032 イプノーム王国へようこそ!
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
「ノームの王国への道中はイプシースの森に入れば安全だというから心配はしていないけど気をつけて。4日後にはまた迎えに来るからね」
「あちらにいるイプロンヌのご両親に挨拶するのを忘れないんだよ~ お留守番がさみしくなるから早く帰ってきてね~」
「向こうへ着いたらこちらの手紙をイプロンヌのご両親に渡して頂戴。それじゃ後はまかせたわよ」
デイルード市を出立してロバ車で2時間をかけると、イプシースの森の中へと続く間道が終点となる大きな広場に到着していた。エンターたちとはここで別れて元きた道へと引き返していった。
ここ数百年は人間たちとの交流を断ち切っていた訪問となるのだ。それも人間側の諍いが元で長く閉ざされていた道だ。これにエンターたちの大人数で押しかけるのも無用な刺激を与えるとのことで、今回はイプロンヌ、ハルカ、ライナの少人数でいくことが決定された。
しかし後々に語られるであろう歴史書のページには、ファーストコンタクトの真実の理由を解き明かすことはしないだろうと思われる。それはイプシースの森の住民である幼女が調査団の一行と共に人間たちの都市へとついてゆき、その後になってお金を持っていなかったことがわかり、その間の滞在費などを回収しなければならない理由で、今回の訪問が実現していたことを。
「ではここで、しばらく待っておるのじゃ」
イプロンヌはこの広場の片隅で自分専用に作った秘密基地、もとい地下にあるその別宅に通じている木のマンホールを呪文を唱えて開くと、それから穴の中へと姿を消した。
「お、あったあった。これじゃ、これじゃわい。人間の都市に行った際には興奮して慌てて旅立ったせいで、こいつを持っていくのをついうっかりと忘れておったのじゃ」
地上で穴を覗いてイプロンヌの帰りを待っていた、ハルカとライナの耳にはそんな声が聞こえてきていた。
イプロンヌが地上へと戻ってきてみると、イプロンヌの左手は握られたグーの形になっていた。
「んん? イプっち、その手の内にあるのはなんだ?」
「フフン、これが森の中に入るためのシロモノじゃよ。いつもはこう首に掛けていたんじゃがの」
そう言って手の平を開いて見せたのは、麻の紐に通された、かなり古そうな指輪だった。
「ではお主たちをわしの大切な友として、これからイプノームの王国へと招待してやろうぞ。しかとわしに離れずについてくるのじゃぞ! さあ森の中へ出発なのじゃあ!」
イプロンヌはそこからイプシースの森へと歩き始めた。前回ではパレードをする下見のために調査にきていた場所を通って行くと、広場の中央付近には大きな礎石が見えた場所があった。ハルカはそれをみて懐かしく思った。
「そういえば広場の中央にある、あの大きな礎石がいくつもある場所って、以前には何が建っていたとか、イプロンヌは何か知っているの?」
この前にここへやって来たときには、その由来を知らない人ばかりだったので、ここが地元だというイプロンヌに聞いてみようと、ハルカはそう質問してみたのだ。
「わしがオオジジから聞いた話じゃと、なんでも大昔に人間どもが作った大きな砦があったらしいの。詳しくは知らなんだが、この場所では人間と妖精族の戦いがあったと聞いておるのじゃ」
イプロンヌの今の話の内容から察するに、これは以前にマーシャさんから聞いたことがあった、先祖代々から語り継がれてきた物語が、恐らくはここになるのだろう。
「するとここが村長の息子たちと領主軍が戦っていた場所というわけなんだね」
「へぇー、、、お、あっこにみえる、祭壇が朽ちたみたいなものはなんだや?」
ライナが見る方角には最近までは使われていた、それもそれほど古いものではない祭壇が見えていた。
