第12話 師匠、ここから先はついて行けません
配信開始の五分前で、同時接続は五百万人を超えていた。
《コメント欄》
七瀬:本日のご依頼主は、霧咲レイさんです。三年前に五十八階で亡くなった、戸川ユウさんと三森カナさんの遺品を探します
名無しの中層民:レイ本人が依頼主……
元探索者:あの記録の日の二人か
ガチ勢A:今日はレイも同行するらしい
黒崎ジン(公式):病院から見てる。頼む
kuro_tama:ジン、公式アカウント作ったのか
八王子ゲートの前で、霧咲さんはポケットから小さな袋を取り出した。
中身は、焼肉屋の割引券だった。
「ユウさんが、最後の日の朝にくれたんです。『帰ったらこれで行こう』って」
霧咲さんは、それを胸ポケットにしまった。
「行きましょう、師匠」
「はい。ご一緒に」
◇
霧咲さんは、強かった。
五十階台の黒い狼が、今日は道をあけなかった。
俺の後ろを歩く霧咲さんに、群れが飛びかかってくる。
次の瞬間、白い光が走った。
霧咲さんの剣から吹き出した冷気が、狼たちを空中で凍りつかせる。からん、からん、と氷の彫刻が床に転がった。
《コメント欄》
ガチ勢A:出た、レイの《霜天》
名無しの中層民:やっぱS級はかっこいいんだよな
kuro_tama:火ばさみおじさんの後ろだとかすむけど、普通に人類最強クラスなんよ
霧咲レイ(公式):配信中なので、コメントは控えます
「お見事です」
「師匠に言われると、なんだか複雑です」
霧咲さんは、少しだけ笑った。
五十八階を過ぎたあたりから、彼女の口数が減った。
六十階に着くころには、額に汗が浮かび、呼吸が浅くなっていた。
灰燼竜は、いつものように首を下げて俺を迎えた。
それから、霧咲さんをじろりと見て、喉の奥で低く唸った。
「こちらは霧咲さんです。私の、ええと……」
「弟子です」
「依頼人の方です」
竜は、しばらく二人を見比べていた。
やがて興味をなくしたように、目を閉じた。
《コメント欄》
名無しの中層民:竜に弟子って自己紹介するS級
ガチ勢A:竜、レイには塩対応で草
◇
六十二階で、霧咲さんは膝をついた。
「……すみません。少しだけ、休めば」
顔が真っ青だった。指先が細かく震えている。
魔素酔いだ。S級の霧咲さんでも、この深さは体が受けつけないのだ。
「霧咲さん。ここから先は、私一人で参ります」
「嫌です」
霧咲さんは、剣を杖にして立ち上がろうとした。
「三年前、私は二人を見送りました。今度は、迎えに行きたいんです。ここで止まったら、三年前と同じ――」
そこまで言って、霧咲さんはまた崩れ落ちた。
俺は、彼女の肩を支えた。
「同じではありません」
霧咲さんが、顔を上げる。
「三年前の霧咲さんは、一人で決めて、一人で背負いました。今日は違います。霧咲さんが依頼して、私が受けた。迎えに行くのは、二人で、です。足を運ぶのが私というだけです」
霧咲さんの目に、涙がにじんだ。
「……ずるいです。師匠、そういう言い方」
「前職で、言葉は丁寧に選ぶよう教わりましたので」
俺は霧咲さんを背負って、六十階まで引き返した。
灰燼竜が、片目を開けた。
「申し訳ありません。少しの間、この方をお願いできますか。とても大切な依頼人の方なので」
竜は、長いあいだ俺を見つめていた。
それから、ため息のような煙を吐いて、大きな体をゆっくりと丸めた。尻尾の内側に、ちょうど人が一人おさまるくらいの空間ができる。
霧咲さんをそこに下ろすと、竜は翼の先で、彼女の上をそっと覆った。
《コメント欄》
kuro_tama:竜がレイを預かってる
名無しの中層民:灰燼竜、保育士だった?
ガチ勢A:魔素が濃い場所の真ん中に、竜の体温で守られた空間ができてる。たぶん一番安全な場所
霧咲レイ(公式):……あったかいです
黒崎ジン(公式):おい、竜に預けるな。いや、正解なのか?
