019 嵐の前の静けさ
次回『大鬼とエミリー』。
25日22:00記載です。
読んでくれてありがとうございます。
ウィラビーは曇っていたが、ブルーマウンテンは雲ひとつなく晴れていた。
「久方ぶりじゃな。」
エミリーの父、ジョナサン・モートである。
前回来た時とは違い、玄関前の芝生まで来て出迎えてくれている。相変わらずどこからが敷地なのかは不明だ。
スーザン達からエミリーに助けてもらった蔭川は大学が試験準備休みという事もあり、彼女の実家まで逃亡の足を伸ばしていたのだ。
「久しぶり。」
エミリーの家の裏にあるブルーマウンテンに住んでいる金色の鳥は毎日ジョナサンに日本語を教わっている。ジョージと命約で結ばれ、知識や記憶を共有している七色の雛が蔭川と共いるので今回は雛が代わりに勉強をするらしい。
「こんにちは、先生。」
蔭川は腰元にある小さい檻を掲げ、中に居る七色の雛をジョナサンに手渡した。
なかなか仲がいいらしい。
ジョナサンの手の上でころころ転がっている。
金の鳥と七色の雛は思考回路を共有した同一の存在だと言えるわけだが、それを雛を理解して受け入れるジョナサンの順応性はかなり高いと言える。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
エミリーの母フィーナが一歩一歩近づき抱き付いてきた。
日本とは違って挨拶である。
誰も見ていないとは言え庭先で堂々と抱かれるのも恥ずかしい。なんだかんだで、フィーナの容姿は二十代後半なのだ。
「まぁ、立ち話もなんだから、部屋に入るんじゃ。」
・・・
エミリー実家、リビング。
蔭川の目の前にはミルクティーがある。
「やっぱり美味しいですね。」
とろけるようにクリーミだ、とある毒成分が入ってる効果で。エミリーの実家では毒になる植物や菌類までも食事に使うので味の幅は広い。毒でも飲ませやすいように日夜いろんな味付けを工夫しているらしい。
エミリー家も毒を飲食しているのだが、彼らは代々暗殺一家で元々遺伝子的にも毒に強い上に幼少の頃から特殊な訓練を受けているのでもはや毒は毒でなくなっているのだ。
病気や毒に対する耐性というのは個人差がある。それは生物であれば当然の事で、同量同種の殺虫剤を受けても死ぬ蚊もいれば死なない蚊もいる。
特定の殺虫剤や毒に耐性のある蚊、或は他の動物を探すのは簡単だ。その毒を与えて生き残ったやつが耐性持ちなのだから。その生き残りを繁殖させて別の毒で同じく耐性のある個体を探し、繁殖と毒投入を繰り返せば生まれながらにあらゆる毒への耐性を持った個体が残る。
繁殖させるのに他の毒に耐性のある個体を使えばさらに効率的だ。
モート家は暗殺者として毒殺も数多くこなしているので、その生き残り同士を幽閉し実験に使う事もある。その結果産まれた人材は新たな実験台、暗殺者や嫁候補になるのだ。
しかし、通常の婿・嫁探しでは最初から毒薬投入されるわけではなく、致死量未満の毒で最初は肌につけパッチテスト、そして舌につけて炎症が起こるか確認するなどの段階を踏んでいる。
解毒に関しても玄人なので、一般人が許容量以上の毒に冒されたとしても治療可能である。控えめなながらも蔭川に猛毒入りの食事を提供したのも治療手段が確立していた為だった。
因みにフィーナの兄妹は仕事で毒殺されている。様々な毒に強い耐性があった彼女は生き残りそのままジョナサンの嫁になった。結婚に抵抗もなかったわけではないが、家族の命を奪ったジョナサンを暗殺する機会が増える為に最終的には結婚を承諾したのだ。
「フィーナ以来の逸材じゃ。」
ジョナサンは呟いた。
常人であれば多少毒に耐性があっても通常なら気持ち悪くなったり、何らかの不備が生じるものなのだ。
