意識連携調整局
帰り道。
二人は再び広場を通りかかった。
遠くから見ると、広場はすでに半球状の光幕に完全に覆われていた。
その上には、大きな二体のデフォルメキャラクターが描かれている。
黄色いヘルメットを被り、手にはシャベルやスコップ。
機械的にそれらを振り続け、同じ動作を延々と繰り返している。
光幕の下部。
地上から一人分ほどの高さには、一周するように文字がゆっくりと流れていた。
――メンテナンス中。迂回してください。
二人が半球状の光幕の前までやって来る。
表面をよく見ると、手のひらほどの三角形が球体全体を覆っている。
それらは表裏を交互に重ね合わせるように配置されていた。
横から見ると、半透明ではあるものの、見えるのは内側へ伸びる無数の三角形だけ。
まるで万華鏡のようだ。
極天が手を伸ばし、軽く叩いてみる。
硬い。
だが、音はしなかった。
一方、季平は顔全体を光幕へ押しつけ、両手で周囲を覆って光を遮りながら、必死に中を覗き込んでいる。
「うーん……見えない」
「なんでメンテナンスなんかしてるんだ?」
彼は振り返った。
「来るときは普通だったじゃないか」
「おい!」
遠くから声が飛んできた。
そして、ものすごい勢いで近づいてくる。
「そこの二人! 早く離れろ!」
二人が声のほうを見る。
制服姿の三人組だった。
彼らはサーフボードのような乗り物に乗り、波を蹴立てながらこちらへ向かってくる。
遠くからでも、その怒鳴り声がはっきり聞こえた。
――意識連携調整局か?
二人は彼らと揉めるつもりはなく、振り返ってその場を離れようとした。
その瞬間。
ヴゥゥゥ――
低い唸り声が、遠くから急速に近づいてくる。
空気が微かに震え、その振動数がどんどん高まっていく。
シュッ!
何が起きたのか細かく確認する暇もなかった。
ただ、高さ約五メートルの二つの人影が見えた。
背中から青い炎を噴き出し、手には武器。
それらが一瞬にして光幕の中へ突入していった。
一発の銃撃。
一閃の剣。
前と後ろ。
すべてが瞬きする間に通り過ぎた。
その直後、熱風が二人の身体を横薙ぎに吹き抜ける。
熱風はすぐに消え、広場は再び静けさを取り戻した。
「うわっ! あんな勢いで突っ込むのかよ!」
「工事関係者って、みんなあんなに命懸けなのか?」
季平が驚きの声を上げる。
「この智脳と工事用車両の操縦者、もしかして一緒に酔っ払ってるんじゃないか?」
「……ん?」
「極天、どうした? なんで黙ってる?」
極天は光幕から視線を戻した。
「今の……戦闘型智械が二体、中に入っていったように見えたんだが」
「そうなのか?」
そのときには、意識連携調整局の職員たちがすでに近くまで来ていた。
そのうちの一人がサーフボードを大きく旋回させる。
バシャッ!
波しぶきが二人へ向かって飛んできた。
二人は反射的に腕を上げ、顔を庇う。
だが――
水しぶきは二人に触れる寸前で、自ら崩壊して消えていった。
「おい! いくらなんでも態度でかすぎないか!?」
季平が二歩前へ出る。
そして手を伸ばし、職員を引きずり下ろそうとした。
「す、すみません、すみません!」
職員は慌てて両手を振る。
「俺、入ったばかりで……こういう自分で操縦するタイプの乗り物、ほとんど乗ったことがなくて」
残りの二人も駆け寄ってきて、なだめる。
「申し訳ありません、お二人とも」
「ここは停車できる場所ではありませんので、移動をお願いします」
季平は手を引っ込め、振り返って極天を見る。
極天が軽く頷く。
「まあいいか。俺たち兄弟も、これ以上は気にしないでおくよ」
「ただ……」
季平の視線が下へ落ちる。
サーフボードへ向けられた。
――――
「うおおおお!」
「行け行け行けー!」
季平はサーフボードを踏み込み、猛烈な勢いで突っ走っていた。
二メートルはあろうかという水しぶきが巻き上がり、落ちる暇もなく一面の水幕となっている。
極天はまだ光幕の向こうへ意識を残していた。
速度もそれほど出さず、季平の後ろを遠くから追っている。
「極天! 早く来い!」
極天が我に返る。
「ああ! 今行く!」
つま先で二度軽く踏み込む。
するとサーフボードが一気に加速した。
前方が大きく跳ね上がり、後方では水しぶきが爆発するように弾ける。
強風が顔を撫でる。
四肢の間を風が駆け抜ける。
周囲の街並みが、猛烈な速度で後方へ流れていく。
極天は季平に追いついた。
「兄さん!」
「どこへ行く?」
「もう少し遊ぶ!」
「そのあと、これ返そう!」
「それから――」
「商業街でミルクティー買おうぜ!」
「いいな!」
二人は、なぜか人影の少ない街道を、思う存分駆け抜けていった。
――――
少し時間を遡る。
高さ五メートルの人型智械が二体。
機械が駆動する低い唸りを響かせながら、半球状の光幕へ高速で突入した。
半球光幕の内部。
ドン!