「5年前の魔王城が現れた後は行われていないみたいなのじゃが、以前は一年に一度人間たちがここへやってきて、なにやら供養みたいな儀式を捧げておったぞ。、、、あやつらの持ってくる供物の果物の中には、このへんでは見かけぬような珍しいものも含んでいたのでのう。あれらはとても美味しかったのじゃ!」
なにか残念な話のほうまで聞かされてしまったが、それはともかくとしてその話からは、イプシールの鎮魂祭の儀式が、ここで執り行われていたことを知ることもできた。
「あ、あとそれとさ。あそこにみえる石の扉の遺跡は何だか分かる?」
「あちらのほうはわしも詳しくは知らぬのう。先ほどの砦があったという大昔の話よりも遥かな太古の大昔ということぐらいしか、わしからは話せることがないのじゃ」
そうこうしているうちに、森の縁まで着いてしまっていた。ここが森の中を抜ける正しい道の入り口になるのだろう。しかしここから辺りを見回してみても、ここが森の中への入り口と分かるものは、何一つ一切見つからなかった。
普通ならこの森の中へ人間たちは立ち入ろうとはしない。なぜならこの森の中には魔法の仕掛けがあちらこちらで作用するので、ひとたび森の中に入ってしまうと、方角を失って彷徨うことになってしまうからだ。
「お主らはわしの体の腰に捕まっておれ。なんなら目をつぶっていてもよい。歩いていると魔法酔いをするものもおるのでな。そうしないと森の中で迷子となってしまうのじゃ」
それからイプロンヌの後ろに背丈の順でハルカとレイナが並ぶ。
「アクセス。ナビスタート」
イプロンヌがそういうと首にかけていた古い指輪が突然光りだして宙に浮いた。すると指輪は意志を持っているかのように、今度は道のある方角を指し示している。
イプロンヌは指輪が示す方角に歩きはじめ、それをしばらく進むうちに、それまでは古い森の高い木々で覆われていて見えなかった、小高い丘が突然に視界に現れてきた。
そこへ近づいてみると一角に土壁が露出している部分が現れており、そこには浅く掘られたであろう穴が口をぽっかりと大きく開けていた。
イプロンヌはその穴へと入ると、穴の最奥の壁にあった表面が硬い一枚岩となっている大岩に近づいて、それに刻み込まれていた文様の部分へ、先ほどの古い指輪を使って翳してみせた。
「アクセス。ゲートオープン」
「ピコ、ピコ、ピコ。ツウコウのヨウセイをカクニンいたしましタ」
文様が明滅するとその大岩に描かれていた文様は変化をして、そこから顔が浮かび上がってきていた。
「これからシツモン、するのデス。このヨでイチバン、イダイなジンブツのナは?」
「イプロンジリウス」
「このヨでイチバン、カッコヨクて、タヨリになるナイスガイとはダレですカ?」
「イプロンジリウス!」
「サイゴ、デス。オレのオンリーワン、ラブリーなサイコーのヨメのナマエは?」
「イプロンベスじゃっ!」
「スベテの、セイカイなのデス!」
ゴッゴッゴッゴッゴッ
大岩は震えだして地面の下へ沈んでいくと、その先にはぽっかりと口を開いたトンネルが現れた。
すると暗がりのトンネルの先のほうには手前の方から光球が光りだした。
イプロンヌはそのトンネルへと入り、そこから続く通路を進み始めた。ハルカとライナもそれに続くようにしてついて歩いた。
「さっきのはすっげえもんだなや。けど、どやって動いてるんだ?」
「あれは大岩の精霊と契約しておっての。指輪を起動で決められた答えをいうと開くようになっているんじゃよ。単純なパスワードしか受け付けぬが実に便利な精霊なのじゃ」
「ふうん。名前とかなら絶対に忘れないしパスワードには最適になるね。それにしてもオンリーワン、ラブリーなサイコーの嫁ってもうおかしくて。だとするとイプロンベスさんはイプロンジリウスさんの奥さんになるのかな?」
「ふんオオババのことじゃな、正解じゃよ。お主も知っているはずじゃぞ。ほれ少し前に、冒険者ギルドでわしが取り出した免状に書かれていたのは、その名前だったのじゃ」
「あーなるほどなるほど。そうだとするとイプロンベスさんって、イプロンヌの師匠でイプロンヌの曾祖母さんってことだよね?」
