035 陰謀の始まり
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
「ふうむ」
閣下と呼ばれる男は、自分の顎髭を触りながらそう言葉を漏らした。濡れ出したため息は、彼のもとにある報告書が原因なのは明らかだ。
「書記官。勇者ハルキが姿を消してからもう半年になる。その間にあったこれまでのあの王子の様子を述べてみよ」
「ハッ。元従者のルスタはうまく王都を出奔して、この後は王子と接触いたしました。とここまでは、我々が予定をしていた通りであります」
「そうだ、そこまではだ。その後はどうなったのだ?」
「ルスタを身近に置くようになった王子は業務を停滞させて失政を続け、、、るはずでしたが、それがありませんでした。最近では、良い評価も得ているようになり、、、」
ダンッ!
「ひいっ」
「そうだ、そこなのだよ。なぜ失政をしていないのだ。そうなるはずの予定であったはずなのに!」
閣下と呼ばれる男は、机の上で自分の腕を振り落とし、大きな音をたてた。
ルスタが一度入ったら刑期、もとい任期の間は、決して出ることが許されない寄宿学校に監禁されかけたところを手助けして、王都から首尾よく出奔ができたことは、彼らの手腕によるものだった。その後のジュリアン王子との接触は、首尾よくことが運んでいたかのように見えた。ところがどういうわけだか、あれからは失政もせずに、たんたんと仕事をこなしているではないか。
「その、あの娘のせいではないかと」
「申してみよ」
「閣下が以前、"小才が回る10歳程度の小娘"と評した者についての報告になりますが、これが実に厄介となる曲者だったようでして」
近習は額に浮かび上がった汗を拭くかのようにしながら、落ち着きがないように話を続けていた。
「、、、都庁舎にいる者たちからは王子を統べている婚約者として、すでに確固たる立場を築いておりました。これのせいでルスタも王子の近辺からは一時離れざるを得なくなったようです。しかもこの小娘は仕事のサポート能力もあったようで、遅延するはずだった業務の機会はこうして失われてしまったようです。、、、最近では反王子派の間で、この婚約者を排除すべしという声が、声高になってきているようです」
「ふん。我々と反王子派とは協力関係にはあるが、それは双方に利益をもたらすことできるというものがあるからこそだ。事の全てを我々に任せる話ならお断りだぞ。そんなことは自分たちでやらせておけ!」
閣下と呼ばれる男はそう言うと、自分の不機嫌な態度を、その近習に隠そうとはしなかった。
「、、、それでどういたしますか。次の布石を打つ段階に差し掛かっていると思いますが。少々予定は狂いますが、まずは一段事を進めてみましてはどうでしょうか?」
これまでは離れた場所で、黙って聞いていた男がついと前に現れると、二人の会話の流れに割って入ってきた。その男は一見して善良そうな笑顔でそう言い切り、陰謀の始動を暗に仄めかせているようだった。
「もう頃合いということか。、、、よしいいだろう」
「ではそのようにこちらも手筈を進めることにいたします。我らのアンベラー神が再び降臨される世界の御為に、、閣下もまた、全地を統べられる王となられますように」
「ああ。よろしく頼むぞ」
「それでは、失礼いたします」
その者が慇懃な態度で部屋から出ていくと、その様子を見ていた近習の一人は舌を打ち鳴らした。
「あいつも不気味なやつですな。しかしあれも協力者というだけのこと。決して信用はなされますな」
「わかっておるさ。我々は我々の目的のためだけにことを成していくだけだ。この都市はいずれ我々のものになることこそがふさわしいのだ」
人類共通の大敵だった魔王が倒されて半年が経つと、権力、国家、宗教などの様々な勢力の駆け引きが、次第に表れてくるようになるのだった。
☆
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「ここへ何をしにきよったッ! しかも使用禁止にしてあったはずの、あのエレベェタとやらをまた使ったのじゃろう! いったいあれで死人を何人増やすつもりなんだい!」
「何を言うのじゃ! あれはオオジジの最高の発明品なのじゃぞ! エレベェタも改良が進めば、きっと世界に感謝される乗り物に生まれ変わるのじゃ! 偉大なる発明には多少の犠牲も必要になると何故わからんのじゃ!」
「単に死体製造マシーンになっているあれがかい? まったくあんな危険なものは、できればさっさと取っ払いたいくらいだよ。あのジジイが、高さがないとできない発明品だからと言って泣きつくものだから、つい温情で許しちまったのが仇になっちまったね」
「あの偉大な発明家のオオジジの伴侶とは思えん悲しい発言じゃ! 発明を続けている内で一番悲しいのは、家族が応援してくれないことじゃというのに!」
「はん! その発明のために身代まで傾けてるってゆう馬鹿者は多いいんだよ。借金しすぎて蒸発しなきゃいけなくなる奴だっているんだ。あたしゃね、あんなのとはさっさと別居ができて、せいせいとしてるところなんだよ!」
ギャアギャア、と続く二人の喧騒は、最上階にあるイプロンベスの執務室から途絶えることなく響き渡っていた。
「こちらをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
メイドさんから渡されたお茶に口をつけて、この様子を眺めているしかない俺だったが、一緒にいたメイドさんは、二人の様子を微笑ましそうにして見ていた。
