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権限至上主義:世界がどうなろうと知ったことか  作者: biyaozhie


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8/20

交流×3

「処理工場なら、そこら中にあるよ」


 緋紅鈴は、ハート型の装置をぽんぽんと投げて遊んでいる。


「君が欲しいなら、何箱か分解して持ってこさせようか?」


 極天は、彼女の冗談には付き合わなかった。


「中のデータは復元できるか?」


 緋紅鈴が近づき、装置をじっくりと観察する。


「この損傷具合だと……」


「たぶん無理じゃないかな」


「でも、さっきは確かに光っていた」


「仮に奇跡的に動いたとしても、感情データが残っていられるのは数日くらいじゃない?」


「それに、私のところは修理工場じゃないし」


「他のところにも行った。でも、修理できなかった」


「中のデータが欲しいの?」


 極天は一瞬、黙った。


「俺には、七歳より前の記憶がない」


「孤児院に送られたときから、ずっとこれを持っていた」


「手がかりがあるなら、調べてみたい」


「そういうことか」


 緋紅鈴は背を向け、両手を後ろに回す。


「じゃあ、頑張って権限を上げてね」


「そうすれば、私ももっと多くの演算能力を使って君を手伝えるから」


「もしかしたらその頃には――」


「二十年以上も前に惑星を飛び出した光景だって、二十光年以上離れた場所から掴まえられるかもしれないよ」


 極天は装置を懐へ戻し、頷いた。


「少なくとも、方向が分かった」


「闇雲に探すよりはましだ」


 緋紅鈴は振り返る。


 どこか得意げな口調だった。


「それじゃ――」


「ここ、湮甦・球湖支部のナンバー2として、正式に君へ社員権限を付与します」


 極天の視界に、半透明のインターフェースが展開された。


【氏名:極天】


【意識タイプ:本体意識】


【所属機関:湮甦】


【所属支部:球湖支部】


【所属部署:保安部】


【役職:一般保安員】


【社員番号:015】


――――


【行政権限:L0】


【データ権限:L0】


【研究権限:L0】


【保安権限:L1】


【作戦権限:L0】


【指揮権限:L0】


 極天の視線が、「意識タイプ」の項目で二秒ほど止まった。


 右下にメッセージが表示される。


【リンク:訊鏈(湮甦・社内職員版)――送信者:緋紅鈴】


「これは?」


「見たまんま。企業版の訊鏈だよ」


「暇なときにインストールしておいて。けっこう時間かかるから」


「でも、民間版より機能はずっと多いよ」


「分かった」


「じゃあ、入社手続きはこれで終了。先に帰っていいよ」


「研修とかはないのか?」


「おお――!」


「さすが優秀な社員!」


「その心構えを評価して、支部ナンバー2から特別に研修免除の権利を与えます!」


 極天が何か言うより先に、緋紅鈴は手をひらひらと振った。


「バイバイ」


「……じゃあな」


 極天は仕方なく、背を向けて歩き出した。


          * * *


 湮甦ビルを出て、そう時間も経たないうちだった。


 人通りの少ない通り。


 一軒の店の脇に、こんな光景ができあがっていた。


 二人の若い男が、数メートルの距離を挟んで向かい合っている。


 一人は背筋を伸ばし、無表情。


 もう一人は両手をポケットに突っ込み、いかにも人を苛つかせそうな笑みを浮かべている。


 二人の沈黙は、数分間続いた。


 ついに――


 ポケットに手を突っ込んだ男が、我慢できなくなった。


「極天、お前その仏頂面どうにかしろ!」


「道塞いでんじゃねえよ!」


 極天は顔を少し上げ、口の端を吊り上げた。


「ふっ」


「冯一語――」


「命の恩人に向かって、ずいぶんな口の利き方だな」


 新聞売りの少年のような帽子を被った冯一語は、極天の表情と口調を見た瞬間、二歩ほど近づいた。


 そして手を伸ばし、耳をつまもうとする。


 極天は顔を横へ逸らして躱した。


 空を掴んだ冯一語の手は、一瞬止まる。


 だが、そのまま自分の帽子を脱いだ。


 ぱん、ぱん。


 帽子についた埃を払う。


「極天の坊主」


「年長者が教育してやろうってのに、避けるとは何事だ」


「年長者?」


 極天が眉を上げる。


「ひいひいじいさんとでも呼んでやろうか?」


 冯一語は真剣に考え込んだ。


「あと二段階くらい上げたら、たぶんちょうどいいな」


 極天は相手にするのも面倒になり、背を向けた。


 歩き出しながら、何気なく尋ねる。


「お前、なんでここにいる?」


