014 王都からやってきた男と女
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
ガラガラガラッ
「ジュリアン、今日も入りに来たぞー」
「バッ馬鹿者! はっ、入ってくるなー!」
先に大浴場にいたジュリアンは、俺を見たとたんに、洗い場から浴槽へ飛び込んだ。
あーあー、まだ洗剤が体中にあるのに、なんて無精者なんだ。
「馬鹿とか言うけど、それはそのままお前に帰すわ。洗っている途中で浴槽に入る馬鹿がいたとは。今度からはそんなことするなよ」
「これは、好きでしたんじゃないぞ! お、お前に突然にこられたら、思わず(ハンノウ)しちゃうじゃないか!」
「思わずに、なんだって?」
「そ、それは、、、なんでもないッ!」
何が言いたかったのかよくわからなかった。俺はジュリアンが悔しそうにまだブツブツといっているのをよそ目にして、腰掛台に座ると石鹸を取り出してそれを泡立てた。
「そ、それにあの式典の晩以来、毎日ここへ入りに来るのはなぜだ!」
「お風呂が大好きだから?」
「そんなことを僕は聞いてるんじゃないっ! 前に聞いた話では、ハルキ湯とかいうところへ護衛隊の奴らといってたのではないのか?」
「ああ、あれねー。だって女の湯しか入ったらだめだからなー。私は男の湯のほうが落ち着いていられるんだよ」
「? ? ? ハルカ、お前は女の自覚がないのか?」
本当の理由は、俺が元は勇者ハルキで性別も元は男だったというところだ。女性の裸に性的な興奮するといった理由からではない。今の俺は生物学的に女であるし、男に備わったものがないのに興奮するのは、物理的にも不可能なのだから。
それにこの身体は二次成長期が訪れていないので、妄想や煩悩の類がフシギと湧かないし、異性のフェロモンを感じ取ることもない。
そうなると一体何に落ちつかないのか、ということになるが、それは男であった俺の19年間分の記憶自体が仇となっている、ということなのだ。
以前にエンリカが、俺の質問で女の湯に男がいたらそれは犯罪者だ、との答えを聞いたときに狼狽したように、俺には女としての自我の確立が圧倒的に足りてはいない。
殊更に女らしさを求めたいわけではないが、男に戻れるあてもない今は、自分が女と常日頃自覚できていないと、面倒な事がこの上なく多くなる。
しかし女性歴がまだ四ヶ月程度では、そうそう達観できる域に到達できるはずもなく、女性の裸を見て悪いことをしてる、と記憶の作動からそう思わないようになるには、まだまだ時間が掛かりそうである。
「銭湯の男の湯のほうに一度隙きを見て入ったことがあるけど、あの時はすぐに見つかって、女の湯に送還されちゃったしなあ。(勇者ハルキだったときに)あの張り紙を作ったのが失敗だった」
ハルキ湯の男の湯に入ったら脱衣場ですぐに通報されて女の湯に送還されてしまった。そのときに男の湯と女の湯に別れる前の入り口にある注意書きを読まされた。
"男女10歳にして性別の異なるほうには入るべからずや"
「当たり前じゃないか。というか、お前は性別にとんと、無頓着過ぎるだろ」
ジュリアンは顔を真っ赤にしてそう言った。しかし俺はお風呂がが大好きだ。好きな風呂ぐらいのんびりと入っていたい。そんな折に、俺にとってのパラダイスを発見した。それがここである。
式典行事が終わると、王族で借り切られていた三ツ星ホテルは通常営業へと戻ったが、このデイルード市でこれから都市長を一年間は務めなくてはならないジュリアン王子は、このホテルの最上階に居座ったままだった。
というのも、軍政が終わったのはわずか四ヶ月前で、市内はこれからが建設ラッシュの始まりで、石造作りでかなり大きい都市長の住宅の完成は、最優先でやらせてみても来年になるといった有様だ。
一応仮の住宅は用意されているが、それはジュリアンからは、召使いたちが住まうための館くらいにしか見えず、そこを使いたいとは思わなかったらしい。
そしてなぜ先程俺がパラダイスといったのかというと、ジュリアンはこともあろうに、男の湯の専有をあいも変わらず続けていたのを知ったからだ。
それと、俺はジュリアンの(仮)婚約者という立場だった。この肩書はこの場合とても有効に働いてくれた。このホテルでは俺は顔パスで出入り自由になっている。
これを嫌がったジュリアンは、俺を排除しようと試みたらしいが、式典が終わって王都に帰る前のジュリオ王が、全てのことはジュリアンに託すが、婚約者のハルカ嬢は同等の権限を与える、といった布告を出していたことで、俺はこのパラダイスを毎日楽しめているのだ。
「さあ今日も背中を流してくれ。お前のスキャンダルを救ってくれた恩人様にな」
「ぐ、ぬぬぬっ」
ジュリアンがいうことを聞かないときには、この言葉が最強になる。
うーん、幸せだ。
☆
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「おーい誰かいるのか?」
