第82話 靴のない歩き方
石畳の稽古路で、三人目のモデルが同じ場所へ転んだ。
長い裾が踵へ巻きつき、裸足の指をさらう。怪我は擦り傷だけだったが、結人はすぐ足を覆う形を描いた。
「袋に入れるの?」
モデルのラナが、紙を見るなり顔をしかめた。
「足を守れます。裏へ滑り止めを付けて」
「熱い石も、濡れた苔も分からなくなる」
この世界では、足裏も身体の守りの一部だった。地面の熱、魔力の薄い場所、小石の形を直接感じて歩く。結人にとって当たり前の靴は、彼らには目隠しに近い。
「では裾を短く」
「長い方がきれい」とテオ。
「転びます」
「転ばない長さまで、本人が上げられればいい」
手で裾を持てば両腕が塞がる。腰へ巻き上げる紐は、歩くたび結び直さなければならない。結人が床へ図面を並べていると、学校帰りのアミがミオラと現れた。
モデルごとに転び方も違った。テオは大股の最後に踵を踏み、ラナは後ろへ下がる時に布を巻き込み、小柄な香油師は裾が長すぎて最初から足が出ない。
結人は三人を同じ長さへ揃えかけた。港で覚えた三基本型なら、肩、腰、足へ分けられる。だがラナは「舞台に標準荷物はない」と紙を足で押し返した。
裸足の感覚を確かめるため、結人自身も上着の裾を長くして石畳を歩いた。彼には肌の守りがなく、小石の角が直接痛い。足をかばうほど布が絡み、五歩で転んだ。
テオが笑いながら起こす。「靴を作りたい顔だ」
「作りたいです」
「今日は裾を作れ」
十歳の彼女は刃物に触れず、布端の分類だけを許されている。だが、転ぶモデルを見ると、短い布と木の輪を拾った。
「足が出た時だけ上がるようにすれば」
膝へ紐を掛ける案だった。足を前へ出すと裾が引かれ、戻せば落ちる。
試すと、木輪が膝へ当たって痛い。位置を足首へ下げると絡む。アミは黙り込み、布をほどいた。
結人は失敗した仕組みを腰側へ移した。足へ付けず、歩幅そのものが小さな輪を滑らせる。大股なら裾が高く、小股なら少しだけ。止まれば元へ落ちる。
ラナが歩く。最初の十歩は成功した。十一歩目、急に振り向くと輪が遅れ、裾がまた踵へ入る。
「振り向く動きも要る」とラナ。
「正面だけ見て作ってました」
「舞台では背中も正面よ」
結人は輪を二つに分けた。前へ進む時と、腰を捻る時。アミは自分の案が形を変えたことを、嬉しそうにも悔しそうにも見た。
「私が考えたのと違う」
「はい。でも、最初の動きがなければ出ませんでした」
「名前、私も書く?」
「書きます」
ミオラが保護者として頷き、祭典の補助員札にアミの名を記した。仕事は留め具の色分けと、転んだ場所へ印を付けること。刃物、火、夜間作業は禁止のままだ。
夕方、モデルたちは石畳を走った。足元は何も覆わず、布だけが歩幅へ合わせて上がる。ラナはわざと急に止まり、後ろへ下がり、踊るように一回転した。
最後の試験には、舞台へ出ない市場の老婆も加わった。若いモデルより歩幅が狭く、腰も大きく捻らない。輪はほとんど動かず、裾が上がらない。
アミが、輪へ通す紐を一本でなく二本にした。一方は歩幅、もう一方は本人が指で引ける。老婆は「若い足の真似はしない」と言って、手で少しだけ裾を上げた。
結人は自動で全部動く方が美しいと思った。だが老婆は、自分で上げる瞬間を楽しそうに選んだ。仕組みの一部を本人へ残した方が、歩き方はそれぞれ違って見えた。
裾は遅れたが、絡まなかった。
アミが白い粉で転倒地点へ引いていた印を、靴のない足で一つずつ消した。




