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キューブ  作者: 水野 閖
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001 キューブ購入

 セントラル駅から徒歩二分、八階建てのマンション二階の三LDKの物件に僕――蔭川要かげかわかなめ――は住んでいる。都心部で便利だが、この物件ではプライバシーが尊重されない。


 住居自体にすでに住人が七人もいるのだが、ベッド二つとタンス一つで通路しか残っていない僕の部屋にはその半数以上、四人住んでいる。いろいろ丸見えである上に、人口が多いという事は当然窮屈だ。


 因みに、僕の唯一の固有陣地である二段ベッド(上の方)は通路側の壁一面が窓ガラスでできたプライバシー要素が部屋の中でもさらに低い窓側だ。家では裸で過ごす人だったら大変だったに違いない。ただし、幸か不幸か窓ガラスが汚れで曇っている事で多少の目隠しにはなっている。


 入居時からある私物置き場は共用で使うタンスの中のクローゼット横二十cm分(ハンガー七つ分ほど)と棚一つ分だけである。棚と言うのは横三十cm、高さ四十cm、奥行き四十cmで服、書籍やトイレとペッパーが押し込まれている。


 残りの私物はどこか?


 貴重品は外出時には常に身に着け、家に居る時はベッドに固定している。防犯意識の表れだ。僕は大切だと思うが、あまり気にしない人ばかりのようで少し残念だ。


 よく使う安価な物は雑貨屋で購入したプラスチック製の三種類合計五つの籠に収納してある。これらは全てベッドを囲う柵に取り付けてあるので非常に便利だ。シャンプーなどのお風呂グッズや殺虫剤は四角い籠に、汚れた衣類はでかい籠に、書類は薄い籠に入っている。ついでに延長コードで電源も引っ張ってきているので、快適なベッド生活を実現している。


 毎日ではないが、たまに使う物は鍵付きボストンバッグに入れベッドに固定されている。例えば、他人に見せられないフフフ本やあまり着ない服、電子機器である。

 殆ど使わない物はどうかといと、外部に有償で預かってもらっている。大きいスーツケースひとつ分だ。


「それにしても、窮屈だなぁ」


 寝室は残り二室あるのに僕の部屋に四人も箱詰めされている理由は単に別室が満員になってないだけである。隣にある一室はダブルベッドでカップル用、定員四人の下にある部屋は二段ベッドの最後の一つが空いている状態だ。


 つまり、人口密度は入居者次第でさらに増える可能性があるのだ。

 家主もベッドの空きを埋めようと入居希望者を見学させるので、他人が行き来するのも日常的だ。

 プライバシーもセキュリティも甘々だが、ここがそこまで嫌いなわけではない。必要なものはあり、不自由はしていないのだ。


 太陽の光を存分に浴びて目覚めた僕はベッドの上で布団から出るのをこれでもかと拒んでいたが、体温も上昇してきたのでそろそろ起きる事にした。


 部屋を出てすぐの床が抜けている。

 アニメであればヒロインが躓いてくれそうだが、この物件には男しかいない。男の娘もいない。


 通路を歩き入居者のいないカップル室前を素通りし、トイレのあるシャワー室で顔を洗う。顔がさっぱりすると眼が覚めた気になる。

 ここのシャワー室はたまにお湯は出ないが水を使い放題である。前向き姿勢で言ってみてもやっぱり悲しいな。


 U字の階段を降りると、左手に閉まりにくい出入り口、右手に電気のつかないセカンドトイレだ。こう言うと裕福な家の豪華な感じがするが、暗いし、汚そうなのであんまり使いたくはないね。電気もつかないし。


 緊急用のトイレの向こうにキッチンがあって、さらに向こうに四人部屋、そのさらにさらに向こうにベランダがある。因みに、キッチンの真上がカップル部屋で四人部屋の上が僕の住む四人部屋だ。


 キッチンには冷蔵庫が二台あり、それぞれ私物化している棚がある。調味料や根菜などを置く引き出しもそれぞれ自分の場所があるので争いはない。


 やっぱり自分だけの場所があるのはいい。

 僕の引き出しには調味料の他にシリアルやグミ、ナッツ類が入っている。お菓子は正義である。ただし、チョコレート、こいつは悪だ! 吐き気を催させる敵なので、当然ここには入っていない。


 ことん。

 シリアル入りの密封パックを机に出す。


 密封なのは酸化防止や湿気防止の為ではない。虫避けの為だ。

 基本的に共用スペースは無法地帯。

 つまり、汚いのだ。


 洗剤を濡らしたスポンジにつけくしゃくしゃ泡立て、乾かし場に置かれた器とスプーンを洗って水で流す。衛生面に信用がないので誰かが洗った食器をそのまま使うなんて考えは一切ない。

 シリアルを器に入れ、冷蔵庫から取り出した牛乳をかけていつもの朝食の完成だ。


「やっぱり憂鬱だ」


 共用の調理器具が破棄して当然のレベルである事と住人の誰かが食べ残しをそのままにしているおかげでゴキブリが徘徊している事はどうにかしたい・・・。

 いくら綺麗にしても二日ほどで悪い状態に元通り!

