第85話 ポケットの花火
祭り前夜、市場で最初に光ったのはカナの腰だった。
歩くたび、ポケットの縁から金色の火花が二、三粒こぼれる。火花は布へ燃え移らず、石へ着く前に消えた。
結人は焼き菓子の客を押し分け、ポケットへ顔を近づけた。
「石同士が強く当たったら」
「熱くなる前に下へ落ちる」
「雨の日は」
「青くなる」
「粉が入ったら」
「今日だけ菓子粉は別の袋」
カナは返事のたび、改良した見本を出した。仕事用の物入れを作っていた少女が、役に立たない光へ本気になっている。
子どもたちが真似を始めた。小石を入れて音を鳴らす者、花びらを詰めて歩くたび撒く者、香草を入れて匂いを残す者。老人の一人は、昔の恋人にもらった貝殻を入れた。
火花石を買えない子は、磨いた瓶底を入れた。光は出ないが、走ると小さく鳴る。通りの端では、花売りが売れ残った花弁を無料で分け、香油師が一滴だけ香りを足した。
結人は安全確認の札を配ろうとしたが、誰も立ち止まらない。仕方なく市場を走り、熱を持つ石だけを水桶へ移す。十人目で息が切れ、カナに「見るだけの日じゃなかったの」と笑われた。
「燃えたら祭りが終わります」
「終わらないように作った」
彼女は自分のポケットを裏返し、火花石の下に細かな金網があるのを見せた。結人が教えていない工夫だった。
「火花じゃない」と結人。
「わしには一番光る」
カナは貝殻が落ちない内袋を縫ってやった。
日が沈む頃、市場の通りは、色膜、腰の紋、発光石、銀粉、骨輪、何も足さない身体で混ざった。新商品を売るための列ではない。皆が自分の歩幅で小さな光を連れている。
リュシアは単純な金色を「浅い」と評した。十分後には、石へ薄い染料を塗り、歩く速さで赤から紫へ変わる仕掛けを試していた。
テオは両腰へ火花を入れ、舞台の回転を通りで見せる。勢いが強すぎ、金の粒が魚屋の桶へ飛び込んだ。魚が一斉に跳ね、見物人が悲鳴を上げる。
「謝れ!」と魚屋。
「魚に?」
「俺にだ!」
テオは青布を濡らしながら頭を下げた。魚屋の妻は腹を抱えて笑い、濡れた火花石を一つ自分の腰袋へ入れた。青い光が桶の水面へ揺れる。
結人は注文札を持っていたが、途中で閉じた。何個売れたかより、誰が何を入れたかを見る方が楽しい。
ミラは遠くから売上を数えていた。結人が店へ戻らないので、ついに帳簿を抱えたまま市場へ来る。
「発光袋の注文、三十七件です」
「カナへ言ってください。僕は今、貝殻の内袋を見ています」
「商売を始めてから、一番商売人らしくない顔です」
結人は老人の貝殻が落ちない深さを確かめ、針を一本だけ使った。代金を尋ねられ、カナが先に「今夜は無料」と答える。ミラの眉が上がったが、祭り用の余り布の範囲ならと黙認した。
小さな無償仕事が終わるたび、別の誰かが自分のポケットを見せに来た。
カシウスも通りへ現れた。黒い仕事膜には飾りが一つもない。
「選びませんか」と結人が露店を指す。
「比較表がない」
「だから選ぶんです」
長く迷った末、カシウスは安い白羽を一本買った。黒膜の端へ差すと、驚くほど似合わない。
結人は正直に笑った。
「次の一言で取引条件を変えますよ」とカシウス。
「でも、自分で選びました」
カシウスは羽を外さなかった。
夜更け、カナのポケットから最後の火花が落ちた。誰もそれを拾わず、通りの上で小さく消えるまで見ていた。