銃器を持った智械が、銃身を球体内部へ突っ込んだ瞬間。
狙いを定めることすらせず、先に発砲した。
弾丸が、少し離れた場所に立つ人影へ命中する。
ドォン!
爆発音が轟き、煙塵が舞い上がる。
だが、智械は止まらない。
前進を続けながら側面へ回り込み、戦況を観察・分析する。
カツ。
チリン――。
煙がまだ晴れていない中。
そこから足音と、金属同士が触れ合う澄んだ音が聞こえてきた。
カツ。
チリン――。
視覚センサーが映像を拡大する。
徐々に輪郭が鮮明になっていく。
一本の手が煙を引き裂き、姿を現した。
手首に巻かれた赤い布が、気流によって高く引き上げられている。
カツ。
チリン――。
音は、その手の下から聞こえていた。
裸足が一歩、徐々に晴れていく煙の中から踏み出す。
足首には一対の金色の腕輪。
歩くたびに、金属同士がぶつかり合う澄んだ音が響く。
カツ。
チリン――。
その身体が、足を止めた。
その場に立ち尽くす。
それは――
胴体を持たない身体だった。
両足は地面に立っている。
両腕は宙に浮いている。
智械が前進する。
長剣を手にした近接戦闘型智械。
背部から青い炎が噴き上がる。
一気に加速し、瞬く間に「四肢」の背後へ回り込んだ。
振動剣が煙を切り裂く。
横薙ぎの一閃が迫る!
同時に、遠距離射撃型の智械が高速機動しながら側面へ展開。
頭部に備えられた複数の視覚ユニットが、瞬時にズームし、焦点を合わせる。
各種センサーが同時にデータを収集する。
――ロックオン。
――射撃!
カン! カン!
「四肢」が跳躍した。
膝蹴りと肘打ちが交差し、斬撃を挟み込む。
右手が爪のように握られ、背後へ伸びる。
そして、拳ほどの大きさの高性能爆薬弾を掴み取った。
世界が、この瞬間だけゆっくりになった。
頭部を持たない「四肢」。
それでも、その身体から放たれる殺意は、遠くにいる人影へ真っ直ぐ向けられていた。
そこにいるのは――
二体の智械を指揮する男。
彼は半球光幕が展開された瞬間から、ずっと静かに戦いを見つめていた。
「四肢」の右手が強く握り込まれる。
グシャッ!
弾丸が掌の中で爆発した。
轟音。
爆風が瞬間的に両者を吹き飛ばす。
「四肢」の身体が宙へ投げ出される。
そして爆風に叩きつけられ、球体の内壁へ激突する――
その瞬間。
身体が捻られた。
爆風の勢いを利用し、ほんの一瞬だけ内壁に逆さまに張り付く。
足裏が壁面へ触れた。
両脚が一気に沈み込む。
筋肉が盛り上がる。
力を溜める。
――チャージ完了。
射出!
手首の赤い布が、凄まじい速度によって一本の真紅の線へと変わる。
標的――指揮官!
刹那。
静寂――
――――
回転する天地が、視界に映る。
鮮やかな紅が、大地へ降り注ぐ。
頭部が転がり落ちる……
カツ。
チリン――。
足が地面を踏みしめる。
チリン。
金属音が響く。
そして――
視界が砕け散った。
――――
都市上空。
一体の意識を持たない機械義体が、高速で飛行していく。
その脳内に声が響く。
「意識回線、確立」
「意識同期、調整中……」
「調整完了」
「同期開始……」
「同期完了」
飛行中の機械義体が目を開く。
次の瞬間。
耳元で怒声が炸裂した。
「缪隊長! 真面目にやってください!」
義体はもともと細めていた目を、驚いたように一瞬だけ見開く。
だが、すぐにまた細めた状態へ戻った。
「悪い悪い」
「相手がちょっと怖かったんだよ」
そう言って、冗談めかして笑う。
「はは。手足が欠けてるって話だっただろ?」
「こいつなんて、手足しか残ってないじゃないか」
向こう側は、その言葉を完全に無視した。
「缪隊長、指示を!」
彼は少し考えた。
そして続ける。
「群衆を誘導。軌道『穿刺』」
「俺が派手に登場して、現場制御シールドを展開」
「そこへT1を二機突入させる」
「うーん……」
「この手順なら、特に問題ないだろ」




