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105/116

第105話 見られない部屋

ノアの私室では、鏡がすべて伏せられていた。


壁の大鏡には布、机の手鏡は裏返し。水差しの銀面にまで灰が塗られている。


結人が訪ねると、ノアは一人で黄色い布を肩へ掛けていた。


部屋へ来るまでに、結人は謝罪の文を五つ考えた。売上のために診断表を使おうとしたこと。ノアを必要な役割としてしか見なかったこと。彼女が戻らない可能性を受け入れられないこと。


扉の前で全部忘れ、手土産の焼き菓子だけを差し出した。ノアは「謝る人が甘い物を持つと、許す側が食べづらい」と言いながら一つ取った。


床には、黄色、黒、桃、灰、透明に近い薄布が輪になっていた。どれも鏡へ映すためでなく、触った時に自分が落ち着くかを試した跡だった。鏡を使わず、目を閉じて位置を変える。


「似合っています」


「見た瞬間に言わないで」


結人は謝り、入口へ座った。


ノアは黄色を外し、黒、桃、何もなし、と順に試した。他人が見ていないと、自分が何を選びたいのか分からないという。


黒は安心するが、仕事の時の自分に戻る。桃はマリエの返品衣を思い出す。何もなしは普段どおりなのに、「何も選ばなかった」ようで落ち着かない。


「私は、人の目がないと選べないのかもしれない」


「それも一つの選び方では」


「すぐ楽にしないで」


結人はまた口を閉じた。ノアが困っている姿を見ると、解決案を出すことで自分の居場所を作りたくなる。今日は、その役を持ち込まないために来た。


「戻ってほしいです」


口に出しかけ、結人は飲み込んだ。


ノアは背を向けたまま言う。「今、何をやめたの」


「謝りに来たのに、自分の困り事を先に渡すところでした」


「半分は正解」


「残りは」


「正解を探してる」


結人は説明をやめた。返品された桃色の服。無断で売られた診断表。店の売上を守るため、彼女の方法を直して使おうとしたこと。一つずつ話す。


「分かりました、とは言わないの?」


「分かった顔をするのが早いと言われたので」


ノアは少し笑った。


「謝れば、私があなたを許す役になる」


「許してもらうために来た部分もあります」


「正直ね」


長い沈黙の後、ノアは黄色い布を結人へ渡した。


布は温かかった。ノアが何度も肩へ掛けていたため、薄い繊維に体温が残っている。


「これは好きだから選んだ?」


「まだ分からない。でも、黒より長く触っていられた」


結人は色の意味を尋ねず、折り畳んだ。以前なら、黄色は好奇心、回復、外へ出たい気持ちだと理由を付けていたかもしれない。今日はただ、次の公演で使えるよう皺を伸ばした。


「最終公演だけ手伝う。戻るとは言わない」


「条件は」


「私が答えを決めない。あなたも決めない。着る人が途中で変えても、失敗扱いにしない」


結人は頷き、すぐ注文札を出そうとして手を止めた。


ノアはその動きを見ていた。


「少し遅くなった」


褒められたのかは分からない。


帰り際、伏せられた鏡の一枚へ結人の足が当たった。布がずれ、二人の顔が半分ずつ映る。


ノアは鏡を戻さず、そのままにした。

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