第112話 誰にも見られなくても
川辺の朝、ノアは三人へ同じ質問をした。
質問する前に、彼女は答えを書き留める紙を三色用意した。ラナには踊り、テオには主役、ボルには妻を思う紫。以前の観察なら、もう答えは分かっている。
ノアは紙を全部裏返した。
「今日は、私が知ってるつもりの答えを使わない」
テオが欠伸をし、「朝から重い」と川石へ寝転がった。
ラナ、テオ、鍛冶師ボル。祭典で多く見られた三人だ。
「誰にも見られなくても、何をしたい?」
ラナは考えず「踊る」と答えた。
テオは長く黙り、「眠る」と言った。
ボルは紫の房を持ち上げる。「派手な色を着て、鉄を打つ」
答えは揃わない。
ラナにとって踊ることは、人へ見せる前から身体を確かめる行為だった。テオは舞台が好きだが、誰にも見られないなら寝たい。ボルは派手な房を着けたまま、誰もいない鍛冶場で妻の鈴を鳴らしたい。
「三人とも、自分らしく」と結人がまとめかける。
ノアは紙を丸め、彼の額へ投げた。
「今、また同じにした」
「大きく言えば」
「大きくするな。三人分のまま持って」
結人は三枚の申込札を別々のポケットへ入れた。
以前のノアなら、三つに共通する欲を探し、祭典の主題へまとめていた。今は紙を三枚、離して置く。
結人は小さな舞台を分ける案を出した。
一つは観客のいない早朝に踊れる川石。二つ目は衣装を着たまま眠れる天幕。三つ目は鍛冶場の音へ房を合わせる場所。
「一つの祭典ではなくなります」とミラ。
「一つである必要、ありますか」
費用も人手も増える。観客が分かれ、売上も読みづらい。けれど大舞台で同じ順番へ並べるより、それぞれが自分の場所を持てる。
ラナは朝の石へ上がり、見物人がいないうちから踊った。テオは天幕で本当に眠り、予定を一刻過ぎる。ボルは鍛冶場で紫の房を煤だらけにし、鉄槌へ鈴を合わせた。
結人は最初、三か所を巡回する予定表を作った。だがラナの踊りを途中で抜け、眠るテオを起こし、ボルの房を汚れないよう直す自分が目に浮かぶ。
彼は川辺に残った。観客のいないラナの踊りは、舞台用より小さく、途中で何度も止まる。鳥の声へ腕を変え、足裏の石を避ける。見られていないから自由なのではなく、見せる相手が自然に変わっていた。
ノアは鍛冶場へ行き、結人は最後まで一つの場所だけを見た。全部を見届けなくても、祭典は進んだ。
ノアは三か所を走り回らなかった。全部を見届ける役を引き受ければ、また自分が中心になる。
「私はどこへ行けばいい」と結人へ尋ねる。
「見たいところへ」
彼女はボルの鍛冶場を選んだ。理由は、紫が煤で何色になるか見たいから。誰かのためではない、自分の興味だった。
次の申込札から、審査順位と主舞台の欄が消えた。
紙を作り直す役人は、順位がなければ助成金を配れないと困った。ミラは一つの舞台へ順位を付ける代わりに、必要な場所と時間へ費用を分ける表を作る。祭典の形が変われば、帳簿の形も変えなければならなかった。
代わりに、場所、時間、見られたい相手、見られなくても続けたいことを書く欄ができる。
テオの欄だけは空白だった。
「眠るって書いたら、客が来るだろ」
彼は紙を裏返し、天幕の奥でまた眠った。




