002 性能確認
どのくらい意識を手放していたのかはわからない。
しかし、目の前をゆらゆら浮かぶ黒い物体と命約したのははっきりとわかる。
だって、黒い物体からの視覚情報がはっきりわかるのだもの。
感覚を共有しているらしく、自分の一部になっているのだ。一心同体だ。
視覚は黒い物体の方が色彩豊からしく、色のずれに酔ったように気持ち悪くなる。
眼をぎゅっと瞑って、少し休む。
それでも黒い方が感知している映像は頭に直接浮かんでくる。
黒い浮遊物体からの全方位視覚だ。
これが力か……。
わくわくするな。気持ちは悪いが気分はいい、不思議な感覚だ。
知識も共有したようで、さっき見たカードの意味が理解できる。
上辺に書いてあるのは『影、S、支配者』だ。
『影』とは属性だろうか。まさか性格が根暗って意味ではないだろうし。
それから二つ目の翻訳すると『S』なる文字、アルファベット順の十九番目の雑魚という事なのか、Aより上のスペシャルなのかはわからない。
知識を共有しているのになぜわからないのかと訊かれても、分からないのだから仕方ない。
多分、レア度やランクみたいなものだと思うが、確実にはわからない。
『支配者』というのも気になる。わくわくさせる語句ではある。
職業や地位みたいなものか?
支配する者という上位の地位って事ならいいな!
とりあえず、役に立ちそうな記憶を掘り返そうとする。
中学生の頃に流行ったカードゲームではメーカーからの市販パックにシリーズ毎に予め決められた五十種類くらいの中から無作為に選ばれた五枚が入っていた。収録カードがシリーズによって違うので、欲しいカードが入っているシリーズのパックを買うのだ。
例えば、Aというカードが欲しいから、Bというシリーズのパックを買う、という流れになる。
重要なのは、それぞれのシリーズを表す印がカードに記載されていた事だ。
もしも『支配者』というのがただのシリーズ名であれば、雑魚カードの可能性が出てきてしまう。どのシリーズにも珍しいカードがあり、逆に雑多で価値の低いカードもある。
強いカードでありますように!
手を合わせて祈った。
それから画像を挟んで『所有者 蔭川要』、『腕力F3、速度B7、装甲E1、知能B5、特殊F0』と書かれている。
一度命約すると途中で破棄できないので、譲渡する事は出来ない。所有権が移ったかのように振舞う事はできるだろうけど、カードを見ればすぐばれるって感じかな。
それはそうと、僕の本名が印字されているって……。
あの白坊主といい、この浮遊物体といい、どうなってるんだよ。
まぁ、いい。
腕力や速度のパラメーターは比較対象がないのでよくわからない。段みたいに数字が上であるほうが強いのか、逆なのか。アルファベット的な方はA、B、Cの順の強さって事でいいんだと信じたい。そうだとすると、速くて賢いが戦いには向いてないというところか。
カードは説明書みたいなもので、紛失したり破損しても全く問題ない、と理解していたらいいんだろうか。少なくとも黒い浮遊物体のカードを奪われても、命令されたり所有権を奪われたりはできないのはわかる。
通信するため道具になるらしいが、命約のおかげで考えるだけで直接意思疎通できる。外部記憶装置や情報処理装置みたいな感覚で、記憶を共有できる。
「ブック!」
だから、こう詠唱すると左眼の命約紋の効果で冊子が出るのもわかる。詠唱しなくても出したり消したりできるみたいだ。
ブックという呪文の割に出てくるのは青い紙切れ一枚が挟まっただけの冊子(?)だ。
一頁に九枚ずつカードを仕舞えるような窪みがある。
黒い物体のカードを掴み頁の左上にすっとかざすと、まるで磁力で引き合うかのようにぴたりと窪みにはまった。
残り十七枚分の空スペースになった。
こんなものがあるって事は、今後新しいカードが増える可能性でもあるのだろうか。因みに、この命約紋ブックに収納したカードは強奪されないらしい。なぜわかるのか、それは黒い物体の知識だろう。
表紙の裏には『所有金額』の横に五ヨムと書かれている。ヨムは貨幣単位らしいが物価は不明だ。
『売買』、『オークション』、『組織』と『眷属』の欄もあるが、これは後で確認しよう。
冊子を閉じると、霧散するように消えた。
「え?」
身体も思考も一旦停止した。
不味い事でもしてしまったのか……?