「また早上がりか?」


 冯一語は肩をすくめた。


「ちょっと戻ってきただけだ」


 そして、湮甦ビルの方向へ視線を向ける。


「元社員だからな」


 極天の足が止まった。


 振り返る。


「お前が湮甦の人間だったなんて、聞いてないぞ」


 冯一語は極天の視線に耐えきれず、半歩後ろへ下がった。


「待て待て。その熱い視線はちょっと耐えられねえ」


 左手で胸元を守るようにしながら、右手をポケットへ突っ込む。


「ほら、これやるよ」


「その目、少しは収めろ」


 そう言って、ポケットから銀色の円盤を取り出した。


 極天が近づき、手を伸ばす。


 そして、その手を冯一語の手の下に添えた。


 冯一語がニヤリと笑う。


 指先で、円盤を弾いた。


 チン――。


 円盤が回転しながら落ちていく。


 極天の視線が、それを追って下がる。


 だが、視界の端に――


 冯一語が身体を捻り、逃げ出そうとしている姿が映った。


 極天は空中に伸ばしていた手を、円盤を掴むことから即座に切り替えた。


 そのまま爪を伸ばし、冯一語の服の裾を掴む。


 グイッ!


 一気に引っ張る。


 同時に、つま先で円盤を跳ね上げた。


 二本の指で挟み取る。


 じっと見る。


 硬貨?


 表面には、冯一語のデフォルメされた顔が刻まれている。


 目を閉じ、右手を握り拳にして胸元へ掲げた、いかにも間抜けなポーズ。


 その銀色の硬貨が指に挟まれた瞬間――


 そこに刻まれた冯一語の顔が、ほんのわずかに目を瞬かせた。


「離せ離せ離せ!」


 引っ張られてよろめいた冯一語が、慌てて叫ぶ。


 極天は手を離した。


 次の瞬間――


 冯一語の姿が消えた。


 またか?


 極天は、彼が消えた場所へ手を伸ばす。


 空を切った。


 光学迷彩?


 違う。


 遅延もない。


 輪郭の歪みもない。


 もっと近い。


 環境擬態……か。


 冯一語のことは、ひとまず放っておく。


 極天は手の中の銀色の硬貨へ視線を落とした。


 手のひらで軽く弾ませる。


 軽い。


 鼻先へ近づけて匂いを嗅ぐ。


 少しカビ臭い。


 舌を出しかけ――


 極天の視界の端を、通行人が横切った。


 止まる。


 諦める。


 懐へしまう。


 そして、そのまま家へ帰った。


          * * *


 玄関の扉を開け、極天は家へ戻った。


「兄貴、帰ったぞ」


 奥の部屋から、ひょこっと頭が出てくる。


 口にはケチャップの袋を咥えている。


 何かを咀嚼しながら、ぼそっと返事をした。


「おお、極天か」


 それだけ言うと、また引っ込んでいった。


 極天はリビングへ向かう。


 そして最初に目に入ったのは――


 ローテーブルの上に置かれた装置だった。


 指一本ほどの長さ。


 二本の指を並べたほどの幅。


 円柱状の装置。


 表面には二本の環状ランプがあり、呼吸するように明滅している。


 極天は視線を戻した。


 ソファに座っている短髪の男を見る。


「どうした、兄貴」


 男は目を閉じ、腕を組んでいる。


 右足だけが、絶え間なく床を叩いていた。


 低かった声が、徐々に高くなる。


「えぇー……兄貴って呼ぶなよ」


 顔を横へ向ける。


「季平って呼べ」


 極天は腰を下ろした。


 自分で茶を淹れ、ゆっくりと飲む。


 ――俺が湮甦に入ったこと、知られたか?


 余目で見る。


 季平はまだ目を閉じたまま、足を震わせている。


 極天はローテーブルの上にあった菓子皿を、自分のほうへ引き寄せた。


 そして一つ取る。


 口へ運ぶ。


 リビングには、かすかな咀嚼音だけが響いていた。


 静かだ。


 季平の横を向いていた頭が、ゆっくりと持ち上がる。


 よく見ると――


 時折、片目を細く開けて、こっそり極天を盗み見ている。


 口は固く閉じられ、わずかに尖っている。


 眉間には、深い皺がどんどん寄っていく。


 極天の視界の中で、季平はリクライニングチェアに掛けられていた毛布を手に取った。


 軽く振る。


 そして、脇へ置いた。


 季平の眉間の皺が、さらに深くなる。


 極天はクッションを手に取り、何度か揉んでふっくらさせた。


 そして、ちょうどいい位置へ置く。


 ゆっくりと横になる。


 ついに――


 極天が隣の毛布へ手を伸ばし、自分の身体へ掛けようとした、その瞬間。


 季平が勢いよく跳ね起きた!


 指を一本、極天へ突きつける。


「お前、いい加減こっちから聞かせろよ!」


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