「まあ、そうなるかのう」
「あれ? でもちょっと待ってよ。、、、そうなると、イプロンジリウスさんはかのイプノーム王国の初代国王だとかなんとかそう言っていなかったっけ? 、、、まさか、イプロンヌって王族さんになっちゃうの?」
イプロンヌがそう言っていたことを思い出していた。しかしあのときは、イプロンジリウスさんの存在や、イプノーム王国が実在しているのかどうなのかよく分からなかったために、今まですっかりと失念をしていた。
「そうじゃよ。もっと詳しく話すと、わしの祖父が現国王で、父上は王子にあたり、わしはその子供にあたるのじゃ」
「おお、イプっちはお姫さんなのかよ!」
「なるほど。そのごうまんふそ、、、んじゃなくて物言いが少し特別なのも、きっとそのせいになるんだろうね。あ、すると本宅っていうのはまさかお城になるの?」
「わしが住まわっていた城は、あのデイルード市と比較したらうんと小さくみえるものなのじゃ。外界を知ることで得た知識じゃな。わしが世の中を知らぬことが多いということのよい勉強になったわい」
しかしイプロンヌは大いなる勘違いを発揮していた。デイルード市は特別に大きな城塞都市だった。魔王軍と対峙するために造られたことから、現時点で人間側での最大規模を誇る城塞都市なのだ。
光球が前方で照らされて三人がなおも進んでいくと、トンネル内はやがて約20分ほど進んだところで出口へとたどり着いた。
そこから見えたものは、両端を高い斜面に囲まれながらも、長く広がるすり鉢状の大地だった。
ここからはまだ遠くのほうにみえているが、長城のような防壁がその左右の端まで長く繋がっていることが確認できる。平坦になった大地をしばらく歩いていくと、その長城の威容が次第に近くまで迫ってきた。
それは版築でつくられた高さ10mくらいの防壁で、それが関門の役割を果たしていることが理解できた。
防壁にあった大門の近くまで来てみると、ノームの衛兵たちがその門の前に四人ほど立っていた。王族であるイプロンヌとは顔見知りであるためなのか、さほど警戒はされていないようだ。
「ヌーラ姫様、おかえりなさいませ」
「おう、お勤めごくろうなのじゃ!」
イプロンヌが「これはわしの友達なのじゃ、ここを通るぞ!」と門を通過すると、衛兵からは文句もなく素通りで通してもらえた。
「あの衛兵さん、イプロンヌのことをヌーラ姫っていってたよね。なんでだろ?」
「ああそれはじゃの、わしの正式の名前が、イプシース=ロンパス=ヌーラ(出身地=家名=名前)なのじゃ。イプ(シース)ロン(パス)ヌ(ーラ)はその略称になるのじゃよ」
「ありゃあ。それじゃイプっちって呼ぶの、やめるだか?」
「よいよい。外界ではそちらの通り名で定着しておるしの」
防壁の中側は城下町となっていて、そこにある建物群は全てが土壁でつくられた建物ばかりだった。大地の妖精族といわれている、ノームたちの生活を色濃く窺わせるものに映っていた。
この城下町をイプロンヌについて歩いていくと、道行くたびにすれ違うノームたちに好奇心で見られていくことになった。エンターさんたちを連れて来なくてどうやら正解だったようだ。
「あ、また門があるだよ」
「さっきのほうは外門で、こちらのほうは内門じゃな。ちなみにここまでにいた住民は、ほとんど全てが王城仕えのものどもばかりじゃ」
どうりでこれまで呼び止める人がいないと思った。
ノーム族は好奇心旺盛だ。イプロンヌがいなかったらきっと人だかりになって質問攻めにあっただろう。
イプロンヌは普段からこの内門と外門をよく利用して、外界への大岩を通じて秘密基地へと出かけていたという。このためにイプロンヌを見咎めたりする者はいないし、普段からフリーパスでの出歩きが自由だったらしい。
「ここから先がわしの実家じゃ。友たちよ。イプノーム王国の我が家(城)にようこそなのじゃ!」
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