「ん?」
「お前さん、エミリーの婿にならんか?」
「ぶごふっ。え?えーーー!?」
蔭川はミルクティーを吹いた。
眼をまん丸くして、机や服に零れたそれを拭く余裕もない。
「もうエミリーが暗殺術を習得しているのは知っておろう?」
「え、うん。」
「わしらは暗殺一家じゃ。代々暗殺を専門に生活しとる。」
フィーナがこっそり駆け寄って机を拭いた。
隣に座っているエミリーは少し頬を赤く染めている。
「は、はぁ。」
「お前さんにも毒入りの飲み物や食べ物を与えたん・・・。」
「ええ!?」
蔭川はミルクティーを覗きこみ、慌てて両手やお腹を確認した。毒を摂取したからといって効果が視認できるとは限らないが、そういう行動をとるものらしい。
「いや、ちょっとした悪戯じゃよ。」
「・・・。」
「それでな、お前さんには全く毒が効かないらしいんじゃな。まぁ、試した毒なんて両手で数えれるほどしかないんじゃけど。」
因みに、これは嘘である。蔭川の目の前にあるミルクティーだけでも5種類の毒が混ぜ合わせられていて、前回と合わせて十種類以上はとっくに試されているのだ。
「はぁ・・・。」
毒を服用させられた自覚は全くないとはいえ、エミリーによる救出劇を体験した蔭川が笑って冗談だと切り捨てられる道理はなかった。精査するように全身を確認している。
「毒だけじゃない。わしの攻撃も掠らせんかったじゃろ。」
「はぁ?」
「無意識か。」
ふわっと風が蔭川の頬を撫でる。和やかな表情そのままに蔭川の意識の外から一瞬で攻撃したのだ。
数刻遅れてエミリーが腕を振りかかり、机に戻した。
「ああ、そういうことか。はーっはっは。」
「何?」
「お前さんもジョージと同じキューブ持ちじゃな。」
両腕をさっと引き蔭川は咄嗟に臨戦態勢をとった。玄人の前ではお粗末極まりないもので、全く意味をなしてはいない。
「なんでわかっ・・・。」
「簡単じゃよ。ジョージもキューブを手に入れてから体質や能力に大きな変化があった。なんの機械も入っていないのに別の場所にいるキューブと意思疎通ができるのもそうじゃ。身体もその影響で金色になったのじゃろう。」
ジョナサンは他のキューブ持ちであるスーザンについても調査しているので、人外の能力に覚えがあった。
影ヒコーキ君と命をかけた契約を結んだ時に力を得たはずだったと蔭川は思い出す。結局、自分ではその能力に気が付く事はなかった。
「お前さんは化学的にも物理的にも攻撃を受けないようになってるようじゃな。」
「え、そんな事が・・・。」
「前に来た時もさっきも攻撃したのにかすり傷一つないのがその証拠じゃ。なんならエミリーに訊いてみるがいい。」
エミリーに顔を向けると、ほんの少し眉を顰めたエミリーが頷いた。
攻撃を受け付けない、それは人外の能力と言っていい。攻撃を受けた事すら気づかなかった蔭川がすぐに信じられる話ではない。
「そんな、本当に?」
「そうじゃな。手を出してくれんか。実験してみよう。」
蔭川は恐る恐る右手を出そうとして、代わりに左手を出した。もし怪我するにしても筆記具を持つ右手だと拙いという判断だ。
「ほれっ。」
すっ。
ジョナサンが瞬く間にどこからか取り出した爪楊枝を蔭川の手の甲に突き刺した。
そして、蔭川が反射的に引っこめようとする左手を細い手で握る。
「んっ。」
微笑むジョナサン。
痛みがない事に訝し気になる蔭川。
「ほらなっ。」
「痛くない?」
ジョナサンが手を離し、不安気になりながらも蔭川は手を上げた。
その左手からは血が一滴も出ていない。それどころか傷すらなかった。
そう、これこそが影の属性だった。細胞が破損されそうになるとその部分が自動で影状態になり攻撃を受け付けない。物理攻撃も毒も効果がないのだ。