地方都市デイルードの新都庁舎の中にある都市長室へと通じるひとつ手前の秘書室に俺はいた。火急となる要件があると、この部屋の秘書官から、俺に連絡が寄越されたのだ。
今この秘書室では異様な光景が見られている。決済書の山々だった。本当なら、かなり前に決裁を終えてあるはずの数々の案件の書類が手付かずで放置されて、この部屋には山と積まれていた。
この先の都市長室にいる主がどういった人物なのかを知りたいかと言うのなら、この状況がそれを雄弁に物語っているはずだ。
秘書官用に置かれた机の上には、遠目からはさながら土嚢などを積み上げたような陣地になった、山積状態の書類がたくさん積み重なっていた。
俺はその机に向かって歩き出した。すると声が聞こえてくる。
「ジュリアン様はあの二人が来てから全くお仕事をされなくなった。もうハルカ様に御すがりするほか無くなってしまった。ああハルカ様、あなただけが頼りです。どうぞ早くここに来てください、、、んッ、ハ、ハルカ様?」
しばらくすると机の脇から姿を現した秘書官が、不利な戦況を覆す救援軍が到来したときのように、最大の歓喜を表した飛び切りの笑顔をつくりながら、バンザイをしていた。
「これはっ、、、ハルカ様っ! 、、、ハイハイ!! いらしてますよ!! 、、、ああよかった。よくぞ来てくださって、、、うっうっうっう、、、、、、一日千秋の思いでお待ちをしておりました!」
「一体何が起こっているんだ? 詳しく話してみろ」
☆
☆
☆
「デュフフッ、何か頭の上に柔らかいもの(ポヨヨン、ポヨヨン)が当たるぞ。なんだこれは?」
「ぁぁんっ(パフパフ)。ジュリアン様のえっちぃ。クスクスッ」
「いやあ、ハッハッハ、これこそまさに英雄は色を好むを地でいってますな。モテモテでして、あやかりたいもんです」
都市長室では、この部屋からは聞こえることがおかしく思える、男二人に女一人のピンク色の声が起こっていた。
バーーーーンッッ
俺は都市長室と書かれたプレートがついているドアを思いっきり開くと、お客様用に置かれていた、大きくて長いソファの肘掛けに寄りかかって寝そべり、頭の上には二つの特大メロンをのせたジュリアンをロックオンした。
「僕に断りもなしに入ってくる、無礼な闖入者は一体何者だ!」
ジュリアン王子は不機嫌に声を荒げてからドアを睨んだが、そこで仁王立ちをしている俺の姿を見つけると、途端に慌てて半身を起こした。
ツカツカツカツカッ
「いやこれは、、、かかかっ、勘違いをするな。、、、そう、そうだ!! マッサージをしてもらってたのだ!!」
「へぇぇー知らなかった。ここはいつからマッサージ室になったんだ。私は間違えて風俗店に入ったのかと錯覚したよ」
「ハハハハ、、、、、、ゴメンナサイ!! 父上には是非ともご内密にっ!!」
言い逃れできないと悟ったのか、ソファの上で土下座をするジュリアン王子の姿がそこにはあった。
「ジュリアン君、そこだと手が届かないから。床に移動して正座ね」
「あ、、、は、はい」
しばらくすると都市長室からは、とても大きなビンタの音が外にまで響いていた。
☆
「まったく困ったもんだ」
「す、すびばせん」
左頬に赤いモミジを作って正座中のジュリアン王子を無視して、いつの間にか姿を消していた二人のことを思い返す。先程までここにいた二人は、ルスタという優男とその情婦のステラだ。
デイルード市で開催された魔王討伐の成功記念式典が終わると、都市長に就任したジュリアン王子はそのままここに居残り、ジュリオ王と執事のロイスは王都へ戻っていた。すると入れ替わりのようにジュリアンの周辺に現れたのがあの二人だ。
ジュリアンに二人のことを尋ねてみると、ステラのほうには面識はないが、ルスタのほうは自分の乳兄弟にあたるルキウスの兄となる関係であるらしく、その縁から王都にいた時分には自分に従者として使え、常に近辺にいたそうだ。
ジュリアンがデイルードの都市長に赴任することが決まると、同行者としてルスタを選んで連れて行こうとしたが、ジュリオ王と執事のロイスの反対でそれは叶わなかったらしい。
今ここにいるのは、本人が王都を出奔してきたことがその理由になるそうだ。秘書室の惨状を目のあたりにすると、おっさんたちがルスタを同行させようとしなかった理由がよくわかる。
「ルスタか。ジュリアンが問題児に見える理由はもしかして、、、」
コンコンコン
「失礼いたします」
俺の思考は、先程の秘書官が入室してきたことで中断された。
俺がここに踏み込む前に頼んでいた、緊急性の高い案件、もしくは重要な案件を選抜してもらってこちらに運んでもらったのだ。
ついでに秘書官には、足が痺れて立てずにいたジュリアンを、都市長用の机の椅子まで運んでもらった。
「さあまずはこちらからだ。これが終わったらあちらの山を片づけるから。今日は定時までここに座って仕事させるからな」
