第2話 キツネのエイリアン、キュルル
最近、悩みがある。
訓練要塞を一撃で陥落させてしまうこと。そろそろ俺も要塞戦デビューかと悩んでいたところ、ふたご座要塞の攻撃という大規模ミッションがあると聞いた。
――仕方ない。ぼっちを卒業するか、と重い腰を上げたのも束の間、寝過ごしてミッションを50分遅刻した。
連日の仕事のせいだろう。
ワープすると、作戦宙域は若い艦隊しかいなかったので、さっと陥落させた。我ながら良い仕事ぶりだ。
それで――、
問題はここからである。ふたご座要塞からアイテム【エイリアンのカプセル】がドロップした。
嬉しいような、不気味なような……
俺はすこし戸惑って、カプセルを目の前に置いた。カプセルはグリーンのガラス容器で、なかには確かに何かが蠢いている。ただし眠っているようだ。
カプセルの中身が目を覚ましたのは、それから3日後のことだった。カプセルが開いて、冷気が立ち上る。もしかしてクリーチャーなのではないか? 俺は恐る恐るなかを見た。
ピンと張った耳、そして真紅の瞳。黄金の毛並みはふさふさ。足元には鋭利な爪。ちょこんとした獣だった。
そいつはキツネにしか見えなかった。いや、キツネのエイリアンなのか?
俺は、そっとキツネのエイリアンの体を撫でてみる。モフモフだ。
そいつは気持ちよさそうに体を震わせた。かわいい。柔らかく悩ましげな声をあげる。
俺の足元にスリスリしてくる。言葉は通じるのか? 俺は、言葉をかけてみた。
「おい、キツネ……、言葉は分かるか?」
悩ましげな声を止めて、キツネのエイリアンは目を細めた。何か考えているのだろうか。キツネじゃ、まずかったよな。
「きゅー」
鳴いた。きゅーって聞こえたけれど。
「きゅー、きゅー、きゅきゅー」
三度鳴いたぞ。言葉は伝わるけど、喋れない感じなのか、残念。キツネのエイリアンは、俺の胸に飛び込んできた。
「うわっ!!」
その柔らかな体からは暖かい陽だまりの匂いがした。良い匂いだ。なんだろう、つうと涙が出てくる。温度のある毛並みを撫でてやる。
気づいたが、こいつ。尻尾が三つに分かれている。エイリアンっぽいとこ、発見。
俺はそいつに、キュルルと名付けた。キュルル、よろしくな。
*
キュルルが宇宙船内にいることで、俺のぼっちプレイも少し色づいてきた。毎日顔を合わせるやつのイメージが会社の同僚からキュルルに移ったのは、良かった。キュルルは、よく食べて、よく寝る。どう育つんだろうか。
まさかデカい怪物にならないよな? 俺はキュルルにそのままでいてほしいと思う。
――さて、喫緊の課題は、俺が訓練要塞をすぐに陥落させてしまうことだ。すでに俺の攻撃性能は、訓練要塞のHPを優に超えている。
だったら、どこかの帝国か連合の要塞に攻め入るか。
俺は、地図を広げた。いくつかの要塞が候補にあがる。アルデバラン要塞、プレアデス要塞、リゲル要塞……、移動距離と補給の条件が揃えば、決めてしまいたい。
一通り眺めるが、俺がどうしても目立ってしまうだろう。それではいけない。あくまでも、ぼっちとして影でこっそり遊びたいだけなのだ。
うーん。眉間に皺を寄せ、悩むこと60分。気づくと、訓練要塞が元通りになっている。では、また壊すかと立ち上がると、キュルルが、地図のうえに歩いて来た。
「きゅー、きゅー」
キュルルが鳴くと、キュルルの額の宝石みたいなものが光った。すると地図の中央にひとつのアイコンが灯る。
――裏、宇宙? と読めた。
ふだんプレイヤーたちが遊んでいるのは、公式には表宇宙だとでも言うのか?
裏宇宙のアイコンに触れてみると、地図が勝手に展開し、見たことのない星系が姿を現す。きっとこの世界でも、人類が辿り着かないほど遠い星々なのだろう。
裏宇宙の寂しく光る星へ進路を向けた。
ワープに5時間かかるらしい。いちどVRHMDを頭から外した。
到達まで5時間だとすれば、朝食でも作るか。
*
ベッドから起き上がると、朝の4時半というところだった。今日は休日だし、まだ遊べるな。まるで宇宙船のなかみたいな気分だ。
卵をフライパンに割り入れ、火にかけた。さっとスクランブルエッグを作り、トーストを焼く。
トーストが焼ける間に、コーヒー豆をミルにかける。そして、コーヒードリッパーとペーパーフィルター、サーバーを用意する。
そしてゆったりコーヒーを淹れる。注ぐお湯から、立ち上る湯気にほんのりコーヒーの香りが立ち上ってきて良い感じだ。
カップにコーヒーを注ぐと、朝食にしよう。
我ながら良い出来だ。たしか、GOBOでもコーヒーが淹れられるオプションがあったはずだ。今度、艦橋で試してみよう。俺は紅茶派ではないのが残念だ。
一息ついたところでアラームが鳴った。
何だ?
会社からだ。
休日の早朝にどうして?
何か同僚がヘマをやらかしたらしい。その尻拭いをしないといけない。ええい、俺は朝食をそのままに、ワイシャツやスラックスをクローゼットから出し、慌ただしく部屋を後にした。




