第10話 謝罪配信と、税務署からの封筒
三日後の夜、黒崎ジンが配信を始めた。
場所は、病院の個室だった。
ベッドの上で上半身を起こしたジンは、金髪をくしゃくしゃにしたまま、カメラに向かって深く頭を下げた。
『……まず、謝らせてください』
同時接続は、四百万人を超えていた。
事務所のモニターでそれを見ながら、ひよりさんが小さく「すご」とつぶやいた。
『俺は、灰島さんの配信をヤラセだと言いました。CGだと言いました。全部、間違いでした。あの人は本物です。俺が、俺の目で見ました。っていうか、抱えられました』
《ジンchコメント欄》
ジン信者:抱えられました、で草
通りすがりの中層民:お姫様抱っこの件、本人が認めた
ジン信者:ジン、生きててよかった
『それと、もう一つ』
ジンは、ベッドの横の台から通信機を取り上げた。
ひよりさんが中身を調べたあと、本人に返したものだ。
『これ、協会が用意した装備の通信機です。中に、位置を送る発信器が入ってました。送り先は、協会の真壁って課長の個人端末』
コメント欄が、一瞬止まった。
それから、滝のように流れ始めた。
『俺は、あの人に特別許可をもらって潜りました。「深層で見つけた物は全部協会に出せ」って言われて。救助は規定外だって切り捨てられた。……灰島さんが来なかったら、俺たちは四人とも死んでました』
ジンは、カメラをまっすぐ見た。
《コメント欄》
名無しの中層民:協会の課長の個人端末ってやばくない?
元探索者:位置情報を個人で抜いてたなら、普通に問題だろ
ガチ勢A:ジンが告発側に回るとは思わなかった
kuro_tama:協会のスポンサー企業、さっきから問い合わせ殺到してるらしい
『灰島さん、見てたら聞いてください。借りは返す。協会のことは、俺が俺のやり方で調べる。三百四十万人と一緒にな』
画面の中で、ジンは少しだけ笑った。
『あと、ミオの大学の学費、ちゃんと払えそうです。ありがとうございました』
配信が終わると、事務所の中がしんとなった。
「……いい方ですね」
俺が言うと、霧咲さんが呆れたように肩をすくめた。
「師匠、あの人に散々ヤラセって言われてたんですよ」
「師匠?」
「灰島さんのことです。今日からそう呼ぶことにしました」
霧咲さんは、当然のような顔で言った。
ひよりさんが、横で口を押さえて笑っていた。
それから、彼女は真顔に戻って、机の上の浮遊カメラを指さした。
「灰島さん。カメラの発信器、どうしますか。外しますか」
俺は少し考えた。
「ひよりさんは、どう思いますか」
「……外さないほうが、いいと思います」
ひよりさんは、言葉を選びながら言った。
「外したら、真壁課長は気づかれたって分かります。そうしたら、別の方法で灰島さんを追いかけてくる。でも、このまま付けておけば、課長は灰島さんの動きを見ていると思い込んでいる。いつ、どこで動くか、こっちから見せる場所を選べます」
霧咲さんが、感心したように口笛を吹いた。
「ひよりちゃん、こわい」
「兄を死なせた人ですから」
ひよりさんは、静かにそう言った。
俺はうなずいて、カメラの底のふたを元どおりにねじで留めた。
◇
協会の反応は、翌朝に出た。
『黒崎氏の発言は事実無根であり、当協会は法的措置を検討しています』
公式サイトに、たった一行の声明。
そして昼過ぎ、事務所の郵便受けに、二通の封筒が届いた。
一通目は、探索者協会から。
『遺品回収業許可の更新について、審査を保留します』
二通目は、税務署から。
『税務調査の実施について(ご通知)』
「……露骨すぎます」
ひよりさんが、封筒を握りつぶしそうな勢いで言った。
「許可の更新、来月ですよね。保留されたら、灰島さん、潜れなくなっちゃう。それに税務調査って、誰かが通報したんですよ、絶対」
「そうかもしれませんね」
俺は二通を並べて、ゆっくり読み直した。
「ひよりさん。許可規則の第二十二条を開いていただけますか」
「え、はい」
ひよりさんが、付箋だらけの冊子をめくる。
