第89話 服を着ないモデル
第二回の出演審査に、ラナは何も持たず現れた。
肩の銀粉も、足首の骨輪もない。腰の光と、歩く身体だけで舞台へ出たいと言う。
申込札を見た祭典担当者は、困ったように裏返した。
裏にはスポンサーの展示枠が並んでいた。布工房、色膜商、骨輪師、香油店。出演者一人につき、どこかの商品を見せる契約になっている。ラナが何も使わなければ、空白の枠が一つ生まれる。
「前回は、何も着ないあなたも祭典の一部だった」と結人。
「前回は、服屋が自分の祭りを始める前だった」
ラナは広場の鏡を指した。今は鏡の下にスポンサー名が貼られ、白線の入口には商品札が吊られている。成功した祭りへ金が集まり、金が順番を整え始めていた。
「今回は新作衣装を見せる回です」
「祭りの名は裸のランウェイでしょう」
「服を着ないなら、前回と変わらない」
「同じ身体が、同じ朝を歩くと思う?」
次の応募者の名が呼ばれた。
結人は審査表を覗いた。新作衣装、色膜、装飾具。裸身だけで歩く欄は消えている。第一回の成功でスポンサーが増え、展示する商品も増えた。
「ラナさん用に、透明な支えだけ作るのは」
ラナが結人を見た。
「何も着ないために、何か着ろって?」
言われて初めて、提案の奇妙さに気づく。
テオが自分の主役枠を二つに折った。
「俺が途中で帰る。残りを歩け」
「契約料も半分になる」と担当者。
「半分の舞台で主役をやる」
本番、テオは遅れて咲く青布で観客を沸かせた。中央へ着くと、裾を外し、白線の外へ下がる。
舞台袖では担当者が裾を掴み、予定どおり最後まで歩けと囁いた。テオは一度止まり、客席を見た。主役へ近づくために半年かけた枠だ。半分を譲れば、次の審査で「扱いにくい役者」と書かれる。
ミナが袖の奥から、何も言わず音を一つ鳴らした。告白を断った時と同じ、曖昧に慰めない音だった。
テオは自分で留めを外した。青布の半分が床へ落ち、舞台中央に空きができる。
音楽だけが続く。
誰も出てこない数秒が長い。観客がざわめき始めたところで、ラナが裸足で現れた。
何も足していないため、視線は足裏が石を掴む動き、呼吸で肋骨が広がる様子、肩の古い傷へ向く。隠さないのではない。今日は、それだけで歩くと決めている。
最初の拍手は、第一回に貸衣装を着た老女から起きた。次に子どもたち。やがて音は、テオの出番より大きくなった。
舞台袖で担当者が顔を青くする。スポンサー席は静かだった。
終演後、テオの契約札には違反印が押された。次の主役枠は保留になる。
ラナは謝らなかった。
「半分返す」と出演料を差し出す。
テオは受け取らず、青布の片側を彼女へ渡した。
「次は、俺の出番を割らずに出ろ」
ラナは青布を肩へ掛けた。舞台へ出るためではない。冷えた汗が乾くまで、身体から指二本ぶん浮かせていた。
スポンサーの代表が、出演料を返すよう手を出した。ラナは自分の半額分だけ渡し、テオの分には触れない。
「私の選択で、あんたの主役まで失うかもしれない」
「もう半分失った」
「後悔してる?」
テオは契約札の赤い違反印を見た。「明日の朝に聞け。今は拍手が大きすぎる」
ラナは初めて青布を肩へ掛けた。ただし衣装としてではなく、汗が冷えないよう身体から少し浮かせただけだった。




