第4話 裏宇宙へ冒険の旅は開かれる
仕事が終わったのが、夜9時だった。休日なので、そこそこ混んでいる電車のなかで、転職の広告がきらびやかに見えた。ブルーの文字で大きく書かれたその文字にドキリとする。
転職する?
――馬鹿言え。でも、宇宙船のキャプテンにはなっている。自分で自分に言い聞かせて、ふふって一人笑うと、向かいの金髪の男が舌打ちした。
俺は、姿勢を正して、窓の外を流れていくベッドタウンを見続ける。マンションの明かりの群れが、星々の点に見える。早く帰りたいな。星の世界へ行きたい。
くたくたの体で部屋の鍵を回すと、服をさっさと脱いで、熱いシャワーを浴びた。生き返るようだ。
冷たくなった朝食がそのままになっていた。俺は朝食をゴミ箱に片付けると、冷たい水で皿を洗った。
テーブルのうえには、コンビニ弁当がある。弁当をかき込むと、つけっぱなしのVRHMDを思い出した。まずかったなと思う。電源が入れっぱなし。
ベッドのうえで、アクティブなままになったVRHMDを頭にかぶると、ふたたび宇宙の世界へ戻った。
今朝まで何してたんだっけ……。
俺は宇宙船内に戻る。キュルルがそこにいて、足元にスリスリしてくる。
そうだ。宇宙船は裏宇宙へ航行していたんだ。すでに裏宇宙には到着しているはずだ。マップを開くと、まだ未開のままの星々が見えた。
――ここが、裏宇宙!
ビビットパープルのガス星雲が、これまでの宇宙と一線を画していた。星雲がそこかしこに伸びている。目眩のするような巨大な宇宙空間に、俺は目を見開いた。すごい!
*
そのころ、ギリデルシア帝国の掲示板では、ふたご座要塞陥落の報せを受けたプレイヤーたちが口々に噂していた。
グリフィン:ふたご座要塞がまさか……
エリドルシア:いやそれより、秘密裏に研究していた【プトレマイオス】が流出したぞ。
ジーク:あれを同盟に奪われたのは痛手だったな。誰に奪われたんだ?
グリフィン:ライデンだと噂されている。
エリドルシア:あのおっさんランカーか。
フロル:誰も彼を見たことがないんだ。
ジーク:【プトレマイオス】をライデンが持っていると帝国と同盟の勢力図が塗り変わるぞ……
*
そんなことになっているとはつゆ知らず、俺は意気揚々と裏宇宙を航行していた。
裏宇宙の広さは、通常のマップの5倍ほどの大きさに見えた。
どこの勢力かも知らない要塞があちこちに浮かんでいる。
耐久力は俺の攻撃力の60倍。壊し甲斐があるな。
そうして俺は、とある忘れ去られた要塞の攻撃を始めた。
すでに、どの勢力下なのかわからなくなっている要塞だった。それでも少しぐらい歯ごたえを見せて欲しい。
俺は艦載機を展開させつつ、爆撃を開始した。
フリューゲルは、表宇宙では最高クラスの艦載機だが、裏宇宙の要塞には、やや手応えが薄い。
「これが裏か……」
俺は、イージスネオスという表宇宙最強の宇宙船で挑んでいた。イージスネオスの攻撃力も同じで手応えが薄い。
困ったが、俺は笑っていた。
一旦フリューゲルを下げて、ファントムを発艦させる。ファントムはフリューゲルの兄弟機であるが、あまりのじゃじゃ馬でいちど封印された曰く付きの機体だ。
ファントムで攻撃してやっとのことで100ダメージ。
これは、久しぶりにいい汗がかけそうだ。
*
攻撃に、3時間以上もかけてしまった。
〈射撃性能がLv.120になりました〉
〈予測性能がLv.230になりました〉
〈回避性能がLv.120になりました〉
レベルアップしたようだ。あんまり実感はないけれど、表に戻るか?
いったんVRHMDを外す。知らず知らずのうちに汗だくになっていた。
一度シャワーを浴びて、きょうはここで眠るとするか……
*
朝のうちに、表宇宙へ一度戻る進路にした。5時間後に主星だ。
通勤電車の転職の広告は、きのうより違って見えた。足元が軽い気がするし、俺はどこへだって行けると思えた。
「おはようございます。君塚さん」
同僚の女性が声をかけてくる。
仕事を始め、あっという間に夜になった。
ふたたび、表宇宙へ戻ってきた。
主星は、戦勝ムードに染まっていた。それもそのはずだ。カペラ要塞、プロキオン要塞が建設され、中央星系に一筋の道が出来ていた。商船がたくさん航行し、一大商業ラインが宇宙に出来ていた。
同盟は勢いを増していた。宇宙港には、たくさんの新人たちが訓練要塞に飛び立っていく。
ざっと戦況を確認すれば、同盟のつぎの狙いはレグルスだ。
帝国と連合がつばぜり合いをしている星域で、漁夫の利を得たいようだ。
俺は、レグルスに飛ぶかと考えたが、レグルスは俺の力ではあっという間だろう。転職の広告が思い浮かんだ。
辺境攻略より、いっそ中央に出てみるか……
中央星系は、各勢力のエリート軍人たちが鎬を削る場だった。ただし俺にとっては、少しでも硬い要塞に出会いたいだけだった。
俺は、キュルルの瞳に尋ねる。キュルルは尻尾を丸めて困ったように俺を見つめ返す。
「きゅー?」
……行くしかないか。
俺は、進路を太陽系準惑星セドナに向けた。




