第1話 Lv.1訓練要塞で
平凡な日常に嫌気が差していた。
君塚太一が改札を出ると、時計は零時を回っていた。寝静まった街でコンビニの袋を提げ、帰宅の家路につく。代わり映えのしない日常に、舌先が苦くなる。
明日、会社で何度「お世話になっております」と言って、「承知しました」と返事するのだろう。
何度、人工知能の書いた文書や資料を、その倍の時間を使って直すのだろう。
何度、お得意様にメールを書くのだろう。
――それが何年続くのだろう。
同僚も、いつもどこかよそよそしい。親しい関係になったことがない。飲み会にも誘われたことがない。グループDMが社内であると噂で聞いた。俺だけが知らなかった。
――だからさ。
気晴らしでもして、遊ぶことにした。
休日に目にふと飛び込んできたものがある。
大型家電量販店のショーケースにVRHMDが並んでいた。60パーセントオフで安いと思った。気づいたらカートに入れていた。
思わず、というのが正しい。帰宅してドキドキして白く清潔な箱を開封する。なかから、純白のVRヘッドセットが出てきた。いそいそとゲーム機につなぐ。鼓動の高まりが最高潮に達した。
何しよう。
――AVでシコるか? やめよう。……冷静になれ。
少し調べただけでVRMMOがわんさか出てくる。ウェスタン、大航海時代、近未来、異世界などなど……。
俺の視線はあるゲームの名前で止まった。
――【GALAXY ONLINE BLUE OCEAN】。
略してGOBO?
きんぴらや味噌汁にはいいかもな。俺はさっとカートに入れて購入した。ゲームを起動すると、意を決してVRヘッドセットを被った。
宇宙船の操縦席からの映像だ。銀色の船内でホログラムが揺れている。
宇宙船は、急に加速し出す。
カタパルトから宇宙船が射出された。宇宙船の操縦席からは、数多の煌めく星々と無数の世界が躍る。
きらめく映像に見とれていると、GALAXY ONLINE BLUE OCEANの文字が目の前一杯に表示された。
気づくと俺は、何かカプセルのようなものに入れられている。すらっとした佇まいの蜂蜜色の髪色と菫色の瞳を持った美女に尋ねられる。
「あなたは、どこの所属ですか? みたところ漂流者のようだけれど……」
俺は、視線を飛ばし、名前を入力する。
ライデンとしよう。所属は3つの勢力が選べるようだ。シェンラオ同盟・エース連合・ギリデルシア帝国だ。
「同盟のライデンだ」
「まぁ! シェンラオ同盟所属のライデンさまですね」
美女が笑いかけてくる。菫色の瞳に吸い込まれそうだ。
キャラメイクを簡単に済ませる。シルバーの髪に褐色の肌、筋肉質で背は高めだ。
宇宙港のラウンジには、たくさんのプレイヤーたちのチャットの形跡があった。
何回も出てくる要塞戦の文字。どうやら要塞を攻撃するミッションに仲間で参加しているようだ。チュートリアルにもそういえば、そんな文字があったな。
俺には縁遠い。なんでだって? そりゃ、友達がいないからさ。
ゲームも現実と同じか。仲間を集め、協力することが大事なのか。
でもさ、そんなの関係ないか。
ゲームですら現実を強要しないでほしい。
俺は主星のそば、レベル1の訓練要塞に飛んだ。
訓練要塞は、一回のダメージスコアが319ダメージ。
要塞戦のランキングを見ていると上位ランカーは毎回1000ダメージずつ上昇しているらしい。
ということは、訓練要塞を4回叩けば、1回ぶんの要塞戦のダメージにお釣りがくることになる。
要塞戦を始めよう。
たったひとりで。
目的なんてない。ただ、平凡な日常に嫌気が差していた。ただそれだけだ。
何か自分に期待したかった。
何か自分を信じたかった。
俺はそうして、ひとりで地道に訓練要塞を攻撃し始めた。
*
要塞攻撃を始めて半年。
気づけば、要塞戦ランキング順位は宇宙全土で十位以内に入っていた。
ランキングが上がったことは、あまりどうでもいい。
要塞戦のランカーになったことで、特典をたくさん貰った。つぎつぎとスキルが強化された。
〈回避性能がLv.50になりました〉
〈射撃性能がLv.50になりました〉
〈予測性能がLv.50になりました〉
パラメーターが上がっていくのを見ていたが、俺にはあまり必要の無いことだ。それでも艦隊は初期艦隊よりもグレードアップした。
*
〈チャット:今シーズンも、トップランカーの顔ぶれが出ましたねぇ〉
〈チャット:一位の帝国のナスビルは変わらず、見どころは?〉
〈チャット:やはり謎のランカー、ライデンでしょうか〉
〈チャット:なるほど。その姿を見たものはおらず、要塞をひとつやふたつ沈めていると噂〉
〈チャット:ライデンがプレイしているのは、中央星系ではなく辺境星系であると、もっぱらの噂です〉
〈チャット:だとすれば、彼が先陣を切ったとき、どうなるか……〉
〈チャット:そういえば、ノウンの旦那がライデンのプレイを目撃したらしいです〉
〈チャット:で、どうだったんです?〉
〈チャット:訓練要塞で試し撃ち? だったのか、すんごいオーバーキルで……〉
*
要塞戦のトップランカーが訓練要塞を叩くだけの、ぼっちだと誰も気づいていない。
でも、着々とぼっちプレイを楽しむ。




