第52話 脱げない帯
二十一日目の夜、冷蔵倉庫から鐘が三度鳴った。
火ではない。落下でもない。中に閉じ込められた者が、扉を開けてほしい時の合図だ。
結人たちが駆け込むと、塩魚の箱の間でソアンが身体を丸めていた。腰にはORIGOの帯。雨で濡れた留め具が倉庫の冷気で凍り、指を掛ける輪まで固まっている。
「腹が痛い。外したい」
ソアンは自分で輪を引いた。動かない。
帯は保温に成功していた。肌との隙間へ暖かい空気を残し、彼の身体は冷え切っていない。だが、腹が張り、吐き気があるのに、自分の意思で外せない。
「赤糸を切ります」
結人が鋏を入れようとすると、氷で布が硬くなり、刃先が滑った。ソアンの腹へ触れそうになる。
「動くな」とセラ。
「動いてない!」
「結人に言った」
セラは鋏を置き、指で凍った留め具を探った。ガルドが温石を持ってくる。急に熱すれば、冷えた骨輪が割れて内側へ飛ぶ。少しずつ温める時間が要る。
ソアンの呼吸が速くなる。
「外れない。外れない」
その言葉が倉庫の壁へ戻り、本人をさらに追い詰めた。
結人は自分の腰の布を外した。寒気が肌へ刺さる。布を細く裂き、ソアンの手へ握らせる。
「これを引いてください」
「何になる」
「僕の布が外れます」
「お前のを外してどうする」
「自分で誰かの服を止められる感覚を、先に思い出して」
ソアンは意味が分からない顔をした。それでも布端を引いた。結人の覆いが肩から落ち、慌てて押さえる。倉庫の作業員がこんな時なのに吹き出した。
ソアンも一瞬、呼吸を忘れて笑った。
その間に、セラが非常糸へ針を通した。表から切れないなら、内側へ細い糸を渡し、本人の手で引き抜ける道を作る。
「右手で、これを引け」
ソアンが引く。
凍った外側ではなく、内側の縫い目がほどけた。帯が二つに開き、床へ落ちる。
彼はそのまま箱の陰へ走った。皆が背を向ける。少しして、深いため息と、水を流す音がした。
命に関わる怪我ではなかった。それでも、戻ってきたソアンの顔は青い。
「温かかった」と彼は言った。「だから、外せないのが余計に怖かった」
結人は床の帯を拾う。保温は成功。荷重分散も成功。非常糸だけが、濡れて凍るという一つの条件で役に立たなくなった。
完成済みの三十七本が、頭に浮かぶ。
「全部、回収します」
ローデンが声を荒らげた。「明日の荷下ろしはどうする」
「使えません」
「怪我人はいない」
ソアンが先に答えた。「俺が外したいと言って、外れなかった」
それで十分だった。
翌朝、三十七人が帯を返しに来た。文句を言う者もいた。昨日うまく働いたのに。黒紋商会へ負ける。賃金が減る。
結人は一つずつ受け取り、何も説得しなかった。
セラは掲示を二段へ分けた。使用可、零。修理待ち、三十七。
戻った帯は名札を残して棚へ並べる。腰の支えも、本人が選んだ飾りも捨てない。結人は凍った留めだけを外し、三十七人ぶんの修理順へ置いた。
作業台には、凍ったままの留め具が一つ残った。
昼になって氷が溶けると、本人が引く輪は何事もなかったように軽く動いた。結人はそれを見て、余計に腹が立った。




