第67話 負けた契約
事故から十八日後、繰り上げられた最終審査の日が来た。
結人の注文書には、まだ「六十四日後」と残っている。その横に、火災翌日に届いた変更通知が綴じてあった。港の復旧を待てないため、供給と修理を任せる商会を受注四十五日目に決める。ローデンは両方の工房へ同じ通知を出し、使えない分の前金は精算すると約束した。
結人も承諾の印を付けた。待ってほしいとは言ったが、帯を失った作業員を十九日待たせる代案は出せなかった。
港湾庁の前には、火災で黒くなった採点板が立っている。焦げた端を切り落とさず、そのまま使うとローデンが決めた。
黒紋商会の完成数、千本。納期、二十一日。
ORIGOの使用可能数、八十七本。最初の回収と火災後の修正を含め、四十五日。
数字を読み上げるたび、結人の喉が乾いた。
価格は黒紋。着ける速さも黒紋。交換部品の供給数も黒紋。ORIGOが勝ったのは、身体に合わせる自由、現場での修理時間、規格から外れた人が仕事を続けられる割合だった。
火災時の救助記録が最後に出る。
黒紋の検査門と千本の帯から、八十六人の救助先が絞られた。港全体の避難を終えるまで一刻半。
ORIGOの帯が直接支えた救助は十一人。梁の下から三人。濡れた足場で五人。その他三人。数は少ないが、黒い帯では持ち上げられなかった梁を動かした。
「両方を採用すればいい」と誰かが言った。
ローデンは首を振る。「主契約は一つだ。修理網と訓練を二系統へ分ければ、火事の時に迷う」
作業員代表の票が必要だった。
エナが前へ出る。左手には片手用具を付けていない。腫れは引いたが、三本の指を動かすたび、掌の皮膚が引きつる。
結人は彼女へ情を求めないつもりだった。
それでも、ORIGOへ入れてほしいと思った。
エナは採点板を見ず、港の方を向いた。
「私が毎日使うなら、ORIGOを選ぶ。右肩も左手も、同じ規格には入らない」
結人の胸が上がる。
「港全体の主契約なら、黒紋商会」
落ちた。
「千本を止める人がいる。部品が全部の倉庫にある。新人が十息で着けられる。次の火事は、私の身体に合わせて待ってくれない」
セラは黒紋商会の列に立っていた。エナの言葉に、目を伏せなかった。
ローデンが契約板へ黒紋商会の印を押す。
三年間。港湾標準作業帯の供給、修理、訓練を一括して任せる。
カシウスは勝者の席から立ち、短く頭を下げた。笑顔はない。事故の夜に失ったものまで勝利へ数えないと決めているようだった。
結人はその慎重さにも腹が立った。
審査後、港の人々は黒紋商会の窓口へ並ぶ。サイズを選び、交換部品を受け取り、次の勤務から使う帯を腰へ巻く。
ORIGOの八十七本は、採点台の横へ残された。
エリアーヌは来なかった。王命で結果を変えないと約束していた。ミラだけが帳面を持ち、ORIGOの前金から返す額を計算している。
「工房、持つ?」とミオラが尋ねた。
「持ちます」と結人。
「給料は」
答えられない。
カシウスが近づき、契約書の写しを差し出した。
「事故時の個別対応は、ORIGOへ外注する条項を入れました」
助け舟だった。
結人は受け取らない。「負けた日に、慰めの仕事をくれるんですか」
「必要な仕事です」
「あなたの下で?」
「港の下です」
結人は写しの端をつまみ、まだ開かなかった。自分が勝って同じ仕事を頼む時には、こんな顔をされると思っていなかった。
エナが結人の背中を押した。「紙に怒るのは後。読む」
結人は写しを受け取った。
夕方、作業員が採点板からORIGOの札を外した。捨てようとしたので、結人が頼んでもらう。
黒く焦げた板には、八十七という数字と、修理の欄についた一つの丸が残っている。
門外へ帰る途中、板は重かった。
結人は、黒く焦げた板を工房の壁へ掛けた。
煤の下で、八十七の数字だけが白く浮いていた。




