分かれ道
前回のプレイから一週間たった土曜日。俺と由梨菜は、朝の早い時間からAWLにダイブしていた。
今日でストーリーをかなり進めるという予定をあらかじめたてておいたのだ。テスト後で勉強からは多少解放されているし、お互い都合のいいことに親が家を空けていた。絶好の好機、というやつだ。
今日の午前中には魔王とその幹部の攻略準備を終わらせて、午後から攻略を開始する。
「ダイブ、AWL」
意識が世界に沈んでいく。
◇ ◇ ◇
前回セーブした宿屋で目が覚めた。
ほとんど遅れることなく、隣のベッドで由梨菜が起き上がる。こちらも時間通りだ。
部屋のドアをノックする音がした。誰なのか予想が付いたので、すぐに招き入れる。
「おはようございます、センパイ!」
「ああ、おはようユリナ」
予想通りユリナだった。軽装に身を包み、いかにもやる気十分といった様子だ。今にも飛び出しそうなのを、午後からだよ、となだめておく。ポーション類や食料の買い出し、一応の予備装備その他のメンテナンス。午前にやることはわりと山積みになっている。
三人で必要なものを片っ端からリストアップしてメモに書き込んでいく。そして現在の所持金や持ち物から本当に必要な物を選び出して、それだけをリストに残した。
その中にミカン饅頭が入っているのはご愛嬌だ。
「それじゃ、買い物に行こうか。移動中でも思いついたものがあったら言ってね。なんでもは買えないけど、少しなら余裕があるはずだから」
「了解です! 炭酸のオレンジとか気になりますっ」
「それは気になるけど、リストのものを揃えたらにしよっか」
確認は数分、すぐに宿を出る。そして、昨日色々巡った時に目をつけていたものを片っ端から買っていく。どの店が安価なのか、どうやって回ると良いかもある程度決めていたから特につまるところはなかった。今日も客引きが強く、予定外のものをたくさん買いもしたけど。
そうして、もう一度セーブをしてからバレンシア国を出た。
◇ ◇ ◇
道を少し歩くだけでたくさんの人とすれ違った。
商人、家族、身なりのいい人も悪い人も。皆が一様に、多くの場合傷をつけたまま走っていた。冒険者らしい人はほとんどおらず、いても大いに負傷した人か見た目でわかる未熟な青年たちのみ。つまり、熟練の人たちは魔王軍や魔物の群れから逃げずに戦っているに違いない。
魔物そのものの数は大したことなくても、同じはずの魔物が普段より打たれ強いというだけで感覚は狂う。その上、魔王軍は進路の上にある都市を轢殺しながら来ているのだ。現地の熟練者たちもきっと、少し振興を抑えることで手一杯のようだ。
「おい、あんたら悪いことは言わないから逃げた方がいい。あの軍勢に突っ込んでいくのは勇気でもなんでもねぇ、ただの蛮勇だ。死にたくなきゃ、もしくは本当に倒す気があるなら逃げて大きな都市の軍団とでも協力をした方がいい」
「ありがとう。でも、まだ魔王に会ったどころか幹部の二人の塔にすら誰も入り込んでいないんだろう? なら、俺たちが奇襲して幹部を倒す。そうしたらこの軍勢も少しは収まるはずだ」
「……くそっ、忠告はしたからな!」
そう言って声をかけてくれたオヤジさんは去っていった。
見た限りでは、彼は一つの家族の大黒柱に違いない。娘を小脇に抱え、誰よりも早く脅威から逃げたいと思いながら、それでも声をかけてくれた。彼の取れる最大限の優しさだったのだろう。
だからと言って、はいそうですかと踵を返すわけにはいかない。二つの塔は、もう目の前にあるのだ。
「ごめんね。あと、ありがとう」
もう聞こえないだろうとわかっていても、その去っていく背中に声をかけた。
塔の前の分かれ道はもうすぐだ。一度立ち止まって、地図を広げてある一点を指す。
「幹部を倒したら、ここのあたりで合流できるはず。場所、覚えられそう?」
「大丈夫です!」
ユリナはそう元気に答えた。レベルは問題なし、属性も有利。俺は属性の有利はないけど、その分尖塔には慣れている。だから、倒せないということはまずないだろう。
ちなみに、由梨菜には倒した後の合流地点で待っていてもらうことになった。ストーリーに関わるバトルである以上、由梨菜がいるとイベントが発生しなくなる可能性がある。なので、先に合流地点で待ってもらって、そこからは遠くから隠密スキルを使って見守ってもらう。
「よし、じゃあそろそろ行こうか」
「あ、あの、センパイ……やっぱり私……」
「ん? 何か気になることでもあった?」
「いいえ、なんでもありません! 頑張りましょう!」
ユリナはそう言いながら笑顔を作った。いかに大丈夫と言われても、相手は幹部。そこに単身で切り込もうというのだからしり込みしてしまうのだろう。それでも、頑張ってでも笑顔が出せるなら心配いらないはず。
「その気迫だ。頑張って、まずは幹部を倒すぞ!」
おー! とユリナの続ける声。そして、ここからは分かれ道だ。
緊張する心は当然ある。それでも、わざとらしく大きな動きで、できるだけ余裕そうに歩いた。
大丈夫。きっといけるはず。
そう、何度も心の中で繰り返しながら。




