外出
最後に、極天は被弾訓練室へやって来た。身につけている運動エネルギー緩衝服の性能を試すためだ。
緋紅鈴は嬉しそうに機械義体へ入り込むと、ハンマーやレンチを手にして極天の前へ駆け寄り、彼の身体を何度も叩き始めた。
それでもまだ足りないと思ったのか、今度は火薬式の弾丸を使用する銃器まで取り出し、何度も掃射する。
やがて、彼女の低スペックな機械義体から温度警告が発せられると、ようやく攻撃を止めた。
一連の「打撃試験」によって、極天の身につけている運動エネルギー緩衝戦闘服は、運動エネルギー回収機能を備えているにもかかわらず、エネルギー残量がほとんど底をついていた。
極天は訓練室の中央に立っていた。
周囲には弾頭が散らばっている。
彼はフェイスガードを持ち上げ、ほとんど表情のない顔を露わにした。
その隣では、緋紅鈴がしゃがみ込み、まるで遊びに夢中になった少女のように、右手で弾頭を一つずつ拾い上げては左手に載せていた。
左手は腹部の前に添えられており、そこにはすでに小さな弾頭の山ができている。
緋紅鈴は立ち上がると、歪んだ弾頭を抱えて極天の前までやって来た。
そして、彼をじっくりと見つめる。
「極天、痛がってるようには全然見えないんだけど」
極天は答えず、彼女の手の中にある弾頭へ視線を向けた。
緋紅鈴が一歩近づく。
「これ、ちょっと性能の高いシールド防護服ってわけでもないんでしょ。痛くないなんて、おかしくない?」
「うーん……」
彼女は何かを思い出したように、突然、両手に抱えていた弾頭を空中へ放り投げた。
弾頭は二人の周囲で、まるで重力を無視したかのように、ゆっくりと宙を舞いながら落下していく。
次の瞬間、緋紅鈴の身体が勢いよく宙へ浮かび上がった。
そのまま極天の目の前まで飛んでくると、手を伸ばして彼のまぶたをこじ開け、眼球へ自分の顔を近づけて、その奥を覗き込んだ。
次の瞬間――
「ぷっ」
「ははは!」
「やっぱり、あなた智脳だったんだ!」
極天はゆっくりと手を伸ばした。
そのまま彼女の脇に手を入れ、子供を抱き上げるようにして、宙に浮かぶ緋紅鈴を下ろそうとする。
だが、緋紅鈴のほうが先に地面へ降り立った。
「緋紅鈴。今のお前は実体なのか? 物体と干渉できるのか?」
「それより先に答えてよ。痛くないの?」
極天は宙で止めていた両手を引っ込め、右手を胸元へ持っていく。
「……かなり痛い」
――――
装備のテストを終えた極天は、家へ戻った。
玄関のドアを開ける直前、頭の中に緋紅鈴の姿が一瞬だけ浮かんだ。
その映像の中で、彼女は一言だけ口にしていた。
「違うよ」
そして、すぐに消えた。
極天は玄関のドアを開け、リビングへ入る。
リビングでは、季平がソファに横たわり、焦点の合わない目で天井を見つめていた。
極天は時刻を確認する。
【3:17】
彼は季平の隣に腰を下ろし、その顔を二秒ほど見つめた。
反応はない。
そこで手を伸ばし、軽く肩を押す。
「兄さん、目を開けたまま寝てるのか?」
季平は深く息を吸い込んだ。
胸が大きく膨らむ。
そして力なく顔をこちらへ向けると、胸に溜め込んでいた息を長々と吐き出した。
「これを寝てるって言うのか?」
どうやら、もう息をするだけの力しか残っていないらしい。
「もういい……」
「お前も、せめてメッセージくらい送れよ」
そこまで言ったところで、季平は小さな声でぶつぶつと呟き始めた。
「任務に出てるんだろうってことくらい、分かってる」
「でも心配なんだよ。無事かどうか確認したくなるだろ」
「通信を飛ばしたせいで、ちょうど静かにしてなきゃいけない状況だったらどうする?」
「例えば、電話が鳴って敵に見つかって、そのまま追われて、大逃亡劇が始まるとか」
「で、最後に帰ってきたら全身血まみれ……」
「……そんな状況で、俺が眠れると思うか?」
極天は立ち上がり、キッチンへ向かった。
ミルクティーを二杯淹れて戻ってくる。
ローテーブルに置き、季平のほうへ押しやろうとしたところで、ふと手を止めた。
「こんな夜中に甘いものを飲ませたら、あとで眠れなくならないか?」
季平は身体を起こすと、ミルクティーをひったくった。
そして、大きく二口飲み込む。
「口元まで来てるんだ。とりあえず飲む」
それを聞いた極天は、ようやく少し柔らかな声で言った。
