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8/10

生まれて初めての『お誕生日』と、お父様の秘密の復讐


王宮のお茶会で、意地悪なマリアンヌとゴードン伯爵を、お父様(オブシディアン公爵)がコテンパンにやっつけてから、数日が経ちました。


お屋敷の中は、なぜか朝からとてもバタバタと忙しそうでした。


メイドさんたちが廊下を早足で歩き回り、キッチンからは甘くていい匂いが一日中漂ってきます。


お庭では、庭師の人たちが色とりどりのお花をたくさん運んで、玄関や階段を綺麗に飾り付けていました。


「アンナさん、今日はお屋敷で何かのお祭りがあるの?」


私が不思議に思ってメイド長のアンナさんに尋ねると、アンナさんはニコニコと満面の笑みで答えました。


「ふふっ、リリアお嬢様。お祭りよりもずっとずっと、大切で素晴らしい日ですよ。だって明日は……お嬢様が八歳になられる、『お誕生日』なのですから!」


「……えっ?」


『お誕生日』


その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が、ドクンッ、と嫌な音を立てました。


さっきまでポカポカと温かかった手足が、急に氷のように冷たくなっていきます。


「おたんじょう、び……」


私の頭の中に、思い出したくもない過去の記憶が、黒い渦のように広がっていきました。


孤児院にいた頃、私が「今日、私のお誕生日なんだ」と小さな声で言った時。院長先生は私を思い切りぶって、こう言いました。


『お前みたいな捨て子の誕生日なんか祝うか! 生まれてきただけでも迷惑なんだ、地下室で反省してろ!』


そう言って、一日中、真っ暗な地下室に閉じ込められました。


そして、二度目の人生の時。


貴族の養女になって迎えた、十七歳のお誕生日。その日は、みんなが私をお祝いしてくれるはずの日でした。


でも、その誕生日のパーティーの席で、あの偽物の聖女・マリアンヌが「リリアに毒を飲まされた!」


と嘘をつき、私はみんなの前で『国を裏切った悪女』として捕まり、そのまま冷たい牢屋に入れられて、処刑台へと送られたのです。


私にとって、お誕生日は「お祝いの日」ではありません。


一番怖いことが起きる、呪われた日でした。


「いや……っ、こわい……っ」


私はガタガタと震え出し、両手で耳を塞いで、その場にしゃがみこんでしまいました。


「リリアお嬢様!? どうなさいましたか、お顔が真っ青です!」


アンナさんが驚いて駆け寄ってきましたが、私の耳には、処刑台のギロチンが落ちる『ガタンッ!』という恐ろしい音と、群衆の罵声ばかりが響いていました。


「リリア!!」


バンッ! と廊下の奥のドアが開き、大きくて力強い足音が駆け寄ってきました。


お父様です。お父様は、震えて丸まっている私を、その大きな腕でごとっと包み込み、優しく抱き上げました。


「どうした、リリア。どこか痛いのか!?」


「お父様……っ、わたし、お誕生日なんていらない……っ! お誕生日がきたら、また地下室に閉じ込められるの……! みんなにバケモノって石を投げられるの……っ! だから、いやぁっ……!」


私が泣き叫ぶと、お父様はハッとして、悲しそうに金色の瞳を揺らしました。


「……そうか。孤児院で、あいつらはリリアの誕生日すら祝わず、いじめていたのか……」


お父様は、私の背中を大きな手で何度も何度も撫でてくれました。


「リリア。すまなかった、お前がそんなに怖い思いをしていたとは知らずに、驚かせてしまったな。

……だが、聞いてくれ」


お父様は、私の涙で濡れた顔をそっと拭い、まっすぐに見つめました。


「明日のお誕生日は、お前を傷つけるための日じゃない。五年前、誘拐されて行方不明になっていた私の『本当の娘』が、無事に生きて八歳を迎えてくれたことを、神様に感謝するための日なんだ」


「かみさまに、かんしゃ……?」


「そうだ。私はお前が生まれてきたことが、生きていてくれたことが、何よりも嬉しい。だから、怖いことなんて絶対に起きない。明日、私が必ず、お前の『お誕生日は怖い』という記憶を、世界で一番幸せな記憶で上書きしてやる。……私を信じてくれるか?」


