第55話 港の灯祭り
二十四日目の夜、港は仕事をやめた。
一年に一度、沖で亡くなった者へ灯りを返す祭りがある。桟橋の杭へ青い灯石を結び、船の帆へ小さな火を吊るし、最後に全員で輪になって踊る。
今年は、腰にも灯りがあった。
リコが自分の帯へ赤い貝殻と青い石を縫いつけたのをきっかけに、作業員たちが競うように飾り始めた。灰色の帯が、走るたび光の線を描く。普段は身体を包む布を不気味がる人々も、腰の細い道具だけなら笑って触れた。
「仕事道具へ祭り飾りを付けるな」とセラは言った。
そのくせ、彼女の手には色糸が三束あった。
「それは?」
「非常糸が灯りの中でも見えるようにする」
「飾りでは」
「検査だ」
結人は追及しなかった。
エナは最初、踊りの輪へ入らなかった。右肩を上げられないため、港の踊りにある両腕を頭上で合わせる動きができない。
結人が隣へ立つ。「腰だけでも」
「慰めが下手だな」
「僕も踊れません」
「見れば分かる」
エナは結人の手を取らず、帯の端を掴んだ。左手で引き、輪へ連れていく。
太鼓が鳴る。
周囲は両腕を上げる。エナは右腕を胸の高さに残し、左手だけを高く伸ばした。代わりに腰を深くひねり、帯の灯石を大きな弧にする。隣のリコが真似をし、バシュも片腕だけで踊る。いつの間にか、両腕を揃える者の方が少なくなった。
結人もやってみた。
一歩目は合った。二歩目でエナの足を踏み、三歩目で自分の帯へ踵を引っ掛けた。前へ倒れ、灯石の籠へ顔から突っ込む寸前、ガルドが襟元の布を掴む。
「服屋が服で転ぶな」
「改良点です」
「踊りの?」
「僕の」
笑いが広がった。
祭りの酒場では、帯の美しさを競う投票が始まった。作業の速さでも、安全性でもない。格好いいかどうかだけだ。
結人は本気になった。リコの貝殻の位置を半寸上へ移し、バシュの匙へ細い光糸を巻き、トリオの赤い非常糸を星形に結ぶ。
「勝手に触るな」とセラ。
「本人に聞きました」
「仕事の時は外せ」
「本人が決めます」
「言うようになったな」
セラは口元だけで笑った。黒紋商会の条件書を持ち帰ってから、二人の間には薄い板が一枚挟まったような距離がある。今夜だけは、灯りがその板を透かしていた。
カシウスも黒い帯を着けて現れた。何の飾りもない。整いすぎていて、逆に目立つ。
「祭りでも標準品ですか」と結人。
「飾りの候補を十二種類、統計で――」
「今夜くらい、自分で選んでください」
言われたカシウスは、しばらく露店を回った。最終的に選んだのは、安い白い羽根だった。黒い帯の端へ一本だけ差す。
「似合いませんね」と結人。
「あなたに言われたくありません」
二人は同時にエナを見た。
投票の一位は、彼女の帯だった。新しい飾りは一つもない。新調した帯の縁へ、エナは十年使った係留縄の端を留めていた。左手で結び続けた縄の濃淡が、灯りの中で模様のように浮かぶ。
「納得いきません」と結人。
「服屋が負けた」とエナ。
「次は作り込みます」
「来年まで悔しがってろ」
夜の終わり、灯石は一つずつ海へ流された。帯の光は岸へ残り、人々の腰で揺れている。
結人は濡れた桟橋へ座り、痛めた膝を撫でた。隣ではセラが、祭り用に色を巻いた非常糸をほどかず、そのまま針箱へしまっていた。




