第57話 黒い帯の夜勤
二十六日目の深夜、結人は黒紋商会の失敗を見に行った。
そう考えた時点で、かなり性格が悪い。
夜勤班が黒い港湾帯を着け始めてから、休憩の鐘が遅くなったという噂があった。黒糸は作業中の動きを覚える。同じ持ち上げ方が乱れたり、歩幅が小さくなったりすると、疲労の兆しとして検査板へ印が出る。
人を休ませるための仕組みだった。
ところが夜勤班長は、印が出ていない者の休憩を後ろへずらした。本人が疲れたと言っても、「帯はまだ平気だ」と働かせる。
結人が第五倉庫へ着くと、若い荷役人が壁へ手をついていた。
「休ませてください」と本人。
班長は検査板を指した。「歩幅は規定内だ」
「吐きそうです」
「数字が――」
「その人を外せ」
カシウスの声が、倉庫の入口から飛んだ。
班長が振り返る。「ですが、規定では」
「帯を外すのではない。あなたを班長から外す」
作業が止まった。
カシウスは若者の黒い帯へ触れず、本人へ尋ねる。「外せますか」
若者は輪を引き、自分で帯を外した。床へ座る。治療師が水を渡した。
検査板には、確かに異常の印がない。
カシウスは板を見て、顔色を変えた。怒っているのは班長へだけではない。数字が自分を裏切ったことへ、ひどく動揺している。
「なぜ出ない」
技師が黒糸を調べる。「この方は、疲れるほど動きを小さくしません。むしろ同じ歩幅を守ろうとしています」
「では呼吸を取れ」
「この港湾帯には、呼吸を拾う縫い目がありません。女王の声布とは構造が――」
「追加しろ」
カシウスの声が大きくなった。
結人は口を挟んだ。「黒糸に何でも覚えさせるんですか」
カシウスが振り向く。結人がいることに気づいていた顔ではない。
「倒れる前に知るためです」
「本人が言ってます」
「言えない人もいる」
「言った人を数字で黙らせた後に、別の数字を増やすんですか」
倉庫の空気が張る。
カシウスは検査板へ拳を置いた。しばらく黙り、やがて班長の名札を外した。
「今夜から、本人が疲れたと言った時点で休憩。検査板は、本人が気づかない時だけ補助に使う」
「生産数が落ちます」と技師。
「落とせ」
即答だった。
黒紋商会の夜勤は、その場で一刻止まった。千本を作り終えた後も、交換部品を増やす工場は動き続けている。止めれば損が出る。それでもカシウスは全員の帯を外させ、若者の動きと数字がずれた理由を一人ずつ確認した。
結人は失敗を見に来た。
実際、失敗はあった。だが、隠さず、言い訳せず、工場全体を止める速さは、ORIGOより上だった。
帰り際、カシウスが隣へ来た。
「満足しましたか」
「何がです」
「私も間違えると見られて」
結人は否定できなかった。
カシウスは暗い桟橋を見た。「白嵐の時、黒膜を付けずにいた一人を、最後まで数えられませんでした。後で生きていると分かった。それでも、板から消えた一人が残っています」
「だから全部、数えたい?」
「数えられない人を、いないことにしたくない」
「数字を信じすぎると、目の前の人をいないことにします」
カシウスは返事をしなかった。
倉庫の中で、元班長が黙って水桶を運んでいる。処分を受けても帰らず、倒れた若者の隣へ置いた。
検査板の数字は、一刻のあいだすべて空白になっていた。夜勤の人々は、その空白のまま休んだ。




