↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/115

第52話 脱げない帯

二十一日目の夜、冷蔵倉庫から鐘が三度鳴った。


火ではない。落下でもない。中に閉じ込められた者が、扉を開けてほしい時の合図だ。


結人たちが駆け込むと、塩魚の箱の間でソアンが身体を丸めていた。腰にはORIGOの帯。雨で濡れた留め具が倉庫の冷気で凍り、指を掛ける輪まで固まっている。


「腹が痛い。外したい」


ソアンは自分で輪を引いた。動かない。


帯は保温に成功していた。肌との隙間へ暖かい空気を残し、彼の身体は冷え切っていない。だが、腹が張り、吐き気があるのに、自分の意思で外せない。


「赤糸を切ります」


結人が鋏を入れようとすると、氷で布が硬くなり、刃先が滑った。ソアンの腹へ触れそうになる。


「動くな」とセラ。


「動いてない!」


「結人に言った」


セラは鋏を置き、指で凍った留め具を探った。ガルドが温石を持ってくる。急に熱すれば、冷えた骨輪が割れて内側へ飛ぶ。少しずつ温める時間が要る。


ソアンの呼吸が速くなる。


「外れない。外れない」


その言葉が倉庫の壁へ戻り、本人をさらに追い詰めた。


結人は自分の腰の布を外した。寒気が肌へ刺さる。布を細く裂き、ソアンの手へ握らせる。


「これを引いてください」


「何になる」


「僕の布が外れます」


「お前のを外してどうする」


「自分で誰かの服を止められる感覚を、先に思い出して」


ソアンは意味が分からない顔をした。それでも布端を引いた。結人の覆いが肩から落ち、慌てて押さえる。倉庫の作業員がこんな時なのに吹き出した。


ソアンも一瞬、呼吸を忘れて笑った。


その間に、セラが非常糸へ針を通した。表から切れないなら、内側へ細い糸を渡し、本人の手で引き抜ける道を作る。


「右手で、これを引け」


ソアンが引く。


凍った外側ではなく、内側の縫い目がほどけた。帯が二つに開き、床へ落ちる。


彼はそのまま箱の陰へ走った。皆が背を向ける。少しして、深いため息と、水を流す音がした。


命に関わる怪我ではなかった。それでも、戻ってきたソアンの顔は青い。


「温かかった」と彼は言った。「だから、外せないのが余計に怖かった」


結人は床の帯を拾う。保温は成功。荷重分散も成功。非常糸だけが、濡れて凍るという一つの条件で役に立たなくなった。


完成済みの三十七本が、頭に浮かぶ。


「全部、回収します」


ローデンが声を荒らげた。「明日の荷下ろしはどうする」


「使えません」


「怪我人はいない」


ソアンが先に答えた。「俺が外したいと言って、外れなかった」


それで十分だった。


翌朝、三十七人が帯を返しに来た。文句を言う者もいた。昨日うまく働いたのに。黒紋商会へ負ける。賃金が減る。


結人は一つずつ受け取り、何も説得しなかった。


セラは掲示を二段へ分けた。使用可、零。修理待ち、三十七。


戻った帯は名札を残して棚へ並べる。腰の支えも、本人が選んだ飾りも捨てない。結人は凍った留めだけを外し、三十七人ぶんの修理順へ置いた。


作業台には、凍ったままの留め具が一つ残った。


昼になって氷が溶けると、本人が引く輪は何事もなかったように軽く動いた。結人はそれを見て、余計に腹が立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。