第14話 迷子の探索犬と、世界中の火ばさみ
千景の手紙は、便箋一枚の裏表に、びっしりと書かれていた。
配信を切ったあと、俺は事務所の奥で一人、それを最後まで読んだ。
――協会は、私たちを沈めた。
――五十階で、後方支援の真壁さんが、地上との中継器を切って戻っていった。救助の要請は届いているはずなのに、誰も来ない。
――御厨隊長は、帰り道を探しに下へ行った。私は、ここで怪我人の手当てをしている。
――全部、手帳に書いておく。いつか、誰かが拾ってくれるように。
最後の三行だけ、字が少し丁寧だった。
――恭一さん。ご飯、ちゃんと食べてる?
――靴下は、表に返してから洗濯機に入れてね。
――帰れなかったら、ごめん。でも、あなたが待っていてくれると思うと、もう少しだけ頑張れます。
俺は便箋を、元どおりに折りたたんだ。
靴下は、八年前から、ちゃんと表に返している。
◇
翌日、俺は短い動画を一本だけ公開した。
手紙の前半、協会と中継器についての部分だけを読み上げたものだ。
読み上げる前に、ひよりさんと鷺沼さんが手分けして、第一次調査隊の他のご遺族のうち、連絡のついた十八組に了承をもらってくれた。全員が「公開してほしい」と答えた。
最後の三行は、読まなかった。
あれは、俺だけに届いた言葉だ。
動画は、半日で三千万回再生された。
《コメント欄》
元探索者:中継器を切って戻った、ってことは見捨てたってことだよな
名無しの中層民:協会の公式、ついに声明出した。「事実関係を調査中」だって
ガチ勢A:十年黙ってて今さら調査中はないだろ
kuro_tama:最後の部分、読まなかったんだね。それでいいと思う
Abyss_Watcher:Associations all over the world are being questioned now
ニュース番組が、朝から晩まで協会のことを取り上げていた。
事務所の電話は、一日中鳴りっぱなしだった。
「灰島さん。少し、息抜きしましょう」
夕方、ひよりさんが、一枚の依頼書を持ってきた。
「今日届いた依頼です。これだけは、どうしても先にお見せしたくて」
依頼書の字は、鉛筆で、ひらがなが多かった。
◇
依頼人は、小学四年生の蒼太くんだった。
「じいちゃんと、マロンを探してください」
蒼太くんは、お母さんの隣で背筋を伸ばして言った。
机の上に、柴犬の写真が置いてある。首に、赤い首輪をつけていた。
「マロンは、じいちゃんの探索犬でした。じいちゃんは、ダンジョンで道案内の仕事をしてて、マロンは鼻がよくて、迷子の探索者を何人も見つけたんです」
「二年前、二十階で、二人とも……」
お母さんが、小さな声で付け加えた。
「じいちゃんは、もういいです。じいちゃんの物は、お母さんが見つけてもらいたいって言ってるから、それで」
蒼太くんは、膝の上で両手を握った。
「でも、マロンの首輪は、ぼくが見つけてほしいです。マロンは、ぼくが生まれたときから、ずっと一緒だったから」
料金のことを聞かれる前に、俺は言った。
「お受けします。料金は、お小遣いで払える額にしておきます」
「……五百円でいいですか」
「ちょうど、五百円玉がなくなったところでした。助かります」
蒼太くんは、ほっとしたように笑った。
◇
その夜の配信は、いつもと少し雰囲気が違った。
二年前に二十階で亡くなった方の遺品は、今は三十階前後にあるはずだ。
深層ではない。中層だ。たくさんの探索者が、普段から行き来している階層だった。
「あ、火ばさみの人だ!」
「写真いいですか!」
すれ違う探索者のパーティが、次々に声をかけてくる。
俺はそのたびに立ち止まって、会釈をした。
《コメント欄》
名無しの中層民:中層だと普通に有名人で草
ガチ勢A:みんなの火ばさみ、なんか持ってる人多くない?
