↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
110/116

第110話 売上ゼロの日

返金窓口には、広場を一周する列ができた。


硬貨が足りず、王宮の金庫から届くまで二刻かかった。待てない旅人には、宿代と一緒に後日返す札を渡す。ミラは名前を一つずつ確認し、同じ券を二度出した男も追い返さず、記録を照らして説明した。


列の横で、露店主たちは売れ残った食べ物をどうするか口論していた。無料で配れば仕入れが戻らない。捨てればもっと損だ。食堂主が最初の鍋を舞台へ運び、「食べた者は、払える日に払え」と札を置く。善意を美談にする余裕はなく、帳面だけは残した。


ミラと劇場職員が一人ずつ硬貨を返し、ORIGOの売上札は正午までにゼロへ戻った。スポンサー料も消え、貸衣装棚の積立まで差し押さえられる。


舞台では、帰らなかった客がアミの布箱を囲んでいた。


レオが代役衣装を箱へ戻し、自分の普段の身体で台詞を始めた。途中で言葉を忘れると、客席の老婆が続きを教えた。ラナは銀粉を持っていない人へ、水だけで肩へ線を引く。


ユナは父と来ていた。ノアの診断で外された少女だ。鏡のない舞台で、返品棚から自分で選んだ、マリエの桃色の服を手に持つだけで歩く。着るかどうかは最後まで決めなかった。それでも父は拍手し、ノアは客席の端で頭を下げた。


誰かが拍手の場所を決める装置はない。音は遅れ、途切れ、また別の場所から始まった。


出演者だけが歩く白線を消し、客も好きな場所へ上がる。服を着る人、色膜だけの人、裸身の人。テオは杖で歩き、跳ばずに台詞を読む。ラナは客の肩へ銀粉を一筋ずつ引いた。


結人は注文台を出さなかった。


壊れた留め具、裂けた裾、濡れた布を直すだけ。代金を差し出されても、今日は受け取らない。


「商売人として最悪です」とミラ。


「分かっています」


「褒めていません」


彼女も返金台を離れ、子どもの外れかけた留めを一度だけ直した。


午後、空いた席を人々が勝手に動かし、小さな舞台をいくつも作る。


金札の付いた前列椅子も、後方の古い椅子も混ざった。金札を買った客が、自分の椅子を子どもの舞台へ運ぶ。別の客は「高く払ったのに」と動かさず、その場で一人だけ座り続けた。


結人はどちらも説得しなかった。空いた場所へ低い木箱を並べ、座れない人には壁際の縄を張る。祭典を一つの正しい姿へ直すより、その場の困り事を小さく直す。


午後だけで、修理した物は十九。新しく作った服はゼロだった。ボルは鍛冶場の鈴を教え、カナはポケットの中身だけを見せる会を始めた。黒紋の色膜を使った人たちは、剥がした色を紙へ押して絵にする。



夕方、食堂の主人が余った煮込みを鍋ごと持ってきた。返金で硬貨を使い切った客も、出演料を失った役者も、同じ列へ並ぶ。


結人は修理台の下で、今日一度も新しい服を作っていないことに気づいた。何も生み出していないのに、肩の力が少し抜けている。


「売上、本当にゼロ?」とテオ。


ミラが帳簿を見せる。


「正確には、大赤字です」


笑いが起きた。


帰った客の空席は最後まで埋まらなかった。暗幕の掛かった鏡も、そのままだった。


その横で、知らない者同士が一つの布を広げ、左右から違う結び方を試していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。