俺がそう言うと秘書官は大泣きし、ジュリアンのほうは心底嫌そうな顔をした。
監督役を任されたとはいっても、これではまだまだ前途多難の様だ。
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「あー畜生め。こちとら出奔までいたしたってーのに、予定がかなり狂っちまったな」
両手の肘を脇に締めてから拳を固めて歩いていたルスタは、隣にいるステラにそう愚痴を零した。
「あんたがこっちへいけば、王子をダシにして贅沢三昧ができるっていうから、ついてきたのに。こうなるのがわかっていたら、こんな埃っぽい田舎になんか来なかったのにっ!」
ステラはそう文句を言うと、日傘をルスタに向けて無視を決め込んだ。ルスタはステラの日傘が向いていないほうへと体を回すとヘコヘコとして
「だってよー、しかたがないだろう? 王都にいたときには聞いたこともない婚約者が、突然こちらで現れていたんだぜ。ってほんとになんだよあれ。あのバカガキがあんなに上手く操縦されているなんて信じられねぇよ。こちらへきてからは驚天動地になることばかりなんだ。だからなにも俺が悪いわけじゃないんだよ。そこんとこ、お前はわかってくれるよな?」
ステラは立ち止まってからため息をすると、ルスタを睨みつけた。
「あんた、こっちへ来る前にあたしに言わなかったことがあるわよね。、、、今のあんたが無位無官の無職だって、どうして正直に言わなかったの?」
やっぱりその話が出てきたか、ととたんに渋い顔をつくるルスタ。
「いんや、俺だって好きで出奔してきたわけじゃあないんだぜ。あのバカガキがこっちへ行っている間は、お前には礼法を学ばせるって親父がいいだしたのが原因なんだ。一旦放り込まれたら脱出が不可能って言われている学校があってだな。俺はそこへ放り込まれるのはごめんなんだ。それにそんなことになったら、おまえと一緒にいられなくなるしな」
そう言ってルスタは、ステラの肩に自分の腕を伸ばしたが、イタタタタッと声を上げて、ステラにつねられた手に息をフーフーと吹きかけた。
「あんたがこちらについたら返すというから、あたしが立て替えてここまで来たんじゃない。私の手持ちの露銀も、残りがかなり少なくなってきているのよ。もう早くなんとかして頂戴。これがこのまま続くのなら、あんたをここに残して、あたしは一人で王都に帰るからねっ!」
それだけ言うと、ステラは再びルスタを無視して歩き出すのであった。
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ボーン、ボーン、ボーン、ボーン
豪華な大型の床時計が、それに見合う大きな音を出して終業時間をお知らせする。
「定時だ! ハルカ、もう帰ってもよいだろうな?」
ジュリアン王子はサインの書き過ぎで、鉛のように重くなっていた腕をさすりながらそう言った。
ハルカの鬼め。この時間まで、本当に仕事漬けにさせられてしまった。
というか、ここへ来るまでは他の都市のように都市長の椅子に座って、少ない書類を相手にしていればいいかと思ったのに。
よく考えてみれば、元々は小さな田舎町に過ぎなくて軍政下にあったこの都市が、これからは大きな貿易中継都市に生まれ変わろうとしているのだから、それに関わってくる様々な事業における、その計画書の量だってとても多いのは当たり前だったのだ。
まったく、こんなに大変になると判っていたなら、どんな手段をとっても断って、ここへなんか来なかったのに。
、、、あれ、そういえばさっきからハルカの返事がないな。どこにいるんだ?
「ハルカーー?」
スー、スー、スー、スー
ハルカを捜すと、客用のソファでうたた寝をしていた姿を発見した。
「なんだ、そこで寝ていたのか。だったらさっきまで仕事をしていることはなかったな。やれやれだ」
ハルカのソファの前に置かれていたローテーブルの上には、行政機関別に丁寧に分別された案件の書類が整然と置かれていた。
そのひとつひとつの書類を注意深く見ると、それぞれにはかなりの厚みがある添付資料があるものばかりだったことに気付いた。
その資料に目を通すだけでも大変な苦労になると思われたが、その資料の上には、要点だけを抜き取って書かれたメモが、それぞれに付け添えられていた。
これはハルカが目を通しやすくする自分のために、添付資料付きの書類の決裁を短縮化しようとして、自分でつくったメモ書きなのだろう。
「、、、日が落ちるのには、まだ時間がありそうだ。少しはかっこいいところを見せなくてはな」
ジュリアン王子は、ハルカを長椅子へ横たわらせて自分の上着を脱いでかけると、ローテーブルに置かれていた書類を全て持ち上げて、それを自分の机に運んでいったのだった。
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