第50話 雨の荷下ろし
十八日目の夕方、穀物船が雨雲を連れて入港した。
袋を濡らせば、冬の備蓄が黴びる。空が割れたような雨の中、二十四人の荷役人がORIGOの帯を着け、船と倉庫の間へ並んだ。
「今日は試験じゃない」とエナが言う。「濡らした数だけ、街の飯が減る」
結人は桟橋の端へ立ち、帯ではなく足元を見る。水が板の溝を埋め、歩くたび泥が跳ねる。雨に強い留め具はまだ完成していない。赤い非常糸が水を吸えば、切れる時刻も変わる。
最初の袋をバシュが担いだ。
両脇の支えが重さを腰へ落とす。踵を踏ん張ると、帯が一拍遅れて締まった。濡れた布が身体へ貼りつかないよう、骨の輪が肌との隙間を保っている。
「遅い!」船上から声が飛ぶ。
二袋目。三袋目。
リコは左腿へ支えを移し、三歩ずつ下がる。水たまりを避けるたび、帯の外側へ付けた赤い貝殻が鳴った。仕事中の飾りをセラは嫌がっていたが、雨の中では音が合図になる。
トリオは荷を持たず、非常糸だけを見る。若い作業員が足を滑らせると、袋より先に補助縄を切った。小麦が一袋、板へ落ちる。人は落ちない。
結人は何度も手を出しかけ、そのたびエナに肩を押し戻された。
「今は見る」
「脇が擦れてます」
「本人が止める」
バシュは十往復目で一穴外へずらし、再び袋を担いだ。結人が直さなくても、自分で変えられる。
雨は強くなる。
黒紋商会の帯を使う隣の列は、着脱が速く、歩調も揃っていた。ORIGOの列は歩幅も飾りもばらばらだ。それでも、船から倉庫へ袋が途切れず流れる。互いの速さを真似ず、危ない者がいれば、その前後だけが止まる。
最後の十袋になった時、船員が数を叫んだ。
「九、八、七――」
誰かが笑い、港じゅうで声が重なる。
残り一袋を、エナが担ごうとした。右肩へ上げられず、腰型へ支えを替える。結人は見守った。彼女は雨の中を歩き、倉庫の敷居で一度止まり、自分の左手で帯を外した。
鐘が鳴る。
二百四十袋。濡れて駄目になったのは、板へ落ちた一袋だけ。怪我人はゼロ。
結人は屋根の下へ入った途端、膝が抜けた。素肌の守りを持たない身体は、雨を全部受けている。唇が震え、セラが無言で乾いた天幕を肩へ掛けた。
「先に自分を乾かせ」
「帯を――」
「帯は明日もある」
港の食堂では、二十四本の帯が椅子へ掛けられた。泥だらけで、灰色だった面影がない。作業員たちは壊れた場所を競うのではなく、誰の飾りが最後まで残ったかで賭けをした。
優勝はリコの赤い貝殻だった。
バシュが酒杯を結人へ押しつける。「百本できたら一口と言ったな」
「まだ二十四本です」
「今日、二百四十袋だ」
「単位が違います」
「港では重い方が勝つ」
結人はほんの一口飲み、すぐ咳き込んだ。食堂が沸いた。
カシウスも遅れて入ってきた。黒紋の列は三百十袋を運んでいる。数字ではまた負けた。それでも彼は、椅子に掛かったORIGOの帯を一本持ち上げた。
「この貝殻、雨の中で合図になりました」
リコが胸を張る。「私の発明」
「買い取りたい」
「嫌。自分で考えろ」
カシウスは断られて、少し楽しそうに笑った。
その夜、二十四人は帯を食堂へ置いて帰らなかった。自分の腰へ巻き直し、雨上がりの道を歩いた。
結人は一番後ろから、泥で汚れた二十四色を見送った。
角を曲がる直前、リコの赤い貝殻が一度だけ鳴った。




