第49話 二つの入札
十六日目、港湾庁は会議室を使わなかった。
採点板を第五桟橋へ立て、黒紋商会とORIGOの試作品を同じ雨空の下へ並べた。働く場所で比べなければ意味がない、とエナが言ったからだ。
最初の試験は、着けるまでの速さ。
黒紋商会の帯は箱から出し、腰へ回し、輪を引くだけで終わる。新人でも十息。ORIGOは支えを選び、穴を合わせ、非常糸の位置を確かめる。慣れたリコでも三十息かかった。
板へ数字が刻まれる。
黒紋、一点。ORIGO、零。
次は価格。黒紋の一本は、ORIGOの半分より安い。修理部品を含めても届かない。
黒紋、二点。ORIGO、零。
結人は唇を噛んだ。分かっていた数字なのに、人前へ並べられると腹へ刺さる。
三つ目は、自分で外せるか。
黒紋の帯は一度で外れた。ORIGOも外れた。だが、片手だけ使う条件ではエナがORIGOを先に外し、黒紋は輪の位置へ指が届かなかった。
両方へ一点。ORIGOには追加の印が一つ付く。
四つ目は修理。
ローデンが二本の帯を同じ刃で切った。黒紋は交換用の筋を熱で貼り直し、二刻。ORIGOは壊れた支えだけ外し、マルタが新しい部品を縫い、半刻で戻した。
初めて、ORIGOの欄へ大きな丸が入る。
港の作業員から声が上がった。結人は思わず拳を握る。カシウスは拍手した。形式ではなく、本当に速さを認めた顔だった。
最後は、規格に合わない身体。
右肩を上げにくいエナ、片脚の長さが違う老荷役人、腰の光が不安定で補助膜を長く貼れない若者が前へ出る。黒紋はその場で三種類の追加部品を出した。ORIGOは、既に本人と作った支えへ差し替える。
黒紋は一人を十五分で使える状態にした。ORIGOは三人ともすぐ動けたが、事前に何日も見ている。
「どちらが勝ちですか」とローデンが問う。
作業員たちの答えは割れた。
その時、桟橋の入口が騒がしくなった。エリアーヌが護衛を連れて来たのだ。王の赤い紋が曇天の下でも遠くから分かる。
結人は一瞬、助かったと思ってしまった。
彼女がORIGOの第一着を着たことを皆が知っている。王命でなくても、一言あれば空気は変わる。
エリアーヌは採点板を見て、結人と目を合わせた。彼の期待に気づいたらしい。
「私は見学に来た」
「意見は」
「港で使う物を、王宮が選べば楽か?」
返事はできなかった。
彼女は最後まで板の後ろへ立ち、何も加点しなかった。帰る時だけ、結人の横を通り、小声で言う。
「私に選んでほしかった顔だな」
「少しだけ」
「嘘だ。かなりだ」
図星だった。
最終採点の条件には、もう一つ空欄が残った。荷台が傾いた時の離脱訓練と、勤務中に自分で止められた記録だ。ローデンは、空樽と砂袋を使う訓練日を板へ書いた。
「事故を起こして比べるつもりはない。訓練中も、危なければ採点より先に止めろ」
エナがその欄へ自分の印を置いた。
夕方、採点板は桟橋へ置かれたままになった。黒紋が先行。ORIGOは修理と個別対応だけで勝つ。
結人は自分の欄を眺め、負けている場所を全部覚えた。エリアーヌが振り返らず帰る背中も、同じくらい長く見ていた。




