↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
権限至上主義:世界がどうなろうと知ったことか  作者: biyaozhie


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/21

それぞれの望み

  季平の言葉が終わるより先に――


「どうしたんだよ、兄貴」


 季平は額に手を当て、もう一度腰を下ろした。


 そして小さく息を吐く。


 改めて極天を真剣に見つめた。


「なあ、機械義体に乗り換えないか?」


 極天は毛布を畳み、脇へ置いた。


 そしてローテーブルの上に置かれていた円柱状の装置を手に取る。


 くるりと回す。


 視線が、そこに刻まれた小さな文字へ落ちた。


 ――湮甦科技。


 顔を上げ、季平を見る。


「兄貴、これ買ったのか?」


「結構高かっただろ」


 装置をテーブルへ戻し、そのまま季平のほうへ押しやる。


「兄貴」


「生身の身体のほうがいい」


「俺は機械義体に乗り換えるつもりはない」


 季平は円柱状の装置をひったくるように掴み、極天の前までやってきた。


 そしてその装置を極天の頭へ当てる。


 こつ。


 こつ。


 あちこちを突きながら、まるで差し込めるインターフェースを探しているようだった。


「兄貴、本当に決めたんだ」


「乗り換えるつもりはない」


 季平の手が止まる。


 そして極天の頭を掴み、自分のほうへ向けた。


 顔が少し赤くなっている。


「乗り換えないなら――」


「この『意識保険栓』を鼻の穴から突っ込むぞ!?」


「それで使えるのか!?」


 極天は何も言わなかった。


 季平は再び腰を下ろす。


 そして装置を置き、両手で自分の頬を何度か叩いた。


 極天を見る。


 先ほどよりも、ずっと柔らかな目だった。


「俺は、お前が心配なんだよ」


 胸が上下する。


 鼻から、小さく息が漏れる。


 次いで、先ほど床に落ちたトマトケチャップを拾い上げる。


 瓶の口をふっと吹き――


 そのまま口へ突っ込み、二度ほど勢いよく吸った。


 喉仏がごくりと動く。


 声が低くなった。


「湮甦に入るのは簡単じゃない」


「でも、お前がそこへ入ったと知って――」


「むしろ、もっと心配になった」


 季平はティッシュを取り出し、ケチャップの瓶口を拭く。


 蓋を締めようとしたとき。


 力を入れすぎたのか、ケチャップが瓶口から溢れた。


 手の甲を伝い――


 ローテーブルのガラスへ落ちる。


 赤い点が、いくつも残った。


 それでも季平は話を止めなかった。


「奴らにとって、人間は――」


「文明を動かす燃料として扱える存在なんだ」


 極天はテーブルを拭き、丸めたティッシュを遠くのゴミ箱へ放り込む。


 季平は続けた。


「お前が危険な目に遭ったとき」


「奴らにとって、トロッコ問題なんて最初から存在しない」


 二秒ほど、静寂が落ちた。


「兄貴」


「結構、まとめるの上手いんだな」


 季平はもう一度瓶口をきれいに拭き、蓋をしっかり締めて置いた。


「褒めたって許さねえぞ」


「機械義体に乗り換えろ」


 極天は何も言わず、ただ首を横に振った。


 季平はため息をつく。


「せっかく、院長先生のことからようやく立ち直ったと思ったのに」


「俺、まだ二日も喜べてないんだぞ」


「それなのに――」


「今度は秘密だらけの会社に、自分から飛び込んでいきやがって」


 俯く。


 右手を強く握りしめる。


 そして左手で右腕を撫でるように、盛り上がった二頭筋をゆっくりとなぞった。


「殴っても、お前には勝てない」


「説教したって、聞きやしない」


 どうしようもない、と言いたげな口調。


「ほらほら」


「お前が俺の兄貴な」


 そう言うと――


 季平は何のためらいもなく上着を脱ぎ捨てた。


 そしてリビングの広い場所まで走っていき、片手腕立て伏せを始める。


 極天は、それを見つめた。


「兄貴」


「俺は気をつけるよ」


 少しだけ、柔らかな声だった。


「俺には、大した理想はない」


「夢もない」


「ただ、平凡に一生を終える」


「それでいいと思ってる」


「兄貴にも、そうしてほしい」


 極天は二秒ほど黙った。


 右手が、懐の装置へ伸びる。


「でも俺は――」


「まだ十分に動けるうちに、いくつかの疑問くらいは解き明かしておきたい」


 懐から、あの「ハート型」の装置を取り出す。


 指先が、表面のひび割れをなぞった。


「七歳のとき――」


「俺が初めて兄貴に会った」


「そのときから、これを持っていた」


「兄貴も知ってるだろ」


「俺に残された唯一の手がかりは――」


「ここに刻まれた製造元、湮甦だけだ」


