第93話 女王の嫉妬
王宮の夜食庫で、エリアーヌは蜂蜜菓子を二つ取った。
結人の前へ皿を置くと思いきや、両方を自分の側へ寄せる。
「今日は一つもらえると思っていました」
「思い違いだ」
彼女は配信石の記録を止めた。画面には第一回祭典の裏側が映っている。結人とノアが、泥色になったテオを見て腹を抱えて笑っていた。
映像は宮廷広報が編集したものだった。匿名で歩くエリアーヌの場面は短く、ORIGOの制作風景が長い。結人がノアの肩へ染料を付け、ノアが彼の頬へ泥を塗り返す瞬間まで残っている。
エリアーヌはそこだけ三度見ていた。最初は祭典の安全確認、二度目は広報上の偏り、三度目になると自分でも理由が苦しくなった。
結人が来る直前、侍女へ「この映像は長すぎる」と言い、どの部分か聞かれて答えられなかった。
「この場面が長い」
「人気なんですか」
「編集した者に聞け」
「ノアさんの説明が分かりやすかったので」
エリアーヌは菓子を一口で噛んだ。
結人は政治の話だと思い、王家の姿が匿名で映った時間、護衛の配置、青石から身元が漏れた可能性を説明し始めた。
「違う」
「では、何が」
「お前は、あの女といる時によく笑う」
結人は、エリアーヌとも笑っていると答えかけた。市場で豆を値切った夜、青石を追った祭典、屋上で額をぶつけた時。どれも人目のないところばかりだった。
「陛下と笑うところは、記録へ残せません」
「残したいのか」
「……分かりません」
エリアーヌは蜂蜜菓子を噛むのを止めた。王として映る彼女は国中に残る。一人の女として笑った夜は、結人の記憶にしかない。そのことが嬉しいのか、腹立たしいのか、彼女自身も決めかねているようだった。
結人は黙った。
エリアーヌも言ってから黙った。女王としてなら、こんな言葉は撤回するか、別の命令へ言い換える。今夜は蜂蜜菓子を見つめたまま、逃げなかった。
「ノアさんとは仕事で」
「それが一番つまらない答えだ」
結人は困り、ポケットから預かっていた偽物の青石を出した。祭典の日に使い、返す機会を失っていた。
石の縁には、青物商の値札糸がまだ一本残っていた。王宮の宝石箱へ入れれば、侍女がすぐ切るはずの安い糸だ。エリアーヌはそれを残している結人の指を見て、少しだけ機嫌を直した。
「次の一着にも、これを使いますか」
「私が他の作り手を選んだら?」
胸の奥が、想像以上に狭くなった。
「その人の服も見たいです」
「顔が嫌がっている」
「良い縫い目なら褒めます」
「そこではない」
エリアーヌはようやく笑い、片方の菓子を半分に割った。大きい方を自分へ、小さい方を結人へ寄せる。
「鈍い」
結人は何が正解だったか分からないまま、小さい蜂蜜菓子を食べた。
帰り際、青石を返そうとすると、エリアーヌは受け取らなかった。
「次の一着ができるまで持っていろ」
「僕が作ると決まったんですか」
「今、決めた」
扉が閉まった後、結人はポケットの石を指で確かめた。菓子より重く感じた。歩くたび、値札糸の結び目が指の腹へ小さく当たった。




