第101話 盗まれた姿
南座の倉庫から、テオの姿勢支えが消えた。
倉庫の錠は壊されていない。棚の番号札も、支えを包んだ布も元の場所にある。中身だけが抜かれ、代わりに安い木の輪が置かれていた。
テオは最初、劇団員の悪戯だと思った。だが木輪には、彼が跳ぶ前に二度足を擦る癖を示す刻みが入っている。その癖を知る者は、舞台袖で何度も見た仲間か、支えの動作を記録した黒糸だけだった。
結人は全員の持ち物を調べると言い、テオに止められた。
「仲間を先に犯人にするな」
「支えがなければ、今夜の舞台に出られません」
「だから急いで、間違えるな」
跳ぶ直前だけ背中と腰を支え、着地で右足へ重さが偏らないよう何度も直した一点物だ。半年の稽古で何度も直し、本人の癖へ合わせてある。
同じ夜、川向こうの小劇場に「テオ」が現れた。
顔も背丈も違う男なのに、舞台へ立つと左肩を落とし、右足を二度擦る。腰の支えに混じった黒糸が、テオの動作を薄く再現していた。遠い客席からは本人に見え、拍手が起こる。
本物のテオは後方席で見ていた。
隣にはミナが座った。偽物の最初の一歩で、彼女はテオではないと気づいたという。
「どこが違う?」
「歌う前、あなたは一度、客席を嫌う顔をする」
舞台上の男は最初から客を愛しているように笑っていた。支えが動作を写しても、舞台へ出る直前の怖さまでは持っていない。
それでも大半の観客は気づかない。ミナが気づいた事実はテオを慰めず、むしろ自分を知る人が一人しかいないように感じさせた。
「俺じゃなくても、同じ音が出るんだな」
結人は出口を塞ごうとした。配信石の記録、工房の購入札、黒糸の出所。犯人を追う手順が頭へ並ぶ。
その間にテオは劇場を出た。
川岸で追いつくと、彼は右足を引きずっていた。支えを失ったまま稽古を続けたため、右のふくらはぎが張っていた。
「取り返します」
「戻ったら、俺はまた俺になるのか」
「服が全部ではありません」
「客は気づかなかった」
結人は正しい励ましを探し、やめた。
二人は河岸の石段で、新しい動きを試した。
雨の後で石は滑り、支えのない右足へ痛みが走る。結人は何度も腰へ手を伸ばし、何もないところで止めた。
テオは、自分が盗まれた動きをわざと繰り返した。左肩を落とし、右足を二度擦る。身体へ染みついた癖は、道具を盗まれても残っている。
「これを捨てたら、盗んだ奴に負けたみたいだ」
「残したら、同じに見えます」
「だから別の始まりを足す」
座ったまま客を見る動きは、足の痛みから生まれた。格好よくはなく、最初の三回は転んだ。四回目、河面に映った姿が、偽物の立ち姿よりずっと小さく見えた。
テオはそれを気に入った。跳べないなら、跳ばずに落ちる。右足を二度擦る癖を捨て、座った姿勢から客を見上げる。テオは何度も尻を打ち、最後には笑いながら起き上がれなくなった。
翌夜、偽物は同じ支えで同じ跳躍を見せた。
その途中、本物のテオが客席から立つ。何も着けず、ゆっくり舞台へ上がり、腰を落として観客を見上げた。
二人の動きは、もう似ていなかった。
客席がざわめく。偽物の男は逃げ、支えだけが舞台へ残る。黒糸の一部は切り取られていた。
結人は取り戻した道具をテオへ渡した。
テオはすぐ腰へ巻かず、手で重さを確かめる。
「明日は使うかもしれない」
「今日は?」
「今日は、自分の足がどこまで痛いか知って帰る」
支えの内側には、本人が覚えのない小さな結びが一つ増えていた。