「『協会は、更新の申請を受けた日から三十日以内に、許可または不許可を決定しなければならない。この期間内に決定しないときは、許可したものとみなす』……」
ひよりさんの目が、丸くなった。
「保留って、できないじゃないですか」
「三十日を過ぎれば、自動的に更新されます。保留していただいて構いません」
霧咲さんが、ぶはっと吹き出した。
「師匠、性格悪いです」
「規則を最後まで読んでいるだけです」
その日の夕方、鷺沼さんから電話があった。
『灰島さん。第一次調査隊のこと、少しだけ分かりました』
声を潜めているのが分かった。協会の建物の、どこか物陰からかけているのだろう。
『台帳からは消されていましたが、総務課の古い書庫に、出発時の隊員名簿の写しが残っていました。三十名の名前と、所属と、役割』
「ありがとうございます。危ないことをさせて、すみません」
『いえ。……名簿の最後に、後方支援班の班長の名前がありました。調査隊の中で一人だけ、途中の五十階から地上に戻った人です』
鷺沼さんは、一拍置いた。
『真壁、とありました』
受話器を握る手に、力が入った。
十年前に妻たちを置いて戻った男が、今は遺失物を管理する課の長として、遺族への「回収不能」の通知に判を押しているのだ。
◇
税務調査の日。
事務所にやってきたのは、四十代くらいの調査官だった。
名刺を差し出す手が、なぜか少し震えている。
「税務署の、田所と申します。本日は、帳簿と領収書を拝見に……」
「はい。こちらに八年分ございます」
俺は、棚からファイルを順番に下ろした。
年度ごと、月ごとに綴じた領収書。依頼ごとの売上台帳。経費の内訳。
田所さんは、最初のファイルを開いて、しばらく無言になった。
「……防炎養生シート、一枚八百円。四百二十枚」
「はい。深層で使うと、ほとんど溶けてしまいますので」
「火ばさみ、一本三百八十円。九十本」
「竜の鼻を叩くと、曲がってしまうんです」
「養生テープ、布製……あ、これ、先日の大蛇の」
「はい。あれで一巻き使いました。経費で落としております」
田所さんは、こらえきれずに顔をそむけた。
肩が震えていた。
三時間後、田所さんは全部のファイルを閉じて、深く頭を下げた。
「申し上げにくいのですが、問題はまったくありません。むしろ、ここまで丁寧な帳簿は初めて見ました」
「ありがとうございます。前職で、書類は丁寧に、と叩き込まれましたので」
帰りぎわ、田所さんは玄関で立ち止まり、少しためらってから言った。
「あの……私の弟も、探索者でした。十二階で、四年前に」
俺は、黙って続きを待った。
「通報があったから、来ないわけにはいきませんでした。でも、本当は、依頼をお願いしたかったんです。弟の腕時計を」
「では、正式にお受けします」
俺は、依頼書を一枚差し出した。
「税務調査とは、別件で」
田所さんは、泣き笑いのような顔で、その場で依頼書を書き始めた。
◇
その夜、事務所の片付けをしていると、霧咲さんが一人で残っていた。
ひよりさんは大学の課題があると言って、先に帰っている。
霧咲さんは、応接ソファに座ったまま、ずっと自分の剣の柄を見つめていた。
「霧咲さん、お茶を淹れましょうか」
「……師匠」
霧咲さんが、顔を上げた。
「ジンが、ちゃんと借りを返すって言ってました。ひよりちゃんも、お兄さんのことに向き合ってます。なのに私だけ、まだ逃げてる」
剣の柄を握る指が、白くなっていた。
「三年前の話を、聞いてもらえますか」
「はい」
霧咲さんは、深く息を吸った。
「そして、依頼させてください。――三年前、私が五十八階に置いてきた二人の遺品を、探してほしいんです」
ここまでで面白いと思った方へ。物語はここで折り返しです。
ご依頼の続きは、本日19:10に。
続きを見逃さないよう、【ブックマーク】で灰島の作業記録を保存しておいてください。
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※本作は本文の執筆に生成AIを使用しています。




