第81話 テオの片恋
雨の日の劇場裏は、舞台より声がよく響いた。
テオは軒下で青布の裾を絞りながら、同じ劇団のミナが稽古を終えるのを待っていた。結人が三度目の「捻ると色糸が切れます」を言うと、ようやく手を止める。
「今日、告白する」
「今ですか」
「雨の方が断られても顔が分からない」
ノアはすぐ質問を始めた。ミナが好きな色、褒めた役者、嫌う装飾、よく見る方向。テオが答えるたび、昨日できた青い一着から本人の好みが消えていく。
テオは告白の言葉も用意していた。雨に濡れた紙を開くと、同じ一文が七通り書かれている。勇ましい言い方、冗談に逃げる言い方、舞台の台詞を借りた言い方。
ノアは三番目を選んだ。「ミナは真面目な人に弱い」
「根拠は?」と結人。
「休憩中、ふざける役者には背を向ける」
「歌詞を覚えているだけかもしれません」
ノアは答えず、テオの襟を整えた。客席で人を見る時と同じ速さで、恋の答えまで決めようとしている。テオは鏡の中の自分を見た後、七枚の告白文を全部折り、ポケットへ突っ込んだ。
「服だけで好きにさせるのは無理か」
「できたら怖いです」と結人。
「できない顔をして、少し残念そうだな」
図星だった。
「赤が好きだ。たぶん」
「前に赤い衣装を褒めてたのは、主役のダンじゃない?」と劇団員。
「じゃあ長い布。いや、長い裾は邪魔だって言ってた」
ノアは青を外し、短い赤布を胸元へ置いた。たしかにミナに好かれそうな役者へ近づく。鏡の中から、テオ本人が遠ざかる。
「告白した後、何をしたいですか」と結人。
「付き合いたい」
「ミナさんがいなくても、その服で何をしたいですか」
テオは雨を見た。
舞台の向こうから歌声が聞こえる。今夜の主役が熱を出し、代役を探しているらしい。テオは笑い役ばかりで、中央に立ったことがない。
「一度、主役をやりたい」
声が小さかった。
ノアは赤布を外した。青を戻し、色が胸ではなく背中から咲くよう位置を変える。客へ見せるためではなく、テオが大きく息を吸った時に自分で感じられる場所へ。
その夜、テオは代役の審査へ出た。青布は長いまま。歌の途中で色が遅れ、客席のいない稽古場に橙が一つ咲いた。
審査役は三人。舞台監督は足運びを見て、歌い手は音を聞き、衣装係は青布が柱へ触れないかを見ていた。テオは告白よりも緊張し、最初の台詞を二度噛んだ。
三度目、ミナが舞台袖で小さく音を取った。テオはそちらを見ず、胸を開く。橙が背中に咲くのは、本人には見えない。けれど衣装係の目が動いたのが分かり、声が一瞬だけ伸びた。
最後の高音で外した。審査役は相談もせず、不合格札を裏返した。
テオは頭を下げた後、舞台中央からすぐ動かなかった。誰もいない客席を一度見渡し、自分の足でそこへ立てた時間だけを数えるように、ゆっくり三呼吸した。
主役には選ばれなかった。音を外した。
終演後、ミナが裏口へ来た。テオは用意していた告白を全部忘れ、「この服、どう」と聞いた。
ミナは一周させ、背中の色が遅れて出るのを見た。
「好き」
テオの顔が明るくなる。
「服が」
落ちる。
ミナは笑わなかった。「あなたとは、仕事仲間でいたい。告白の答えなら、今はそう」
雨音が急に大きく聞こえた。
テオは青布の端を握り、格好よく去ろうとした。水溜まりへ踏み込み、足首まで跳ねを浴びた。ミナが吹き出し、テオも渋々笑う。
翌朝、彼はORIGOへ来て注文札を書き直した。
用途欄には、初めて一行あった。
舞台の中央へ、自分の足で立つ。