kuro_tama:知らないの? 今、探索者のあいだで火ばさみが流行ってる。ホームセンターで売り切れ
元探索者:アメリカのS級のメイソンが、火ばさみ持って配信してたぞ
Abyss_Watcher:Mason said "I'm going to Japan to learn the way of the Tongs"
七瀬:灰島さん、世界中で火ばさみが品切れだそうです
「……それは、ホームセンターの方が大変ですね」
三十一階の、苔むした岩場だった。
糸は、岩の割れ目の奥に続いていた。
覗き込むと、古いリュックと、登山用の杖と、赤い首輪が寄り添うように並んでいた。
首輪には、迷子札がついていた。
金属の札の裏が、小さなふたになっていて、中に紙が一枚折りたたまれているのが分かった。
俺はそれを開かずに、小箱にしまった。
リュックと杖も、目録に書き留めてから丁寧に包む。
リュックの肩ひもには、犬用のおやつの袋がくくりつけられたままだった。最後まで、相棒のために持ち歩いていたのだろう。
帰り道、三十階の広場で、若い探索者のパーティに呼び止められた。
四人とも、腰に真新しい火ばさみを下げていた。
「あの、灰島さん。俺たち、まだD級なんですけど」
リーダーらしい青年が、緊張した顔で言った。
「配信、ずっと見てます。それで、俺らも決めたんです。潜ったときに遺品を見つけたら、ちゃんと手を合わせて、持ち帰って、協会じゃなくて灰島さんの事務所に届けようって」
青年の後ろで、仲間たちがうなずいている。
「……それは、ありがたいことです」
俺は、四人に深く頭を下げた。
「ただし、無理はなさらないでください。皆さんが遺品になってしまっては、困りますので」
《コメント欄》
ガチ勢A:遺品を持ち帰る運動、広がってるな
名無しの中層民:#遺品は家族へ ってタグ、昨日からトレンド入りしてる
元探索者:十年間、誰も拾わなかったのにな
◇
翌日、蒼太くんの家で、俺は白い布の上に首輪を置いた。
蒼太くんは、首輪を両手で持ち上げた。
迷子札のふたに気づいて、そっと開ける。中から出てきた紙を、お母さんと二人で覗き込んだ。
鉛筆で書かれた、震える字だった。
――マロンは さいごまで じいちゃんを まもってくれた
――そうた マロンを うんと ほめてやってくれ
蒼太くんの顔が、くしゃっとゆがんだ。
「……マロン」
首輪を、胸に抱きしめる。
「マロン、えらい。えらいね。じいちゃん、守ってくれたんだね。ありがとう。ありがとう……」
お母さんが、蒼太くんの頭を撫でながら泣いていた。
仏壇の写真の中で、老人と柴犬が、並んで笑っていた。
帰りぎわ、蒼太くんは、握りしめた五百円玉を差し出してきた。
「確かに、頂戴しました」
俺は領収書を書いて、両手で渡した。
但し書きは、「首輪の回収および、マロンさんへの感謝状の配達料として」。
蒼太くんは、それを宝物のように受け取った。
◇
事務所に戻ると、ひよりさんがテレビの前で立ち尽くしていた。
画面の中で、ニュースキャスターが原稿を読み上げている。
『――探索者協会は本日、遺品整理業者の灰島恭一氏を、業務上横領の疑いで刑事告発したと発表しました。協会によりますと、灰島氏は回収した遺品を遺族に返還せず、一部を不正に売却していた疑いがあり、協会は証拠として、灰島氏の回収目録の写しを警察に提出したということです』
画面に、一枚の目録が映し出された。
俺の事務所の書式だった。
だが、そこに並んでいる品物の名前にも、日付にも、俺は一つも覚えがなかった。
「……偽物です」
ひよりさんが、震える声で言った。
「目録の書式だけ真似して、中身をでっちあげてる。三年前、兄の台帳を書き換えたのと同じやり方です」
そのとき、事務所のインターホンが鳴った。
モニターに映っていたのは、スーツ姿の男が二人。
一人が、警察手帳を開いてカメラに向けた。
『八王子警察署の者です。灰島恭一さん、少しお話を伺えますか』
ご依頼の続きは、明日12:10に。
続きを見逃さないよう、【ブックマーク】で灰島の作業記録を保存しておいてください。
「ここで切るのか!」と思ったら、下の【☆☆☆☆☆】をタップして評価をいただけると、次の深層へ早く潜れます。
※本作は本文の執筆に生成AIを使用しています。