お父様の低くて力強い声と、真剣な顔。


大人は嘘つきだと思っていたけれど、お父様のこの温かさだけは、絶対に本物だと知っています。


私はしゃくりあげながら、小さく「……うんっ」と頷きました。


***


その日の午後。


まだ少し元気がない私の手を引いて、ルークがお屋敷のお庭の奥にある『ガラスの温室』へと連れ出してくれました。


「リリアお嬢様。少し、外の空気を吸いましょう」

温室の中に入ると、そこはまるで魔法の国でした。


赤や青、黄色といった色とりどりの花が咲き乱れ、中には、星のように淡い光を放つ不思議な植物もたくさんあります。


甘くて優しいお花の香りが胸いっぱいに広がって、私のこわばっていた心をフワリと軽くしてくれました。


「うわぁ……綺麗……」


私が目をキラキラさせていると、ルークが私の前にスッとひざまずきました。そして、騎士の制服のポケットから、小さなベルベットの箱を取り出しました。


「明日はお屋敷中がバタバタするので、俺からのプレゼントは、今日、お嬢様に直接お渡ししたかったんです」


パチン、と箱が開けられると、中に入っていたのは、キラキラと輝く美しい銀色のヘアピンでした。


先っぽには、ルークの瞳と同じ、透き通った深い水色の宝石サファイアがついています。


「ルーク……これ……」


「俺のお給料で買った、初めての贈り物です。この青い宝石は、『守護しゅご』の意味を持っています。リリアお嬢様がどんな怖い夢を見ても、過去の悲しい記憶に泣きそうになっても……この宝石が、俺の代わりにお嬢様を守る盾になりますように」


十歳とは思えないほど大人びた、でも少しだけ照れくさそうなルークの顔。


私は胸の奥がキュゥッと熱くなって、ポロポロと涙がこぼれました。悲しい涙ではなく、嬉しくて温かい涙です。


「ありがとう、ルーク……っ。私、これ、ずっとずっと大切にするね!」


私がヘアピンを胸に抱きしめて笑うと、ルークは世界で一番優しいお兄ちゃんの顔をして、「はい。あなたのその笑顔を守るのが、俺の生涯の使命ですから」と微笑んでくれました。


***


――その日の夜。


お屋敷が静まり返った頃、王都の裏通りにある、薄暗くて汚い地下の隠れ家に、地響きのような恐ろしい足音が響き渡っていました。


ドガァァァァンッ!!!


分厚い鉄の扉が、まるで紙切れのように蹴り破られました。


「ひぃっ!? な、なんだ貴様ら!!」


隠れ家の中にいたのは、黒いマントを着た怪しい男たちと、その中心でふんぞり返っていた、太ったタヌキのような悪い貴族・ザリウス男爵でした。


土煙の中からゆっくりと姿を現したのは、真っ黒な軍服を着て、怒りで金色の瞳をらんらんと光らせた、オブシディアン公爵(お父様)と、側近のレオンたちでした。


「お、オブシディアン公爵……っ!? なぜ、貴様がこんな所に……!」


ザリウス男爵は顔を真っ青にして後ずさりしました。


このザリウス男爵こそが、五年前、お父様をねたんで盗賊を雇い、お屋敷を襲わせて「赤ん坊だったリリア」を誘拐し、孤児院に売り飛ばした『本当の黒幕』だったのです。


お父様の命令で徹底的に調査をしていたレオンが、ついにこの隠れ家を突き止めたのでした。


「なぜここがわかったか、だと?」


お父様は、まるで地獄の底から響くような声で低く笑いました。


『黒曜石の悪魔』と呼ばれる本気の殺気が部屋中を満たし、ザリウス男爵に雇われていた悪党たちは、お父様が剣を抜くことすらなく、その恐ろしいオーラだけで全員が泡を吹いて気絶してしまいました。


「ひぃぃぃぃっ! ば、バケモノめ……っ! くるな、私に近づくなぁぁっ!」


腰を抜かして逃げようとするザリウス男爵の首根っこを、お父様は大きな手でガシッと掴み、軽々と宙に吊り上げました。


「よくも……よくも私の愛する妻の命を奪い、私の大切な娘を五年もの間、あのような冷たい地下室で泣かせてくれたな」


「ぐぇっ……! ゆ、ゆるし……っ」


「許すわけがなかろう!!」


お父様の怒鳴り声で、地下室の壁にピキピキとヒビが入りました。


「明日、私の可愛い娘が『八歳』の誕生日を迎える。お前のようなゴミのせいで、あの子は誕生日すら怯えるようになってしまった。……あの子の明日からの未来に、お前のような薄汚い影は一ミリたりとも残さない。貴様の財産はすべて奪い、一生、日の当たらない本物の牢獄で地獄の苦しみを味わわせてやる!!」