 だから、気持ち程度しかやる気にならない。

 僕に鬱憤を募らせるこの住宅で二番目に大きい原因になっている。


「安いから仕方ないか……」


 結局はそこが決め手で住んでいるのだ。家賃月五万円程度の安物件に贅沢は言えない。

 用意したシリアルを掻き込んでいく。


 オーストラリアの牛乳は薄い。日本の牛乳を同量の水を加えてしまったような素っ気ない味である。

 これは安さのせいではなく、お国柄なんだと思う。


 手早く食べ終えると、軽く皿洗いして、洗剤付きの台拭き机を清潔にする。これが、少しでも虫避けに効果を期待した僕の日課だ。

 汚れがなくなるのを見ると清々しい気分になる。

 人がいないのもいい。


 日中は例外となる一名を除き全員だいたい外出する。大学で授業がない今日は僕が他人の眼を気にせず家でゆっくり過ごせるのだ。

 今日もいるであろうその一人は台所の隣の部屋の住人なので僕にはあまり関係ない。彼が毎日ベッドに居て、シャワーも浴びず腐臭を発しているとしても僕への被害はないのだ。尚、空いているベッドは彼の上である。


 僕は清潔に生活したいので、部屋に戻り着替えとお風呂セットを手に取り、シャワー室に赴いた。シャワーしかなくてもお風呂セットである。

 脱いだ服を清潔感を感じさせない黒いタイル床にぱさりと置き、ガラス張りのドアを閉め蛇口を捻った。最初は確実に冷たい水しか出てこないのを経験上知っているので、立ち位置は完璧である。ここを失敗すると冷水を浴びせられる事になるのだ。日本のようにシャワーが固定されてさえいなければこの問題は起こりえないが、不満を言っても仕方がない。