「普段はお静かになるこのお部屋に、館長が元気なお声を出しておられているお姿を見ることかできるのは、ヌーラ様が来ておられている、こうしたときだけなのですよ」
俺の視線がメイドさんに向いていたことに気づいて、メイドさんの方から微笑んでいた理由を教えてもらうことになった。それからいつまでも続きそうなこの喧騒に割って入った。
「館長とヌーラ様。今日はこうしてお客様もいらしていることですし、そのお話はまた後日になされてはいかがですか」
「おやそうだったよ。ついお客人がいたことを忘れていたね。蚊帳の外にしておいて悪かった」
「そうじゃ! さっさと用事を済ませて、こんなとこはさっさとオサラバするのじゃ!」
二人はそれぞれの椅子のほうに座って向き直ることになった。
「それじゃ仕切り直すとしようかね。ようこそお客人たち。あたしがそこにいるヌーラの曾祖母で、ここの祈りの塔の館長をしている、イプロンベスという者だよ」
全身が白いゆったりとしたローブに身をつつみこんだ女性が、こちらにそう語りかけていた。
イプロンヌの曾祖母というので、かなり高齢のイメージがあったのに、出会ってみると壮年といった風情であった。
それもそのはずで、これはノーム族の年のとり方が、40、90、150、220、300歳毎で人間の15歳ずつ年を取る計算が関係してくる。
イプロンヌが人間で換算すると10歳で曾祖母にあたるとはいっても、イプロンベス様はまだ60歳前といったところだろう。ご老人というにはまだ早すぎるのだ。
お互いで一通りの挨拶をすませると、イプロンヌは用事を早く済ませとばかりに、俺に曾祖母へ質問を開始しろと捲し立てていた。
「人間側の記録には、イプシースの森にいた妖精族とは、大昔に交流があったと残されているのです。来年にデイルード市で大きなお祭りを行うのですが、そのパレードではこの森にいたと伝承にある妖精族の王女が登場します。その辺を詳しくお聞かせしてもらえますか?」
俺が午後のお茶会で王子に質問したことを、イプロンベス様に同じように説明も交えて質問し終えると、
「その妖精族というのは、エルフの氏族の一つで、ウッドエルフたちのことだろうね。彼らの本拠地は表大門から見えている、あの巨大な森の中の奥地側にあるんだよ。あたしたちがここへとやってきたときには、この付近にも少しはいたもんだが、元々他種族とは積極的に交流しない相手だからね。今はめったにみることがなくなったよ」
「それって栗色の髪色で、白い肌色に耳がピョコンとしている奴だか?」
「おやなんだい、まさか接触ができたというのかい。そりゃすごいもんだ。まずそんなことはないだろうと思っていたんだがね」
「いいえ、会ってはいませんね。ライナは恐らく視えたんだと思います」
「ホントかね。表大門からだよ? あれだけ離れている森にいた相手をかい?」
「みえただよ。二人はいたと思うだ。もうちっと近づいてたらもっとよくわかったけどさ」
「アンタ、ひょっとしたら千里の眼の持ち主なんじゃないのかえ? 驚いたけど、今はその話じゃなかったね。とにかくそのウッドエルフたちが、大昔に人間と交流を持った相手なんだろうさ。あのジジイがしてくれた交渉の相手というのも、そのウッドエルフたちだったんだから、まず見当の間違いはないだろうさ」
「あのーその話って、エルフには氏族が色々といるということですか?」
「おやまあ、説明が必要だったのはそこからなのかい」
そこからイプロンベスが話したのはこうしたことだった。エルフ族といっても氏族はかなりあるらしい。
今回出てきたウッドエルフは、大樹の集った木の上で生活している氏族で、森以外の場所では原則出会うことは難しいのだそうだ。
エルフ族の中でも権威のある氏族になるのはハイエルフというものらしい。他にも氏族になるものはたくさんいるということだった。
「理解ができました。ありがとうございます。あとついでにお聞きしたいのは、廃れてしまったノーム王国があることを聞きました。なんで滅んじゃったのですか?」
「そちらの話はあたしの孫の王子にでも聞けば、詳しくよく教えてくれるだろうさ。建国の歴史ぐらいは知っているはずだからね。まあ簡単に言えば魔物たちの攻撃にあったというだけさね。前々回の魔王軍から攻撃されて陥落しちまったのさ。まあ魔王は最後に退治できたんだがね、、、ところで今回の魔王討伐では、お前さんはずいぶんと大変な目にあったんじゃないのかい?」
「仲間がいたのでなんとか、、、って、いえ! なにをいっているんだろう、、、と、、、ハハハ!」
「まあ、そうだろうね」
俺はうっかりとして勇者ハルキのことを話していた。
「これでもう話は終わったようじゃな! オオババどのには感謝をいたす! ほれお前らもお礼を言って帰るのじゃぞ!」
俺が答えていた途中だったが、このままではいつ会話が終わるのかと思ったイプロンヌは、切り上げるのはここだというように、横槍を入れて立ち上がっていた。
「やれやれ喧しいね。まあこれ以上は暗くなりそうだから、帰ったほうがいいだろうさ」
「さよならなのさー」
ここから早く去りたい様子のイプロンヌは、俺とライナを強制的に立たせると、俺の袖をグイグイと掴んで、出口を目指して歩き始めたのだった。
「ちょうど良いタイミングでヌーラも話を切ってくれて助かったよ。、、、どうやらあれで間違いはなさそうだね」
三人が去ったドアをいつまでも眺めていたイプロンベスは、そう呟いたのだった。
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