。様式三は、五年前までのものです」
「……それが?」
「ところが、この目録の日付は、すべて今年です。今年の日付が、五年前の書式に書かれている。どこかで古い書式を手に入れた方が、中身だけ書き足したのでしょう」
小野寺刑事が、目録をじっと見つめた。
「それから、この金の懐中時計の依頼人として書かれている方ですが」
俺は、名前の欄を指でなぞった。
「私の受領書の控えによれば、この方には六年前、腕時計を一点お届けしています。ご本人の署名もあります。懐中時計の依頼は、受けておりません。ご本人に確認していただければ、すぐに分かるはずです」
小野寺刑事は、しばらく黙っていた。
それから、深いため息をついた。
「……正直に言います。私も配信、見てました」
「ありがとうございます」
「妻も、娘も見ています。昨日、娘に『あの人を捕まえたら口きかない』と言われました」
「それは、申し訳ありません」
「謝られる筋合いでもない。告発状が出た以上、話を聞かないわけにはいかなかった。ですが、これは――」
小野寺刑事は、目録の写しを指で弾いた。
「むしろ、これを作った側を調べるべきかもしれませんね」
夕方には、俺は警察署を出ていた。
出口で待っていたのは、ひよりさんと、もう一人。杖をついた白髪の老人だった。
「灰島くん。相変わらず、書類だけは几帳面だね」
「……久我先生」
俺が司法書士事務所で働いていたころの、所長だった。
規則は最後まで読みなさい。そう教えてくれた人だ。
「ニュースを見て、居ても立ってもいられなくてね。引退した年寄りでよければ、手伝わせてもらうよ」
帰りの車の中で、久我先生はぽつりと言った。
「千景さんの手紙の動画、見たよ」
「……はい」
「あの人は、事務所の忘年会に一度だけ来てくれたね。君が飲みすぎたとき、私に頭を下げて、君を引きずって帰っていった」
久我先生は、窓の外を見ながら笑った。
「十年前、君が事務所を辞めるとき、私は止めなかった。止めても無駄だと思ったからだ。でも、ずっと後悔していた。一人で行かせてしまったことを」
「先生」
「今度は、一人で行かせないよ」
◇
その夜、事務所は作戦会議室になった。
応接机の上に、資料が山のように積まれている。
久我先生、ひよりさん、霧咲さん。そして、仕事帰りに駆けつけてくれた鷺沼さん。
画面の向こうには、退院したばかりの黒崎ジンもいた。
『で、俺は何すりゃいい』
「ジンさんの視聴者の方に、呼びかけていただきたいんです」
俺は、一枚の紙を画面に向けた。
協会から届く、あの「回収不能」の通知書の写しだ。
「この通知を受け取ったご遺族の方に、写真を送っていただけないか、と。日付と、故人のお名前と、階層。それだけで構いません」
『……なるほどな。台帳と突き合わせるのか』
「はい」
鷺沼さんが、震える手でノートパソコンを開いた。
「これは、協会の遺失物台帳の、修正履歴です。本当は、職員でも課長以上しか見られません」
鷺沼さんは、唇を噛んだ。
「八年分を調べました。『回収不能』から『回収済・本部保管』に書き換えられた記録が、三百十二件あります。書き換えた職員番号は、すべて同じでした」
「真壁課長の番号ですね」
「……はい」
久我先生が、眼鏡を押し上げた。
「なるほど。遺族には『回収不能』と通知しておいて、台帳上は『回収済』として事件を閉じる。誰かが後から遺品を見つけても、台帳上はすでに協会が保管していることになっているから、表に出ない。よくできた仕組みだ」
「どうして、そんなことを」
ひよりさんが、かすれた声で言った。
「深層で死んだ人の記録を、残したくなかったからだろうね」
久我先生は、静かに言った。
「深層へ人を送り込んだ記録が残れば、誰が送ったのかが問題になる。十年前の調査隊も、三年前の臨時職員も、全部」
◇
ジンの呼びかけから一晩で、事務所のメールには二千通を超える通知書の写真が届いた。
《ジンchコメント欄》
通りすがりの遺族:父の通知です。七年前、四十四階。「回収不能」
通りすがりの遺族:うちも同じ書式です。兄、五年前
ジン信者:これ全部、台帳では回収済になってるってこと……?
黒崎ジン(公式):送ってくれた人、ありがとう。一枚も無駄にしない
ひよりさんと鷺沼さんが、それを一件ずつ台帳と照らし合わせていく。
久我先生が、一行ずつ表にまとめていく。
霧咲さんが、戸川ユウさんのご家族から連絡を受けたのは、明け方だった。
「ユウさんの手帳、ご家族が読んで、公開していいって言ってくれました」
霧咲さんは、スマホの画面を俺たちに見せた。
波打った紙を撮影した写真だった。
――六十階で、七瀬くんを見つけた。もう助からない。最後まで、妹さんの話をしていた。
――七瀬くんたちは、真壁に「手帳を探してこい」と言われて、ここまで下ろされたらしい。
――カナと二人で、下へ逃げる。上には、もう魔物がいる。
ひよりさんが、口を押さえた。
「……お兄ちゃん、最後まで、私の話」
霧咲さんが、そっとひよりさんの背中に手を置いた。
◇
朝の光が差し込むころ、ひよりさんが、ふいに顔を上げた。
「灰島さん。兄のタグ、もう一度調べさせてください」
ひよりさんは、湊さんのタグを専用の読み取り機につないだ。
協会が十年前に公開した、タグの管理用の仕様書を横に開いている。
「探索者タグは、最期の声を自動で再生する。でもそれは、本当は記録の一部なんです。仕様書を読んだら、タグは持ち主が死ぬ前の七十二時間分の音声を、暗号化して全部保存してるって書いてありました」
「規則を、最後まで読んだんですね」
「灰島さんの真似です」
ひよりさんは、少しだけ笑った。それから、真剣な顔でキーボードを叩き始めた。
十分後。
画面に、音声ファイルの一覧がずらりと並んだ。
「……開きました」
ひよりさんが、一番古い日付のファイルを再生する。
ざらついた雑音。足音。誰かの荒い息。
それから、聞き覚えのある、ねっとりとした男の声が流れてきた。
『七瀬くん。手帳を見つけるまで、上に戻ってくるな』
事務所の空気が、凍りついた。
『心配しなくていい。君たちがどうなっても、記録は四十一階の事故にしておく。――ご家族には、私から丁寧に通知しておくよ』
ご依頼の続きは、本日19:10に。
続きを見逃さないよう、【ブックマーク】で灰島の作業記録を保存しておいてください。
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※本作は本文の執筆に生成AIを使用しています。