「あ、あああぁぁぁ……っ!!」


ザリウス男爵は完全に絶望し、白目を剥いて気絶しました。


こうして、リリアを苦しめていた過去の悪い大人たちは、リリアの知らないところで、お父様という『最強の盾』によって完全に一掃いっそうされたのでした。


***


そして、次の日の夜。


「リリアお嬢様、準備ができましたよ」


アンナさんに手を引かれて、私が大きなお屋敷のパーティー会場の扉を開けると――。


「うわぁ……っ!」


私は思わず、両手で口を覆いました。


天井には星空のようにキラキラと光るシャンデリア。


壁には、温室から運ばれた何千本もの美しいお花が飾られています。


部屋の真ん中には、私よりも背が高いかもしれない、大きな大きな三段重ねのイチゴのケーキがありました。


私が着ているのは、雪のように真っ白で、フリルがたっぷりの特別なドレスです。


サラサラになった銀色の髪には、昨日ルークがくれた水色のサファイアのヘアピンがキラリと輝いていました。


「リリア!」


お父様が、満面の笑みで両手を広げて待っていました。


いつも怖い顔のお父様が、今日は信じられないくらい優しくて、幸せそうな顔をしています。


ルークも、誇らしげに私のそばに立ってくれました。


「お誕生日おめでとう、リリア。私のもとに生まれてきてくれて、生きていてくれて……本当に、ありがとう」


お父様が私を力強く抱きしめてくれます。


ルークも、「おめでとうございます、俺の大切な妹」と優しく微笑んでくれました。

お屋敷のメイドさんや騎士の人たち、みんながパチパチと拍手をして、「お嬢様、おめでとうございます!」とお祝いの言葉をかけてくれます。


(ああ……)


私は、お父様の温かい胸の中で、ハッキリとわかりました。


お誕生日は、もう怖い日じゃない。


私が生まれてきたことを、みんなが「嬉しい」って笑ってくれる、世界で一番幸せな日なんだ。


「お父様、ルーク、みんな……ありがとうっ!」

私の目から、嬉しくてたまらない温かい涙がポロポロとあふれ出しました。


「私、生きていてよかった。お父様の子どもに生まれてきて、本当によかった……っ!」


私が心の底から『幸せだ』と願った、その瞬間でした。


――ポワァァァァッ……!


私の体から、あの傷を治す時の『白い光の魔法』が、まるで無数の小さな蝶々(ちょうちょう)のようになってフワリフワリとあふれ出したのです。


「えっ……?」


「おおっ……! なんだこれは!」


私の幸せな気持ちから生まれた光の蝶々は、パーティー会場の中をキラキラと飛び回り、飾られていたお花たちに次々と止まりました。すると、つぼみだったお花たちが、光を浴びてポンッ、ポンッと一斉に満開に咲き誇ったのです。


「すごい……! お嬢様の魔法で、お花が咲いたわ!」


「なんて綺麗なんだ。まるで奇跡だ!」


みんなが私の魔法を見て、バケモノと呼んで石を投げるどころか、感動して笑顔で拍手をしてくれます。


私はもう、自分の力が少しも怖くありませんでした。


愛する家族を守るための、そして、みんなを笑顔にするための、神様がくれた素敵な魔法なんだと、心から信じることができたからです。


「さあ、リリア。ケーキのロウソクの火を吹き消すんだ。八歳の誕生日だ、願い事をしながらね」


お父様に促され、私は大きなケーキの前に立ちました。


八本のロウソクの火が、優しく揺れています。


私はギュッと両手を組んで、目を閉じました。


(私の願い事は、ただ一つ。――この大好きな家族と、ずっとずっと、一緒に笑っていられますように!)


「ふぅーっ!」


私が息を吹きかけてロウソクの火を消すと、お屋敷中に割れるような歓声と拍手が響き渡りました。


二度目の人生のトラウマを完全に乗り越え、本当の家族の愛と、自分の力を受け入れた私。


これからは、もう逃げて隠れるだけの女の子ではありません。


お父様とルークと一緒に、幸せな未来に向かって、力強く歩き出していくのです。


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