 最近はずっとお湯が出ないので、仕方なくぬるま湯で髪、顔、身体を順に洗って、蛇口を閉める。

 中学生の頃買った青いバスタオルで全身を拭いて、すっきりしたところで服を着る。


 家にほぼ誰もいないから、時間を気にしなくていいのが嬉しい。あまり人と話すのも気を遣うのも好きじゃないのだ。


 部屋に戻って、服やお風呂セットを片付けるとベッドによじ登った。バスタオルはベッドの端にかけて乾かし何日か使っている。

 さすがに毎日洗濯するのは面倒。

 綺麗好きだが面倒が嫌い。それが僕である。


 ・・・


 ベッドの隅に座って本を読んでいると唐突にドアが音もなく風に押されたようにゆっくりと開いた。

 全身を白いローブで覆った坊主が立っている。

 入居希望者か、或は新規の入居者かもしれないが、肌まで真っ白でまるで生気が感じられない。


 正直に言うと、背中がぞっとするほど不気味だ。

 不審者だったとしても、貴重品の入れた鞄には鍵がかけてあるから身の安全だけ気にしていればいいだろう。

 白い坊主が眼を開いた。


 ひぃ……。


 全身の毛が逆立ちぞわぞわと警戒心が湧き上がる。

 瞳孔さえも白いが、薄らと虹彩の縁が茶色いので目線がぎりぎり判別できる。カラーコンタクトというやつだろうか。


 ベッドの隅で膝に布団をかけ座っている僕と白い坊主の構図はシュールな気がする。


「お前は力が欲しいか?」


 半開きになった口は微動だにせず、まるで喉にスピーカーでも入っているかのように声を発していた。低く深い声だった。


「それは、そうだよ」

 僕は緊張を気取られないように、そして怒らせないように注意して応えた。

 恐怖のせいか身体が硬直している。


「力をやろうか?」

 変な宗教か詐欺のようだ。

 僕の手が小刻みに振動しているのに気が付いた。


「何が目的、ですか?」

 なんでも肯定していたらやばい事態になりそうで、現状打破のきっかけを探る。

 白い坊主は口角をゆっくり上げ、鋭い目のままにやりと笑った。


「娯楽が欲しいのだ。力をやろうか?」


「ど、んな対価に?」

 何事もタダではない。後出しでとんでもない対価を要求されては困るのだ。坊主は口元をにやりと『U』字にしたままで顎は不動のままだ。

 表情そのままで頭を四十五度傾けた。


「百万円でどうか」

 オーストラリアの通貨はドルなのに、円で訊いてくる。日本人だと知られているのだろう。背筋がまたぞっとする。

 ゆっくり上げられた坊主の右手には白い二十cm四方の立方体が載っていた。

 落ち着き払った恐怖の権化が何であるかはわからないが、僕は逃げたい衝動とこの坊主なら本当に力をくれるかもしれないとの期待がせめぎ合っていた。


「ふ、副作用は、ないのか?」

「私が与えるのは権利だけ。後は自由だ」

 気を抜くと白い眼に吸い込まれそうな錯覚になる。


「わかった。どう支払えばいい?」

「支払うと宣言すれば、勝手にやっておこう」

 なんでこんな契約みたいな事をやっているんだっけ?

 いや、これでいい。この窮地を安全に脱せられるならそれでいい。

 百万円なんて現金で持ち歩いているわけがない。銀行口座にオーストラリアの通貨で入っている。


「オーストラリアドルで、相応の金額は口座、に入っているので、力を、もらう対価に、支払います」

 空気が身体を押しつぶしてしまいそうなほど重い。

 正直に言ってよかったんだっけ?

 いや、いい。本音で話す方がいい。


 布団のかかった僕の膝に坊主がすぅっと手を伸ばし、白い立方体を置いた。

 近くで見ると小さい煉瓦が積み重ねられたような外観で、一kgほどの重さだった。


 かしんっ。


 手前の面の中央が引き出しのように飛び出してきた。

 その引き出しの中には小さい棘が一本露骨に生えている。なんかかわいい。


「針に指をつけてみろ」

 僕は言葉に抗いもせず、右手の人差し指を針の上に移動させ、ゆっくり下げた。

 尖端に当たったら止めようと漠然と思っていたのに、最初に感じたのは鋭利な感触ではなく平らな冷たい感触だった。まるで針なんてなかったかのような違和感しかない。

 困惑で数秒経った後、指をゆっくり上げる。


 かしんっ


 やはり針のついていた引き出しが立方体に戻った。


「え?」

 ぴくりと反射的に白坊主の方に顔を動かしたが、そこには誰もいなかった。

 威圧感も喪失している。

 夢だったのかと布団の上に視線を戻すと立方体は残っていた。


 右手の人差し指から血もぷっくり出てきた。

 両手で顔を覆い、足を伸ばす。


「何だったんだ……。」


 からからっ

 足を動かした影響か立方体がばらばらに崩壊した。


 ブロックの中からは白い指輪、カード、それからはんぺん形の黒い物体が出てきた。

 白い指輪を眺めてみると、何の装飾もない単純な形状だった。


 次にカードを手に取る。

 黒い物体の画像がある以外は読めない。文字化けしているような、ただの四角が組み合わさったような謎の表記である。


 仕方ないので黒い物体に触ってみ……

『我が命と其方の命を繋ぐ命約めいやくを交わしますか?』

 ると、脳内に直接意思が浮かんできた。次から次へと大変だな。


「命約を交わすとどうなる?」

『どちらかが死亡すればもう一方が死ぬ代わりに、互いの能力を共有できます。また、譲渡不可になります』

 説明があるなんて親切だ。


「これが力を得る権利ってやつか……」

 百万円払う約束したので今さら引くのも嫌だな。

 それにこの物体が壊されなければ何の問題もない。

 誰かが破壊しようと思うはずもないし……。


「わかった。命約しよう」

『了解しました。命約紋はどこにつけますか?』


「命約紋?」

『命約した印です。命約した者を呼び出すのに使えます』

 タトゥーみたいなものか。

 それで、召喚するのにも使えるって事だろうか。


「大きさと色は?」

『直径一cmで黒です』

 ビー玉くらいか、小さいんだな。


「気を付ける点は何かある?」

『体内の臓器にしたら召喚した時に損害を受けかねないくらいです』

 召喚して腹食い破られるなんて困るもんな。 

 でも、タトゥー彫ると温泉入れなくなるし、分かりにくいところがいいか。


「おお。あ、虹彩にした場合って、失明したり、不具合生じる?」

『いいえ』


「じゃあ、左眼の虹彩にお願い」

『はい』


「ん!?」 

 左眼に鈍い痛みが走ったかと思うとひどい睡魔に襲われたように脳がぼうっとして僕は気を失った。


ようやく本編始まりました!

毎日昼12:00と夜22:00に話を記載していく予定です!

どうにか月末までに一区切りさせたいと思っているので応援お願いします!!

(次回は今夜22:00です。)


※添削しました(11月27日)。基本的な表現は変わっていません。

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