第64話 片手で結ぶ朝
事故から十二日後、エナは治療院の中庭へ縄を持ち出した。
朝露で濡れた杭が二本、土へ打たれている。治療師が許したのは、細縄での短い練習だけだった。重い荷には触れず、痛みが増えたら寝台へ戻る。エナは細縄を二本、膝へ並べた。
結人が着くと、既に一本目を失敗していた。
左手の親指、人差し指、中指で輪を作ろうとする。薬指と小指があった場所で縄が抜け、地面へ落ちる。右手を使えば支えられるが、右肩は頭の高さまで上がらない。
「道具を使いましょう」と結人。
「まず、なしでやる」
二本目。輪が潰れる。
三本目。右肩へ無理に上げた痛みで、縄を放す。
エナは舌打ちし、もう一度拾おうとした。結人は止めなかった。以前の速さを追うな、と言うのは簡単だ。追わずにいられない身体の方が先にある。
四本目を落とした後、エナが自分から手を出した。
「道具」
結人は前腕へ二本の支えを巻く。掌の外側に小さな輪を浮かせ、肘を引くと縄の端が固定される。指で強く握らなくても、親指と人差し指で輪を整えられる。
「締めすぎ」とエナ。
「どこが」
「手首。私が返せない」
結人は一穴緩めた。
五本目。輪はできたが、杭へ掛ける前にほどける。
中庭の隅で、ミオラとアミが見ていた。アミは刃物も機械もない場所だけ、母と一緒に来ることを許されている。口を出したそうに身体を揺らしていたが、ミオラに腕を掴まれている。
六本目。
エナは以前の投げ結びを途中まで作り、止まった。
「これを二回に分ける」と彼女。
以前は一息で輪を投げ、引き、止めていた。今は、まず杭へ輪を届ける。そこで一度、支えへ預ける。その後に別の端を引いて締める。
速さは半分以下になる。
結人は新しい手順に合わせ、掌の輪を二段へ分けた。第一の輪を固定した後、肘を少し戻すと、第二の輪だけが自由になる。
七本目。
エナは縄を杭へ掛ける。支えへ預ける。息を整える。別の端を三本の指で引く。
結びが止まった。
風が吹いてもほどけない。
中庭の誰も、すぐには声を出さなかった。
エナが縄を強く引く。杭が土の中で鳴る。もう一度。結びは残った。
「遅い」と本人が言った。
「はい」
「前より」
「はい」
「でも、できた」
「はい」
三度目の「はい」で、結人の声が少し裏返った。
アミが我慢できずに跳び上がった。ミオラが慌てて口を押さえる。エナは笑い、結び目をほどいた。
「もう一回」
成功を飾って終わらせない。自分の身体へ覚えさせるため、同じ手順を繰り返す。
二度目は途中で外れた。三度目は締めすぎた。四度目で、また結べた。
治療師が砂時計を裏返さずに持ち上げたところで、練習を終えた。杭には四つの形の違う結びがある。エナは三本を外し、残る一本へ伸ばした指を引いた。
「明日、ここから始める」
結人は縄を片づけた。最初の一本だけは、杭からほどかなかった。