「俺は大丈夫だから」
――――
翌朝。
玄関前。
これから出勤しようとしていた男の目の前に、突然、情報端末から通知が表示された。
【服装が公序良俗に反しています】
馮一語はすぐには出勤せず、情報端末を一度再起動した。
システムの再起動が完了する。
だが、警告は消えなかった。
視線を下げる。
自分は一糸まとわぬ姿だった。
しかし、驚きはなかった。
むしろ、少しだけ疑問に思う。
馮一語は情報端末を操作し、外観設定画面を開いた。
「……ん?」
スキンが全部暗くなっている。
しかも、タップしても反応しない。
「主人様。本日は生体義体をご使用になっています」
背後から、女性の声が聞こえた。
馮一語はそこでようやく気づいた。
「ああ、そうだった。生体義体には『自動適応着衣』がないんだったな。服を着る必要があるのか」
――――
某クリエイティブ企業。
正門の入口では、大勢の社員が整然とビルへ入っていく。
馮一語が正門を抜けると、その先には長い廊下が伸びていた。
数メートルおきに、非常に薄い光の幕が設置されている。
それぞれの光幕は、壁の内部に組み込まれた異なる装置から発生していた。
馮一語が進むにつれ、今日の身体データが次々と情報端末へ送信されていく。
同時に、会社の智脳もそれらのデータを収集していた。
馮一語はそのまま歩き続ける。
最後の光幕を通り抜けた瞬間、耳元から会社の智脳の声が響いた。
「馮一語。本日の創作指数は5.1です」
「おめでとうございます。本日も優れた作品を生み出していただけることを願っております」
馮一語は智脳に返事をしなかった。
さらに少し進むと、エレベーターホールが見えてくる。
そのとき、肩を軽く叩かれた。
馮一語が少しだけ振り向く。
そこには一人の少年がいた。
顔いっぱいに笑みを浮かべながら、こちらへ身を寄せてくる。
「馮~兄さ~ん」
「ん。おはよう、小楚」
挨拶を交わした二人は並んで歩き、エレベーターホールへ向かった。
そこには大勢の人が集まっていた。
それでも、混雑しているようには見えない。
誰もが自分にとって快適な歩行速度で進み、情報端末がその都度、最適なエレベーターの扉まで案内してくれる。
立ち止まる必要もない。
待つ必要もない。
ボタンを押す必要すらない。
会社の智脳がエレベーターを制御し、社員一人ひとりのその日の社内予定を読み取っている。
エレベーターに乗り込めば、毎回、正確に目的地まで運んでくれるのだ。
さらに、複数の通行ルートを高速で流れるエレベーター同士が互いの運行を妨げないよう、各エレベーターは目的階に到着すると、まるでバスが停留所へ入るように走行軌道を切り替え、その階の「ホーム」へ停車する。
最後の乗客が降りると、そのエレベーターは需要計算を行い、循環ルートを通って、必要とされる階で待機する。
こうして循環運用される百基以上のエレベーターが担っている唯一の役割。
それは――
会社員が、本来なら必要のないところで忍耐力を消耗するのを減らすことだった。
なぜなら、勤務時間中のあなたの忍耐力は、会社の資産なのだから。
エレベーター内。
表示画面に映し出された目的階を見て、小楚が首を傾げた。
「馮兄さん、俺たち階を間違えてない?」
馮一語は画面を一瞥する。
【目的階:32階】
「間違えてない。今日は月曜だから、会議がある」
小楚は赤い長髪をまとめた。
それだけで、ずいぶん短く見える。
ついでに髪色も黒へ変更した。
先ほどまでの派手さはすっかり消えている。
そして、もう一度頭を掻いた。
「月曜……?」
その声には、どこか確信がなかった。
馮一語は何かを察したようだった。
「『感覚調整器』に対応したゲームをやりすぎたんだろ」
「現実の時間の流れに対する感覚まで、影響を受けてるんじゃないか?」
小楚は考え込むように頷いた。
そしてエレベーターの壁の一面を、透明な観景モードへ切り替える。
遠くには都市のスカイラインが広がっていた。
光は明るく、柔らかい。
小楚はガラスに息を吹きかけ、指でハートマークを描いた。
そして、小さな声で呟く。
「そんなわけないだろ……公式からも、そんな副作用があるなんて案内されてないぞ」
チーン――
目的階に到着した。
エレベーターの扉が開く。




