不気味な噂話
結局あの後、旅の人が多い他の宿は数軒しかまわれなかった。意外にも露店に面白いものが多くて、色々見ているうちにほとんど時間が無くなっていたのだ。
そして今は三件目の宿のフロント。早馬二頭に馬車を引かせてこの町までやってきた商人から話を聞いているところだ。
「魔王か。まあ、俺もその話を聞いてここまで来た口だからな。単純に人が少なくなったらもうけが減るっていうだけの理由なんだが」
「その中で何か特異なものとかは見ませんでしたか? 噂やかもしれない程度でもいいので」
「あー、そういや変な物なら見たぜ。嫌な感じがしたからよく覚えてる。教えてやってもいいんだが……なあ?」
そう言いながら、スキンヘッドの商人――ダンケリーさんは視線を横に向けた。その視線の先、窓の外にはダンケリーさんの馬車とそこに積まれた品物の数々。魚に果物、野菜に香辛料の入った壺があった。
噂の広がる速度どの程度だったのかは知らないが、悪い噂ほど早く広がるもの。わざわざ早馬を買ってまでこの街に来たほどであれば、この商品を売る伝手や見通しがついていないということは予想できる。特に、魚や果物に関しては鮮度が命。情報を聞きたければ――ということなのだろう。
「……わかりましたよ。後でどんなものがあるか見せていただけますか? わりと多めに買いますから」
「ありがとよ兄ちゃん! で、俺が視た怪しいものについてだな。こっからは下手な駆け引きなしで話すから安心して聞いていいてくれや」
そう一呼吸おいてから、ダンケリーさんは表情を引き締めて話し始めた。表情は暗めで、先ほどまでの陽気さがカラ元気だったのではないかと思うほどだ。
「実はな。前にいた街に噂が流れた時には、もうかなり魔王軍が迫ってきていたんだ。魔物も凶暴化しているし、数も多かった。そんで、体力と速さのある馬を買って街を出た時に振り返ったら……見えたんだよ」
「見えた?」
「おう。でっけぇ、二つの大きな塔がな。真っ黒な闇みたいな見た目なんだが、所々紫に光っている不気味なやつだった。見るだけで背筋が震えたんだ」
大きな二つの黒い塔。恐らく魔王の幹部のものだろう。二つということは幹部は二人なのかもしれない。魔物に刻まれている三角形は、魔王と二人の幹部を表しているのではないだろうか。
そう推察を続けていると、ダンケリーさんは気になる事を言った。
「なんかあの塔は繋がっている気がしてな。魔王の前の関門二つというか、片方を壊せてももう片方が直しそうな……そう、不死身の怪物みたいな奇妙さだ。ただでさえ不気味なのにそんな風だから余計に気持ち悪くてな」
二つの塔は繋がっている。片方を破壊してももう片方が蘇生する。
この二つの見解はきっと間違っていないのだろう。おそらく二つの塔に幹部がいて、その二体は繋がっているのだ。
つまり、幹部を倒すには、同時に撃破しなければならない。多少の時間の差までは許されても、順番に幹部を倒すだけの猶予はないに違いない。
「ありがとう、結構参考になった」
「謝意は行為と心意気で示すのが商人流だ。兄ちゃん、約束通りこっからは商談だぜ!」
ダンケリーさんは心底ありがたそうにそう言った。
結局、柑橘類以外の果物を何種類かと日持ちしそうな食材を買い取って、ついでに情報収集の時に見つけた宿の位置をかたっぱしから教える。これだけの量の商品も宿なら喜んで買い取ってくれるだろう。
宿を出てみると空は茜色に染まっていた。夕暮れ時だ。徐々に紫に変わっていく空を眺めながら、宿泊している宿に向かう。
ふと、横目でユリナを盗み見た。占いでもらったシュシュを片手で手遊びながら、楽しそうな笑顔を見せて歩いている。そして、その指の根元に光る指輪は綺麗な薄青色の光を発していた。俺の指輪も同じ色を放っている。
大丈夫。きっといけるはず。今回は、何も間違えていないはずだから。
そう心の中で繰り返した。
数多のバッドエンドルートを回避し、時に乗り越え、そうしてここまでやってきたのだ。自分たちの繋がりは、強固なはずだから。
そうして湊は、少しの細工とともに、同じ道を歩く決断をした。
二人と一緒に宿の部屋に戻ってきた。
部屋の机を囲んで作戦会議をすることにした。とはいっても、ほとんど作戦はきまっている。その内容は単純で、二つの塔が互いに蘇生するなら同時に倒すしかない。
よって、二手に分かれることにする。理由としては、魔女の館のようなイレギュラーもあってか今までトライした中でもかなりレベルが高くなっている。使える魔法やスキルの数も増えていて、成功率は高いはず。
それに、AWLはロールプレイをするシミュレーションゲーム。いかにボスとはいえ、魔王ではなく幹部なら十分に成功は見込めるのだ。
であれば、肝心になるのは幹部二人を倒すタイミング。できるだけ同時に倒せるという信頼がある相手でなければこの任務は任せられない。両方の絆が試されるのだ。
だからこそ、一緒に成長し、ともに戦った仲間のユリナにこの任務を任せたかった。
「大体の幹部の情報は集めてきたんだ。どう? やれそうかな?」
「は、はい。確証はないですけど、幹部ならなんとかなりそうです」
街を回っていた時とは違い、緊張と使命感で引き締められた表情でユリナはうなずいた。
ユリナが視ている方の幹部は主に精神系の暗黒魔法を使うらしい。なら、聖属性が扱えるユリナが適任と判断した。癒すこと、魔を退けることを得意とする聖属性なら相性がいいはずだ。
そして、ユリナが寝付いたあたりでセーブ。由梨菜との相談の結果、次にこの世界に来るのはテストが終わった週末になるだろう。
今度こそうまくいきますように。
そう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。