 季平は身体にダンベルをいくつか追加していた。


 そのまま口を開く。


「なんで、そこまでして湮甦に入る必要がある?」


「『廃棄の波』から調べるんじゃダメなのか?」


「兄貴、俺も調べた」


「普通の方法じゃ、あれが感情ロボットを廃止するきっかけになった社会的混乱だった、ってことくらいしか分からない」


 少し間を置く。


「『エリート増殖計画』の後に残された問題――」


「それくらいだ」


「それ以外には、何もない」


 季平の動きが止まる。


 立ち上がり、タンクトップを持ち上げて顔の汗を拭う。


 拭き終えると、顔に少し疑問が浮かんだ。


「なんで急に『エリート増殖計画』なんて言い出した?」


「今日の入社試験の第二試験で、湮甦が俺たちにドキュメンタリーを見せた」


「ドキュメンタリー?」


「歴史の授業でもしてくれたのか?」


 極天は頷いた。


「まあ……そうなのかもしれない」


 季平は顎に手を当てる。


「俺の記憶じゃ、前は選択問題を出してたはずだけどな」


「ほら、誰が言ってたっけ」


「ネットの連中?」


「『数値厨』?」


「そうそう」


「人類だとか、文明だとか――」


「そんなことについて選ばせるんだよ」


          * * *


 翌朝。


 極天の家のベランダ。


 椅子に横たわり、キャップで顔を隠している。


 右手では、冯一語からもらった銀色のデフォルメ硬貨を弄んでいた。


 指先で回す。


 翻す。


 親指を人差し指に引っかける。


 弾く。


 宙へ跳ね上がった銀貨が落ちてくる。


 掴む。


 そして、また弾く。


 繰り返す。


【通信:送信者――緋紅鈴】


 目の前に広がるのは、わずかに赤みを帯びた黒。


 視界の右上に、緑色の受話器マークが浮かび上がった。


 極天が意識を向ける。


【通信接続】


 頭の中に声が響く。


「極天。ちょっとした仕事を頼んじゃうね」


「訊鏈に送っておいたよ」


 言葉が終わった瞬間。


 極天の視界右下に、メッセージが表示される。


【湮甦から新しいメッセージ!】


 極天は一瞥する。


「うん。訊鏈、もうすぐアップグレードが終わる」


「あとで見る」


「うんうん! バイバイ」


「分かった。またな」


【通信終了】


 横になっていた極天の手が止まる。


 銀貨をしまう。


 手を上げ、キャップのつばを押し上げる。


 目を開いた。


 瞳の奥を、わずかな光が走る。


 青い空を背景に――


 視界の左側を、半透明の文字列が次々と流れていく。


【埋込型通信インタラクションシステム起動中(湮甦・社内職員版)……】


【基礎格闘:インストール完了】


【基礎銃器:インストール完了】


【基礎爆破:インストール完了】


【基礎操縦:インストール完了】


 ……


 訊鏈の起動が完了すると、システムメッセージが表示されなくなった。


 極天は頭の中で操作し、ニュースのプッシュ通知を停止する。


 通知バッジを一つずつ消す。


 天気ウィジェットを非表示にする。


 視界が、ずいぶんすっきりした。


 湮甦から届いたメッセージを開く。


【湮甦・球湖支部・保安部・通常外勤任務】


 一瞥しただけで、極天は情報ウィンドウを閉じた。


 そして立ち上がる。


【ルートナビゲーション開始】


【推奨ルートを算出しました】


【推奨交通手段および乗り換え情報を更新しました】


 極天がルート情報を確認していると――


 視界の左上に、次々と広告が表示された。


【買って買って! 最新型ホバーカー、ついに発売!】


【まだ歩く必要に悩まされていますか? 弊社が開発した洗面・就寝・移動一体型ベッドをぜひお試しください!】


 極天は意識を向ける。


【広告プッシュ通知を停止しました】


 身体を横へ向け、室内へ戻ろうとする。


 一歩、踏み出す。


 すると――


 ベランダが、背後から内側へ向かって収縮していく。


 横から見ると、極天の身体がそのまま壁の中へ沈み込んでいった。


          * * *


 場面が切り替わる。


 真っ白で明るい廊下。


 コツ、コツ。


 足音が響いている。


 極天は手を上げ、壁を軽く撫でた。


 金属の滑らかさと冷たさが、指先に伝わる。


 顔を上げる。


 前方に、重厚な扉が現れた。


「極天」


 背後から声がした。


 極天の足が止まる。


 廊下に響いていた足音が消える。


 振り返る。


 そこに、一人の少女が立っていた。


 赤い、ふわりと膨らんだロングドレス。


 風などないのに、裾が静かに揺れている。


 そして――


 彼女は、笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。