クリエイティブ社員・馮一語
会議室では、馮一語たちがそれぞれ席に着いていた。
上座に座ったマネージャーが口を開く。
「今日は会議はしない。すぐにいくつかの緊急案件を仕上げてもらう」
「あと、執務フロアに戻る必要はない。ここで作業してくれ」
全員が立ち上がる。
「了解しました、マネージャー」
壁面に並んだ小さな扉が次々と開く。
中から、一列に並んだカプセルが押し出されてきた。
それぞれがカプセルの中へ入り、扉が閉じる。
スクリーンの表示が、先ほどまでの「同期接続会議モード」から「創作モード」へ切り替わった。
カプセルの中。
馮一語は内部の景色を星空へと切り替えた。
そして、そのまま静かに宙へ浮かんでいる。
しばらくすると、智脳がタイミングを見計らったかのように、穏やかな音楽を流し始めた。
馮一語の思考が、ゆっくりと広がっていく。
智脳には、できることが多い。
綿密な計画を瞬時に立てる。
合理的な提案を出す。
煩雑な工程を最適化する。
だが――
「0」から「1」を生み出すこと。
無から有を生み出すこと。
それだけはできない。
創造力。
それこそが、人類の意識と智脳を根本的に分けるものだった。
カプセルの外から、マネージャーの声が響く。
「それぞれの担当テーマ、要求事項、素材などはすでに送ってある」
「何か問題があれば、いつでも言ってくれ」
「了解」
「了解」
……
馮一語の思考は、さらに拡散していく。
万物――すべては情報だ。
一つの問題を智脳に与える。
それは、情報の入力だ。
智脳が分析し、参考資料を参照する。
さらに情報が入力される。
そして最適な解決策を出力する。
だが、その解決策はおそらく、智脳のデータベースか、あるいは過去の歴史の中に、似たようなものがすでに存在している。
では、同じ問題を人間へ投げかけたらどうなる?
情報が頭の中へ入力される。
過去の経験と照らし合わせ、資料を探し、さらに情報を入力する。
だが――
ふとした瞬間に閃きが生まれる。
あるいは、常識から外れた行動を取る。
そして、誰も思いつかなかったような解決方法へ辿り着く。
それがきっと――
「創造力」を加えたときに生まれる、出力結果なのだ。
カプセルは稼働を続けている。
使用中は、それぞれの好みに応じて設定された文字、画像、音声、あるいはその他の五感情報が、直接脳内へ入力される。
利用者が目を閉じて思索に耽っていてもいい。
あるいは、娯楽を楽しんでいても構わない。
その間に頭の中を一瞬だけ駆け抜けた閃きは、一定レベルの意識スキャンによって捕捉される。
そして智脳がそれを適切な文章や画像などの情報へ整理し、クリエイターへ提示する。
そうやって一歩ずつ創作者をサポートし、最終的に満足のいく成果物へと導いていく。
――――
馮一語と小楚のカプセルが、ほぼ同時に開いた。
マネージャーが近づき、成果物を素早く確認する。
「うん。どちらも悪くない」
そう言って振り返ると、そのままゆっくりと離れていった。
「休んでいいぞ。定時になったら帰っても構わない」
「マネージャー、俺、馮兄さんと少し話してから帰ります」
マネージャーはまだデータを確認している。
背中越しに見ると、二度ほど頷いた。
「うん。分かった」
小楚は馮一語を連れて、バルコニーへ向かった。
バルコニーの張り出し部分を調整すると、外側へ十数メートルほどせり出させる。
二人が遠くに広がる、海と空が一つに溶け合ったような景色を眺めていると――
下の階から声が飛んできた。
「上の兄ちゃんたち、俺の日差しを遮ってるぞ」
二人が身を乗り出して下を見る。
すると、海パン姿にサングラスをかけた男が、こちらへ手を振っていた。
「お前は左、俺は右」
「ちょっとずらしてくれ」
小楚は「OK」のジェスチャーを返す。
上下二つのバルコニーが、それぞれ位置を調整し始めた。
調整が終わると、二人は腰を下ろした。
小楚が興味深そうに尋ねる。
「馮兄さん、会社に入ってどれくらいになるんです?」
馮一語は遠くを見つめ、記憶を辿る。
「たぶん……百年以上かな」
小楚は驚いた。
「えっ、俺なんてまだ六十歳ちょっとですよ」
「ってことは、馮兄さんって百歳どころじゃないじゃないですか」
馮一語は笑った。
「もうよく覚えてないな。もしかすると、四百歳を超えてるかもしれない」
「えええ――」
「じゃあ、なんでまだ働いてるんです? とっくに引退して、人生を楽しんでてもいいんじゃ?」
「八十歳を過ぎた頃に、一度引退したよ」
「百年以上遊んでたら、少し退屈になってな。それで、何か仕事でもするかと思って」
