第59話 梁を運ぶ服
西倉庫の中は、夜より暗かった。
煙で灯石が赤く滲み、積み上げた木箱の間を火の粉が横へ流れる。結人の喉はすぐ焼けた。濡れ布を当てても、素肌の守りがない身体へ熱が直接入る。
「声を出すな、息が減る」とガルド。
代わりに、床を石槌で三度叩く。
奥から二度返った。
崩れた梁の下に、マルタ、ソアン、荷札係の青年がいた。太い横梁が木箱へ斜めに落ち、三人の逃げ道を塞いでいる。マルタの脚は挟まれていないが、梁を動かせば上の棚まで崩れそうだ。
「遅いよ」とマルタが咳の合間に言った。「縫い目ならもう見た。右が先に落ちる」
火の中でも職人だった。
ガルドは梁へ手を当て、ひびの向きを読む。奥の石柱へ預ければ、三人で逃げ道を作れる。だが右側の棚を先に外せば、上から箱が落ちる。
「連結帯を使う。バシュが前。エナは左。俺が右を受ける。結人は――」
「縫います」
「持てないからな」
悔しいが正しい。
三人の帯と、石柱へ預ける一本を梁へ回し、力を分ける。エナは右肩を使わず左腿へ支えを移す。バシュは踵で受ける。ガルドは棚が落ちる側を多く持つ。
結人は連結糸を見た。
石材船で作った連結部は、四つの張りを別々に逃がせる。だが火で杭が一本崩れ、エナ側の縄だけが右へ引かれていた。結人は切る前に、ガルドへ指で掛替え先を示した。
「そちらへ重さが増えます。持てますか」
ガルドは棚と石柱を見比べる。「最初だけ俺へ。その後は柱へ渡せ」
結人は頷き、荷を上げる前に一針を切った。バシュとエナの帯を別の梁へ掛け、ガルドの縄へは少し長く逃がす縫いを入れる。
三人が構えた。結人は搬出用の布を床へ滑らせ、合図を待つ。
梁が上がる。最初にガルドの帯が軋み、次にバシュの踵が滑る。エナは左手で自分の支えを一穴詰めた。結人は床へ這い、三人を梁の下から引き出す。
荷札係。ソアン。最後にマルタ。
彼女の足が抜けた瞬間、上の棚が崩れた。
ガルドの帯に入れた安全骨が割れ、梁の重さが身体へ入る前に外へ飛ぶ。彼は後ろへ倒れたが、腹を打たずに済んだ。バシュとエナも非常糸を切り、梁は床へ落ちる。
倉庫全体が揺れた。
「走れ!」
外へ出たところで、屋根の一部が崩れた。
セラがマルタを受け止める。二人は抱き合わない。セラは先に足を触り、骨が折れていないか確かめた。
「検査が遅い」とマルタ。
「黙れ」
声が震えていた。
三人の救出が記録板へ加えられる。周囲で歓声が上がったが、結人は壊れた連結帯を見ていた。中央の一針を切らなければ、エナを巻き込んでいた。設計どおりに使わなかったことで救えた。
黒紋の伝令が三人の救出札を受け取った。指揮台へ知らせに走り、戻ると、カシウスから預かった短い言葉を伝える。
「梁の下の三人は、そちらの連結帯がいなければ出せなかった、と」
結人は少しだけ胸を張った。三人。港全体から見れば小さい。それでも、マルタがセラへ悪態をつき、ソアンが腹を押さえながら歩き、青年が自分の荷札を拾っている。
三人は数字より先に、知っている顔だった。
倉庫の扉から、再び火が噴いた。遠くで別の救助鐘が鳴る。
マルタは担架の上から、結人の背へ煤だらけの親指を立てた。結人はそれを見届けてから、次の鐘へ走った。