以前、割れたマグカップの上に倒れた時に無傷だったのも、この能力のお蔭だ。
能力値がかなり低い影ヒコーキ君がAより上のSランクなのは、この属性であるのが理由である。
同様に能力値の低いジョージのキューブがAランクである理由の一つは炎属性だからだ。影属性とは違い、炎は水により消されるので完全な攻撃無効ではない。さらに言えば、今の七色の雛は不完全な炎属性である。その能力を手に入れたジョージが攻撃を受けても意識していなければ細胞が炎に変換されない。
意識していたとしても雨の日や水中では攻撃を受ければ炎となっても消火されてしまうのだが、それでも能力がなくとも攻撃は通るのでマイナスではない。
そんな半炎属性とも言える七色の雛がAランクである理由は他にもある。ジョナサンは炎属性に全く関知していなかった。ジョージの得た能力を鳥類に対する魅力だと思っていた。そして、それはある意味で正しい。Aランクである理由はそれだけではないが・・・。
むしろ『影』属性も影ヒコーキ君も知らないジョナサンからすれば、攻撃を無効化できる理由が属性にある事はわかりようがない。
「そっか。」
「知らずに受け流されていたとはの。儂もまだまだじゃな。」
何にせよ、自分の能力を知った蔭川はようや手札を理解できたと言える。
そして自分の能力を確認する作業に入るのであった。夢中の彼は震える携帯に気が付く事もなく、影化の仕組み解明に没頭するのである。
・・・
一方、蔭川探しに邁進するサミーとジョン。
サミーは自分のキューブである贈与の番犬に命令し蔭川を追わせていたのだが、予想していたより時間がかかる事に怒りを爆発させたジョンがサミーの嗅覚を頼りにバイクで追跡を開始していた。
昨夜眠らされた事もあり、ジョンが自己防衛の為着ているのはライダースーツではなく防弾チョッキ、そして全身を覆う防備服にヘルメットだ。こういう装備をしても不審にならないようにジョンが車ではなくバイクを選んだのだ。
こうした装備をジョンが所持していたのは元々戦闘狂であり、こういう機会が好きだったからとしか言いようがない。
逆に、サミーの装備は大したことない。彼はジョンと違って戦闘服を準備するような趣向は持っていない。ジョンも身体の大きさが違うサミーの分まで用意してはいないのだ。
「本当にこっちなのかっ!?嘘だったら承知しねぇぞ!」
「間違いはないよ。要君の移動経路と殆ど同じさ。」
木や屋根の上を飛び回っていたエミリーと全く同じ道順が取れないのは当然だった。
先行する番犬には蔭川を発見したらすぐに戻ってくるように命令してあるが、戻ってきてさえいないのでどれだけ時間が必要か目星もつかない。
「ああもうっ。いきあたりばったりじゃねえか。どうなってんだ。」
舗装された道路なので引き返したり回り道したりと余計な手間がかかり、それがどんどんジョンを怒らせている。
「・・・。」
「あの野郎っ。見つけたらぶっ飛ばしてやらなきゃならねぇな。」
蔭川の学友でもあるサミーは怒りでジョンに反論しそうになるのを抑え、どうやって蔭川の無事を確保したまま話をするか考えていた。
一方のジョンは連れてきた彼のキューブ贈与の大鬼と共に蔭川とそして迷彩服の女をどうやって平伏せさせるかしか考えていない。
移動する事数時間、ようやく番犬が帰ってきたのである。蔭川の位置が特定されたという事だ。
そして、彼らについているモート家の密偵もエミリー家に向っているサミー達の動向を主のジョナサンに伝え終えている。その事はエミリーにも知らされて、迎撃に向かう流れになったのは必然だった。
嵐はもうすぐそこだった。