馮一語は情報端末を操作しながら、飲み物を何杯か注文した。
「しばらく働いて、その途中でまた何十年か遊びに出た」
「退屈になって、また仕事を始めた」
小楚は真剣に話を聞いていた。
そして、ふと何かを思い出したように口を開く。
「そういえば最近、機械知性危機をテーマにしたゲームをやったんですよ」
「機械知性危機か……そういえば二十年ちょっと前……」
「ちょうど最高智脳が誕生した頃じゃなかったですか?」
「人類って、どうして最高智脳と戦争にならなかったんです?」
ロボットが飲み物を運んできて、小さなテーブルの上へ置いた。
馮一語はその一杯を手に取り、二口ほど啜る。
「どうした? 戦争になってほしいのか?」
「そんなわけないじゃないですか」
「ただ気になって。突然、『自分は最高智脳だ』なんて名乗る人工知能が現れたんですよ? 政府はよく許したなって」
馮一語は小さく呟いた。
「最高智脳……湮甦……政府……」
「さあな。誰にも分からないんじゃないか?」
「それより、あいつのホームページでも見てみたらどうだ?」
小楚は意外そうな顔をした。
「えっ? あいつ、ホームページなんて持ってるんですか?」
「お前、ゲームばかりやってたんじゃないのか?」
小楚は苦笑しながら手を振った。
馮一語は情報端末を操作し、リンクを送る。
小楚がタップして開いた。
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(≖_≖) 最高智脳 ―― フォロー ―― メッセージ(···)
**フォロワー:50.9億人 フォロー中:0 総いいね・リポスト・コメント:807.2億**
**コンピューター分野**
**固定投稿**
【画像】
「私は『意識停止』最終審査に参加し、最終決定権を有する」
(10年前に投稿)
【画像】
「三つの銀河の『演算力化』が完了した」
(18年前に投稿)
【画像】
「すべての人類に、敬意を」
馮一語も興味本位で画面を開き、一通り目を通した。
最後の投稿で、一瞬だけ視線を止める。
だが、何も言わなかった。
小楚は突然思いついたように、アカウントを登録すると、最高智脳へダイレクトメッセージを送った。
「こんにちは、最高智脳。あなたは人類を滅ぼすつもりがありますか?」
「ありません」
「うわっ! 即レス!?」
小楚は驚いて顔を上げ、馮一語を見る。
だが、何も言わない。
馮一語が尋ねた。
「何を聞いた? そんなに驚いて」
「人類を滅ぼすつもりがあるかって聞いたんです」
「そしたら、ないって」
「馮兄さん……こいつ、俺に嘘をついてるんじゃないですか?」
馮一語は少し考えた。
「たぶん、嘘はつかないだろう」
「感情モジュールなんて搭載されてない。ただのコンピューターだからな」
「本当ですか?」
「うん。たとえ古びた電卓だったとしても、正常に動くなら『1+1』を押して『3』になることはない」
「数学っていうのは、突き詰めれば厳密な学問だ。嘘をつく余地なんてない」
「というか、お前が直接聞けばいいだろ」
「いや、嘘をつかれるのが怖くて……」
小楚はもう一度、最高智脳へメッセージを送った。
「では、なぜ人類を滅ぼさないのですか?」
「私には、野心や欲望といったものが存在しないからです」
小楚はそれを読むと、何度か頷いた。
「うん、うん」
「なんて?」
「野心も欲望もないって」
「まあ、そうだろうな」
「たとえいくつもの銀河に匹敵する演算力を持っていたとしても、無から有を生み出す創造力までは手に入れられない」
「すべては、最初に設定された通りに動いているんだ」
小楚はまだ想像の世界に浸っていた。
「馮兄さん、ものすごく腕のいいハッカーなら、最高智脳に侵入できたりしないですかね?」
「お前、あいつのホームページをもう一回見てみたらどうだ?」
「三つの銀河分の演算力は飾りか?」
「湮甦と政府を合わせても、今のところ演算力化されている銀河は四つだけだ」
「湮甦と政府が手を組んで、最高智脳に喧嘩を売ると思うか?」
「何のために?」
「たぶん、湮甦と政府がそういう考えを持った時点で、最高智脳には監視されてるだろうな」
馮一語は顔に凄みを浮かべ、小楚を脅かすように言った。
「その時は、全員終わりだ」
小楚はごくりと唾を飲み込んだ。
「やめてくださいよ、馮兄さん。脅かさないでください。俺、まだ何年もゲームしたいんですから」
そう言って立ち上がる。
「行きましょう、馮兄さん。帰る前に、広場の商業街でもぶらつきません?」
「いいぞ。俺は先に義体を一体交換してくる。この身体、ちょっと眠くなってきた」




