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キューブ  作者: 水野 閖
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021 傷跡

 スーザンの根城。


 そこには驚愕の面持のスーザン、少しばかり怪訝けげんな顔をした幹部のササと中年のライアン、我関せずで無頓着な女子中学生ズーイも立っている。

 椅子もあるのに立っている。


「なんでジョンとサミーがいなくなってるんよ!?」

「どうなされたのですか!? 某に協力できるなら何でも! 何でもしますぞ!」

 スーザンの持つ冊子ブックの眷属欄にはササの『贈与の双竜』だけしか所有者が載っていない。

 蔭川の元へ向かっていたスーザンの眷属ジョンとサミーはこの時既にエミリーとジョナサンにより殺されていたのだ。


 慌てて操作した携帯に表示される『ジョン』の文字。

 ぷるるるる、と流れ続ける携帯の音。


 いくら待っても返事はない。エミリーの実家に保管されているジョンの、そしてサミーの携帯は少しばかりジョナサンを驚かせたにすぎなかった。彼らの死がばれた可能性を示唆しさし、ジョナサン達が次の戦いの心構えをする助けになっただけである。


 狼狽ろうばいしているスーザンは顔を覆って点を見上げている。脳裏にはついこの前蔭川を招待した時に現れた迷彩服の女が映っていた。


「ジョンとサミーが……多分、死んだわ」

「そんな! あのジョンが!?」


 ジョンの巨体と怪力はスーザン率いるシュゴフ教内では有名だ。

 ササはピリっと身を引き締め、自分のキューブである竜を一瞥した。ズーイはにやりと口角を上げた。


「蔭川という青年を追っている最中だったんよ。彼かその仲間と交戦になってやられちゃったんかな……」

「私は知っています。越えられない障害はないと!」


 上を向いたままのスーザンの頬に涙の雫が垂れて流れた。


 警察に助けを求めようにも一般人に分かるような証拠はない。人外の力を持ったジョンが死んだとは信じきれないライアンは、ジョンの力の源であり彼にとっての絶対的な存在であるスーザンの言葉に戸惑っていた。


 ササが片膝をつき、スーザンを見上げた。


「守りを固めましょう」

 いつも沈黙を貫いているササの言葉。

 スーザンはハンカチで目元を押さえ、深呼吸した。


「そうじゃね……」

「某が! 某が護衛を雇いましょう!」

「いや、これはシュゴフ教だけで解決するんがいいと思うんよ」


「私は知っている。これは通過点に過ぎない事を」

 スーザンは冊子からカードを二枚取り出した。

 そして、ライアンとズーイを交互に見つめる。


「ライアン、新しい拠点をありがとう。財政援助に感謝しとる。それから、ズーイ。今後の発展のいしずえになるよう貴女の将来に期待しとるけん」


 スーザンは『贈与の死人』と『贈与の蝙蝠』をライアンとズーイに託した。

 シュゴフ教のキューブ持ちはこれでまた四人になるのだった。


 ・・・


 巨漢ジョンと学友でありシュゴフ教の幹部の一人でもあったサミーに応戦したエミリーは左腕を骨折していた。肩から左腕までが強制ギプスで固定され、左手で右肩を抱くように布で固められていた。血の気を見るためなのか、指先だけはちょこんと出ている。


 病院の白いベッドに横たわるエミリーの顔は白く血の気がない。

 薬への耐性が高すぎる彼女には麻酔も効かない。当然、手術で折れた左腕の処置をするのにも起きたまま耐えなければならなかった。


「エミリー……。ごめん」

 蔭川は消え入りそうになる声をしぼり出した。

 エミリーの実家に向かって彼らが攻め入ってきたのは蔭川がそこにいたからであり、感知していなかったとはいえ撃退に協力もできなかった事への引け目があった。


「いいえ、これくらい何ともない」

 額から垂れる汗が無理して強気を装っているのを知らせていた。

 その惨事から目を背けない事が蔭川にできる精一杯だった。


「そろそろ帰る方がいいじゃろ」

 エミリーの父ジョナサンが蔭川を促した。

 帰ると言っても蔭川の家ではなく、エミリーの実家である。シュゴフ教と遭遇しかねない都市部まで何の策もなく戻るのは自殺行為だからだ。蔭川は傷つけられないので正確には自『殺』行為ではないが、それでも捕縛や幽閉くらいならされかねない。


「やっと家についたの。このカードとキューブは……今は儂が預かっておこうかの」

 ジョナサンはサミーの持っていた『贈与の番犬』とジョンの『贈与の大鬼』を抱えている。それは、大戦果の証とも言える戦利品だ。


 しかし、エミリー実家のリビングについても蔭川は呆然自失であった。

 ジョナサンのアロハシャツのポケットから顔を出す七色の雛(ラードゥカ)は首を傾げて蔭川を眺めていた。


「どうしたの?」

「疲れておるんじゃろ。そうじゃな、森を案内してやったらどうじゃ?いつもとは逆で今日はお前さんが守ってやるのじゃ」

 七色の雛(ラードゥカ)がの問いにジョナサンが優しく助言する。


「ん? 森に行ったらいいの?」

「そうじゃな」

 胸元に出したジョナサンの手に七色の雛(ラードゥカ)が飛び移る。

 そして、雛は蔭川を見上げる。


「要ー。森に行くよー」

「え? あ、え?」


 雛は手のひらの端まで歩き、混乱したままの蔭川の方へと跳んだ。

 そして、重力に従い落下していく。雛に飛行能力はないのだ。


 遅れて反応した蔭川はしゃがみながら、雛を掴もうと動かした手は自分のお腹を押さえるだけだった。

 木の床に激突し、一瞬白い火花を散らせ雛はころりと転がった。

 蔭川は申し訳なさそうに苦笑する。


「えっと、ごめん」

「はっはっはー。床が焦げおったようじゃな」

「はっはっはー」

 床には衝突した雛の痕が残って、いない。

 七色の雛(ラードゥカ)もジョナサンを真似して笑う。


 蔭川が開けた七色の雛(ラードゥカ)用の鳥籠に雛がしっかり乗り込んだのを確認する。

 ほんの少し元気を取り戻した蔭川は七色の雛(ラードゥカ)と共に裏口からブルーマウンテンへと歩き出した。


 蔭川の背中から針が突き抜けて行く。

 エミリー家特製の自動防御システムの毒針である。高速で打ち出されるそれは一本で昏睡、二本で致死となるはずだが、蔭川の身体には効かない。そして、キューブには当たっても傷つかない。