「すぐに戻ります」
「……いってらっしゃい、師匠」
◇
六十三階の沈み溜まりを抜け、俺は六十四階へ降りた。
六十四階は、天井から水晶の柱が何千本も垂れ下がっていた。
六十五階は、足首まで温かい水が張った広間。
ここまでは、遺品を探して何度か来たことがある。
その先は、知らない階層だった。
六十六階は、一面が黒い砂の砂漠だった。
砂の下を何か大きなものが泳いでいて、ときどき背びれのような岩が砂を割って現れる。俺が通りかかると、背びれはすっと砂の中に沈み、それきり出てこなかった。
六十七階は、森だった。
葉の一枚一枚が薄いガラスのように透けていて、風もないのに、しゃらしゃらと鳴っている。木の枝には、見たことのない白い猿が何十匹もぶら下がっていて、全員がじっと俺を見下ろしていた。
「お邪魔いたします」
会釈すると、猿たちは一斉に顔を両手で覆った。
《コメント欄》
kuro_tama:猿、見ざるしてて草
名無しの中層民:深層の魔物、全員灰島さんに礼儀正しくない?
ガチ勢A:礼儀正しいんじゃなくて、ビビってるんだと思う
空気は、どんどん重く、甘くなっていく。
手首の端末に表示された同時接続は、七百万人を超えていた。
《コメント欄》
元探索者:六十四階以降の映像、人類初だぞ
ガチ勢A:学会が騒ぐやつ
名無しの中層民:おっさん、ちょっと息上がってない?
七瀬:灰島さん、大丈夫ですか
黒崎ジン(公式):あんたでもキツいのかよ
「少しだけ、空気が重いですね。ですが、大丈夫です」
本当は、こめかみの奥が少し痛んでいた。
八年前、初めて六十階に来たときと同じ痛みだ。体が、まだこの深さに慣れていないのだ。
二本の糸は、まっすぐ下を指していた。
◇
六十八階は、静かだった。
白い石でできた、聖堂のような広間だった。
高い天井の下に、石の柱が整然と並んでいる。誰かが作ったはずはないのに、まるで人が祈るために作った場所のように見えた。
その真ん中に、大きな盾が一枚、立てかけてあった。
表面は傷だらけで、縁が溶けかけている。
盾の前には、小さな鈴が一つ、置かれていた。
まるで誰かが、そこで一休みしたあと、大事な物を並べていったように。
「……ありました」
白手袋をはめ、膝をついて、手を合わせる。
盾の裏側には、ポケットのついたベルトが巻きつけられていた。中に、雨に濡れて波打った小さな手帳が一冊。
俺は、それを開かずに桐の小箱へしまった。
この手帳を最初に開くのは、戸川さんのご家族だ。
イヤホンから、ひよりさんの小さな声がした。
『灰島さん。……盾と鈴、並べてありますよね。まるで、誰かが置いたみたいに』
「ええ。私も、そう思いました」
ここで力尽きた人が、自分で並べたのだろうか。
それとも、誰かが二人の物を見つけて、拾いやすいように並べてくれたのだろうか。この深さに、人がいるはずはないのに。
最後に、鈴を両手ですくい上げる。
ちりん、と小さく鳴った。
《コメント欄》
霧咲レイ(公式):カナの鈴
霧咲レイ(公式):カナの鈴です
七瀬:見つかった……
名無しの中層民:盾が戸川さんのか
黒崎ジン(公式):二人とも、ここまで来てたのか。六十八階まで
俺は鈴を胸ポケットにしまい、立ち上がった。
そのとき、広間の奥で、こつん、と音がした。
足音だった。
魔物の爪の音ではない。硬い靴底が、石の床を踏む音だ。
こつん。こつん。
柱の陰から、人の形をしたものが現れた。
ぼろぼろの、紺色の制服。胸には、色あせた刺繍のワッペン。
顔は、深くかぶった帽子の影に隠れて見えない。袖口から覗く手は、骨と、青白い光だけでできていた。
俺は、そのワッペンに見覚えがあった。
十年前の朝、玄関で妻を見送ったときに、彼女の胸にもついていた。
『探索者協会 第一次調査隊』。
ご依頼の続きは、明日12:10に。
続きを見逃さないよう、【ブックマーク】で灰島の作業記録を保存しておいてください。
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※本作は本文の執筆に生成AIを使用しています。




