第113話 服を着ない最終幕
河岸に三つの小舞台が灯った。
中央の大看板はなく、川沿いの木札へ小さく場所だけが書かれている。客は最初、どこが始まりか分からず立ち止まった。案内役は「好きな音の方へ」とだけ言う。
上流からはラナの鈴。中ほどではテオの台詞。下流の鍛冶場から鉄槌が響く。三つの音が重なる場所もあれば、川の流れしか聞こえない場所もある。
結人は人が少ない舞台へ客を誘導したくなった。だが、見られない時間も本人が選んだ舞台の一部だと、案内札を持ったまま踏みとどまった。
石舞台ではラナが身体装飾だけで踊り、少し離れた天幕ではテオが裂けた衣装で短い芝居をする。鍛冶場ではボルが紫の房を振り、鉄槌を打った。
出演順はない。
観客は川沿いを歩き、好きな場所で止まる。
一人で全部を見る者はほとんどいない。ラナの踊りだけ三度見る老女、テオの天幕で本当に眠る旅人、鍛冶場の音を怖がって上流へ戻る子ども。
貸衣装棚は河岸の中ほどに置かれた。借りた布をその場で外し、別の人へ渡す者もいる。マヤは何も着ないまま案内し、途中で寒くなると赤布を肩へ掛けた。誰も理由を尋ねない。
ユナは、売上ゼロの日に返品棚から借りたマリエの桃色の服を腕に抱えて来た。最後まで着なかったが、欠け鏡の前へ一度だけ置き、自分の名前と並べて見た。ノアは近くにいても、似合うとも惜しいとも言わなかった。服を着た人、色膜だけの人、裸身の人が同じ道を行き交い、同じ舞台でも見る時刻によって違うものが現れる。
エリアーヌは淡緑の飾りを付けて来た。
結人が作った一着だと知る者は少ない。王家の深紅を隠さないため、匿名にはなれない。それでも彼女は護衛の列から外れ、自分で見る舞台を選んだ。
最初に向かったのはテオではなく、ボルの鍛冶場だった。紫の房へ煤が積もるたび笑い、鉄槌を一度持たせてもらう。重さに腕が落ち、周囲が慌てると「女王にも持てない物がある」と楽しそうに言った。
結人は遠くから見ていた。自分の服を着た彼女が、自分の用意していない時間を過ごしている。それが少し寂しく、同じくらい嬉しかった。
王家の深紅は隠していない。人々は一度跪きかけ、彼女が首を振ると、少し迷って祭りへ戻った。
テオの芝居では、衣装が予定どおり一度裂けた。客は知っていても、裂け目から顔を出すと笑った。同じ失敗が、彼の技になっている。
ラナの舞台へ、服を着た子どもが飛び入りした。ラナは脱げとも言わず、子どもの布の動きへ腕を合わせる。
黒紋商会は無料色膜を配ったが、カシウスは宣伝台を置かなかった。欲しい人が受け取り、使わない人の道も空いている。
結人は注文札を持たず、一晩を客として歩いた。壊れた留め具だけ直し、それ以外は手を出さない。ノアと同じ場所にいても、互いの仕事へ口を挟まなかった。
祭りの最後に、全員が一か所へ集まる演出はない。
終幕の鐘もなかった。ラナは踊り疲れた時に止め、ボルは火床が冷えた時に房を外した。テオの芝居だけは最後の台詞があったが、本人が噛んでやり直したので、どちらが終わりか客には分からない。
人々は自分の見たいものを見終えた順に食堂へ流れた。誰か一人の成功で夜を閉じない祭りは、終わった時刻までばらばらだった。
河岸の食堂が大鍋を出し、出演者も観客も順番に椀を受け取った。テオは食べる前に寝落ちし、ボルは紫の房へ煮汁をこぼす。
「直さないの?」とアミ。
結人は針へ伸びた手を止める。
ボルが汚れを眺め、「この色も悪くない」と笑った。
エリアーヌは淡緑の飾りを外し、長机の中央へ置く。ラナの鈴、テオの裂け布、子どもの留め具も並んだ。誰の物を中心にするか決めず、帰る時に本人が持っていく。
結人には、偽物の青石だけが戻ってきた。
「なぜ僕に」
「預かっていたでしょう」とエリアーヌ。
「もう一着、作る約束でしたか」
「今夜は約束を増やすな」
焦げたパンが回ってくる。ノアが一番大きい欠片を取り、テオが寝たまま伸ばした手に小さい方を載せた。
河岸には順位札も優勝旗もなかった。
朝まで残ったのは、空の椀と、誰かが忘れた片方の骨輪だけだった。




