第66話 千本の縫製場
事故から十五日後、セラから一枚の札が届いた。
見に来い。真似できるなら。
結人は腹を立てながら、すぐ黒紋商会へ向かった。
工場の扉は、彼の仮札では開かない。カシウスが内側から迎えに来るまで、警備台の横で荷物と同じ札を首へ下げて待った。以前ほど屈辱に慣れたわけではない。ただ、縫製場を見たい気持ちが勝った。
中は静かだった。
千本の帯が、長い列を流れていく。肌へ貼る膜を作っていた工場に、縫い目に近い工程が増えている。黒い筋を通す者、本人が引く輪を付ける者、壊れる木片を差す者。作業員は叫ばず、色札を一枚移すだけで次へ送る。
作り手の印の隣へ、以前はなかった細長い欄が増えていた。停止した時刻、調べた人、再開を許した人。消した字にも線を引き、元の印を読めるよう残してある。
セラが加えた仕事だった。
彼女は中央の検査台に立ち、帯を両手で引いている。力の弱い人でも外せるかを確かめるため、今日は老人役の重りを使っていた。気に入らない一本へ赤札を置くと、後ろの列が即座に止まる。
誰も溜息をつかない。
結人は悔しさを忘れ、搬送台の下へしゃがみ込んだ。帯を持ち上げる爪が、布へ傷を付けない角度で丸められている。
「爪に切れ目が増えましたね。引っ掛かる前に倒れる?」
頭上でカシウスが笑った。「以前の爪を覚えていましたか」
「きれいだったので」
「引っ掛かりをセラが見つけ、私が直しました」
「本当に?」
「疑う顔をしないでください」
結人は爪の間隔を測ろうと指を置き、警備員に止められた。
セラが検査台から降りてくる。黒紋商会の印は着けていない。代わりに、腰の鋏へ赤い糸が一本巻かれている。
「遅い」
「招待状が雑です」
「来ただろ」
二人はそれ以上、離れたことへ触れなかった。
セラは不良品棚を見せる。輪が硬い、木片が内側へ割れる、黒糸が前の持ち主の動きを強く残す。失敗理由が札へ書かれ、隠されずに積まれている。
「ORIGOで使えるのは、どこですか」とカシウス。
結人は答えを選んだ。
結人は、解体品の箱と、動作が消えたことを確かめた箱を指した。同じ返却棚へ置かない。二人が確認しなければ、空いた次の箱へも移さない。
「黒糸の動作記録は要りません」
「便利ですよ」
「便利すぎます」
「その判断を、あなた一人で?」
刺された。
結人はセラを見る。彼女は助けない。
「ORIGOへ戻って、使う人と決めます」
カシウスは頷いた。「結論が出たら、採用した理由も聞かせてください」
言い方が腹立たしい。
工場の出口近くで、一本の帯が完成した。千本目ではない。事故後に全部検査し直した、千本のうち最後の一本だ。
作業員たちは歓声を上げず、セラの前へ置く。彼女は輪を引き、木片を割り、黒糸を外して残った動きを確かめた。最後に緑の合格糸を通す。
結人はその縫い目へ顔を近づけた。
「きれいです」
セラは初めて少し笑った。「負けた顔で褒めるな」
「負けてても、きれいです」
「なら、あんたの百本も持ってこい」
工場を出る時、カシウスが小声で言った。
「あなたの一着を、私も一度着てみたい」
結人は足を止める。
「量産できない物に興味が?」
「できないからです」
工場の扉が閉じる直前、搬送爪がまた一本の帯を持ち上げた。丸められた先端は、布へ傷を一つも付けなかった。
結人は門外へ出ても、しばらくその形を指でなぞっていた。




