第92話 テオが選ばれない
劇場の審査室には、演技を見る窓より配信石の画面の方が多かった。
テオは傷を負った兵士の役を演じた。右足を引き、声を抑え、遠くに家の灯りを見つけて膝をつく。青布の裾も呼吸に合わせて沈んだ。
審査員は拍手せず、次の若い役者レオを呼んだ。
テオが舞台袖へ戻ると、ミナが水を差し出した。彼は一口も飲まず、レオの審査を見た。
レオは最初の台詞で声を裏返した。それでも色膜が顎の線を拾い、照明の中央へ自然に身体を置く。配信石には、失敗した声より美しい輪郭が残った。
テオは笑わなかった。悪い演技をした相手が選ばれたのではない。別の尺度で、確かにレオの方が強かった。だから怒りの向け先がない。
レオは祭典で「衣映えする」と評判になった身体を持ち、姿勢を整える色膜を使っていた。演技はまだ粗い。だが配信石のどの枠にも肩と腰がきれいに収まる。
主役はレオ。
テオは裏方兼代役へ回された。
「演技点はあなたが上です」と審査員。「ただ、前回映像の反応数が違う」
テオは笑顔で契約紙を受け取り、廊下へ出るまで崩さなかった。
結人はすぐ新しい服を考えた。肩を高く見せ、跳ぶ終わりに光を残し、配信石の枠へ収まる長さへ――。
「次の審査までに作ります」
テオが契約紙を結人の胸へ押しつけた。
「服の問題にするな」
「見え方は変えられます」
「俺が負けたのを、お前が直せる傷にするな」
結人は何も言えなくなった。
舞台裏の仕事は、主役より早く始まる。テオは照明紐を引き、床の白粉を掃き、レオの裾を整えた。
レオは気まずそうに何度も礼を言った。テオは「礼を言う暇があれば台詞を覚えろ」と返し、発音を二か所直す。主役を奪った相手へ教える自分が惨めで、同時に舞台を失敗させたくもなかった。
結人は袖の暗がりで、新しい肩支えを描きかけた。テオが配信石へ収まる姿に変われば、次は勝てるかもしれない。だが、紙の上の線はドムへ引いたものと同じ方向だった。
彼は図面を畳み、照明用の油を運んだ。役者の敗北を、自分が作る機会へ変えたくなかった。結人が手伝おうとすると、「客席へ行け」と追い払われる。
本番、レオは拍手を取った。テオの直した裾もきれいに動いた。
終演後、誰もいない舞台で、テオは主役の最初の一歩だけを繰り返した。青布は着けない。右足を引かず、背中も大きく見せず、自分の身体で何度も中央へ入る。
結人は袖から見ていたが、型紙を出さなかった。
十二回目、テオは舞台中央で止まり、客席の暗闇へ向かって頭を下げた。
袖からミナが「遅い」と言った。
「何が」
「立つまで。主役は客を待たせない」
慰めではなく稽古の言葉だった。テオは舌打ちし、開始位置へ戻る。
十三回目は二歩早かった。十四回目は中央を通り過ぎた。十五回目、暗い客席の一番後ろへ声が届いた。
結人はその時だけ、胸の中で拍手した。手は鳴らさなかった。テオが欲しいのは、審査に落ちた夜を優しい成功へ変える音ではないと分かっていた。
拍手はなかった。
それでも、十三回目を始めた。