 そういうわけで、蔭川は針に気づきもしないのだ。


「ここらへん夏は蛇が出るんだって。今は出ないよ」

「そっか、怖いな」


 噛まれても身体的には何の被害も受けないが、恐怖の有無は別の話だ。蔭川にしても自分の攻撃無効化特性の事を知ってまだ一日も経っていないのだ。常人の感覚が取れてないのも仕方ない。

 蔭川は七色の鳥の案内でずんずん進んでいく。


「これがギザギザの木だよー」

「おー、うん。ギザギザだね」 

 葉っぱがギザギザの木だ。山火事によって加熱されないと種子を飛ばさない植物で、周期的に火事がないと新しい世代を生みだせない。こういう火事が人生で必須になっている樹木はオーストラリアに多い。


「ここ飛び降りて」

「おー、え?」

 五mくらいしか高低差はないが崖である。下は黄色い土が見えていて固そうだ。

 この高さを落下すれば飛び降りて、着地に失敗したら負傷する事もありえる。不意に落下したなら死ぬ可能性もある高さなのだ。繰り返しになるが、蔭川は頭から落ちたとしても死ぬ事はない。怖いだけだ。


「ん? どうしたの?」

 一緒にいるエミリー一家ではこの程度はステーキにフォークとナイフを使うくらい自然な動作なので、七色の雛(ラードゥカ)は人間の基本能力を勘違いしている。

 蔭川は立ちすくんでしまっている。


「回り道はないのかな?」

「え?」

 フォークが使えない残念な人に遭遇してしまったかのように雛は素っ頓狂な声を出した。

 前提条件が崩されて困惑している。

 流れる沈黙。


「うん、そうだね……」

 ちょっとした準備運動をする蔭川。

 崖の下を後ろに蔭川はしゃがんで崖の端に手を置いた。

 足をゆっくり投げ出して、肘を曲げて行く。


「うわっ」

 あごが崖の端にぶつかり、そのまま影化して通り抜け、両手で自重を支える恰好になった。

 下を見ると、つま先から地面までもう三mちょい。自分の身長の二倍ほどだ。


「高っ!」

「大丈夫?」

 蔭川はただでさえひ弱なのだが、さらに恐怖で弛緩しかんしてしまって上に戻る事は出来なかった。つまり、手を離して降りるしかない。


「う、うん」

 若干震えた声の蔭川は足を何度か屈伸させる。

 意を決して、手を離した。

 着地して、膝をクッションにするように曲げて、仰向けに転んだ。

 身体を強張らせるものの、いくら待っても痛みは襲ってこない。


「そろそろ立ったら?」

 蔭川が転がったという事は七色の雛(ラードゥカ)の入った籠も同じ運命を辿ったという事だ。

 下敷きになったかごの柵が少し曲がっている。


「うん」

 顔を真っ赤にした蔭川が急いで立ち上がった。

 そして、探索は続いていく。


「俺は駄目だな」

 蔭川は独り言を零した。

 眉を寄せて、悲しそうな顔をしている。


「ん? 何か言った?」

「いや、七色の雛(ラードゥカ)。ちょっとここで少し一人で考えたい。どこか散歩してきてくれないか?」


七色の雛(ラードゥカ)?」

「ああ、ジョージと区別するのに勝手に渾名あだなつけてたんだよ」

 少し拉げた籠を開け、雛を外へと促す。

 ころころと転がるように雛は鳥籠から出てきた。


「うん。いいよ。きゅぃぃぃい」

 七色の雛の掛け声と共に様々な鳥が集まってきた。

 七色の雛はここら一体の鳥類全員の子みたいなもので、親代わりの鳥がわんさかいるのだ。


 その中にはエミューという健脚の飛べない鳥もいる。蔭川と変わらないくらいの大きさで、目つきが怖い。

 七色の雛のお願いで雛はエミューのふかふかの背中まで太っちょの鳥に運ばれた。

 そして、七色の雛を乗せたエミューはたたたたったっと走り去った。


 木に溶け込むように離れて行く姿を見送ってから、蔭川は大きくため息を吐いた。


「くっそ!」

 蔭川の中に溜まった不甲斐なさや自分自身への怒りがぐるぐると渦巻いている。

 彼はその場をぐるぐる歩き回っている、


「なんで、俺はこんななんだ!自分の事なのに、助けてもらってばかりで! 友達(サミー)も死なせて! その上、エミリーを身代わりにさせて!」

 叫び声が響く。

 両手で髪をわしゃくしゃと弄る。


「何なんだよ!」

 蔭川は付近になったギザギザ葉の木を殴った。しかし、その拳の先は影になっている。


「殴っても殴られてもどうなっても傷ついたりしないのに! 骨折にもならないのに!」


 荒れ狂う蔭川の頬は濡れていた。

読んでくれてありがとうございます!


次回、「それぞれの準備」。

26日22:00頃記載予定。

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