「ブック」
冊子が出てきた。開くとカードも入ったままだ。
どうやら目の前から消えても、カードや冊子が消えるわけではないらしい。
少し心配だったのでほっとした。
残るのは指輪とブロックだ。
黒い物体の知識によると、このくすんだ白い指輪もカードを収納する冊子を召喚できるらしい。
右手中指に嵌めて、意識を指輪に集中した。
指輪に集中する意味があるのかは知らない。
「ブック」
命約冊子と違い、二cm程の分厚さがある。
開くと命約冊子と同じでカードが九枚ずつ入る頁が目に映った。
ただし、頁は白く数も多い。五十頁くらいだろうか。
ぱらぱら捲っていくと、一枚カードが入っていた。
手で触っても取れない。
「取れろよ」
少し腹が立って小さくつぶやくと、カードが浮かんで指に当たった。
取れるのかよ。
カードが隠されているなんて指輪の冊子確認してよかった。
それで、問題のカードはっと……
『F、灰色の守衛・蜘蛛、道具』
影と書かれていた部分には無表示で、名称がある。
画像を見ると、灰色の蜘蛛型の機械みたいなのが映っている。守衛というなら、守りに特化しているんだろうか。
このカードの『所有者』の部分は空欄になっている。なんで僕の名前が書かれていないのだろうか。特別な手続きがいる?まぁ、いまは置いておこう。
さっきのカードで支配者になってた部分が道具。
でも、こいつ、戦闘員だよな……。
やっぱりシリーズ名か……。
『腕力F5、速度F6、装甲F5、知能F5、特殊F0』
「弱っ!」
いや、弱いかはまだわからないが、もしアルファベット順に強さが表記されているなら、黒い物体と比べ雑魚である。カードの絶対数が少ない今はとりあえず命約冊子の方に仕舞っておこう。
よく物を失くすから、指輪もいつの間にかどこかへ置き忘れる可能性が高い。
他にカードがないか頁を捲っていったが、そんなに都合はよくないらしい。
少し逡巡した後、貴重品を入れた鞄の鍵を外した。三つの数字を暗証番号にしたシンプルな防犯グッズだ。
このくすんだ緑の鞄の中には保険証、銀行カード、財布と食用きのこ図鑑が入っている。財布に指輪を丸呑みさせて、鞄に戻す。しっかり鍵をして一安心だ。
もし他にもこの指輪を装着している人がいたら、同じ力を得たって考えていいんだろうな。
白いブロックは……
ボストンバッグにでも投げ込んでおこうか。たぶん包装紙みたいなものだろうけど、後になって価値のある物だとわかっても遅いからな。
ブロックを掴む。軽くてそれなりに硬い。プラスチックと類似しているが、何か違う気がする。試す気はないが、火で炙っても解けない気がする。
ボストンバッグにブロックと黒い浮遊物体をぽいぽい投げ込んで施錠した。
「これで一段落かな」
そうそう、今確認しないといけない重要な事あった。左眼に彫られた紋章がどう見えるか、だ。黒い物体と自分の二つの視界に少し酔いながら、シャワー室に駆け込む。
しっかりとドアを閉めて鍵をかける。
誰もいない部屋を見渡して、やはり誰もいないのを確認する。
端の方が欠けた鏡に顔を近づけて、自分の眼を食い入るように見た。
「んー、あるっちゃあ、あるな」
黒い眼なのでパッと見では気づかれないだろうが、五十cmほどの距離から凝視されたら感知されかねない。
三つの丸が線でつながった単純な紋様だ。
隠そうか?
でも眼帯は怪しいよな。カラーコンタクトでもつけようか。
鏡に顔を寄せたり離したりしながら考える。
これ傍目から見たら、唸りながら自分の顔をいろんな角度から見るナルシストだよな。
そういえば、髪も伸びてきた。もう肩に届く程なので男としては長髪だろう。
「まぁ、いい」
籠に入れてあるサングラスをかけた。オーストラリアは日差しが痛いので、不良グッズではなく子どもも使う日用品だ。小学生でもサングラス。可愛い女の子もサングラス。
緑のコートの上に貴重品バッグを身に着け、ブーツを装備して準備完了。
僕は住居を出てエレベーターで地上に降りた。
ここから防犯用の門を出ると、青空の広がる外の世界だ。
「コンタクトって、眼鏡屋で買うのかな。薬局も確認するか」
最寄りのショッピングセンターは中華街側にあるが、今回はタウンホール駅付近の大型店舗に行こう。
さっさと終わらせたいし。
「お、おはよう」
驚愕でびくついた。普段かけないサングラスの暗い視界で気づかなかった。
目の前には真っ直ぐ伸びた金髪を短く切りそろえた女が立っている。
アニメサークルで知り合ったエミリーだ……。
蔭川の持ち物
所持金5ヨム
影S 黒い浮遊物体(仮名)
地位 支配者
所有者 蔭川要
腕力F3、速度B7、装甲E1、知能B5、特殊F0
F 灰色の守衛・蜘蛛
地位 道具
腕力F5、速度F6、装甲F5、知能F5、特殊F0
次回は翌日12:00頃の予定です。応援お願いします!




