初めてのお茶会と、お父様の最強の盾
私が「オブシディアン公爵の本当の娘」であることがわかってから、お屋敷の中は毎日がぽかぽかとした春のように温かい空気に包まれていました。
これまでは「捨てられた孤児」だと思っていたから、お父様(公爵様)に嫌われないようにといつもビクビクしていました。
でも今は違います。お父様は毎日、時間が少しでも空くと私を抱きしめに来てくれますし、お兄ちゃんになったルークも、いつも私のそばで優しい笑顔を向けてくれます。
そんなある日のことでした。
お父様が、一通の金色の封筒を持って私の部屋にやってきました。
「リリア。来週、王宮の庭園で、貴族の子どもたちが集まる『お茶会』が開かれる。主催するのは王妃様だ。……お前を、オブシディアン公爵家の正式な令嬢として、皆にお披露目したいと思っている」
『貴族のお茶会』
その言葉を聞いた瞬間、私の肩がビクッと大きく跳ねました。
二度目の人生の記憶が、嫌でも頭の中によみがえってきます。
前の人生で、貴族の養女になってお茶会に出た時、私はいつも一人ぼっちでした。
周りの貴族の女の子たちは、私のパサパサの銀髪や不思議な力を見て「気味が悪い」「孤児上がりのくせに」とヒソヒソと笑い、最後には私に泥水のような紅茶をかけていじめたのです。
そして、私を罠にはめた『偽物の聖女』も、そのお茶会でいつも中心になって私を笑っていました。
「……っ」
私の顔が青ざめていくのを見て、お父様はハッとして、すぐに封筒をテーブルに置きました。
「すまない、リリア! 嫌なら行かなくていい。お前はまだ怖い思いをしたばかりなのに、私が間違っていた。あの封筒は今すぐ燃やしてしまおう」
お父様が慌てて封筒を破ろうとするので、私は急いでその大きな手を両手でギュッと掴みました。
「待って、お父様。……私、行く」
「えっ? だが、無理をする必要は……」
「無理じゃないよ。少し怖いけど……でも、私、お父様の『本当の娘』だもん。ずっとお屋敷の中に隠れていたら、お父様に恥をかかせちゃう」
私がギュッと唇を噛み締めてそう言うと、お父様は泣きそうなほど優しい顔になり、私をふわりと抱き上げました。
「リリア……。お前はなんて強くて優しい子なんだ。だが、決して無理はするな。お茶会には、私も保護者としてついて行く。そしてルークも、お前の護衛騎士として必ずそばに立たせる。誰一人として、お前を傷つけさせはしないからな」
「うんっ! お父様とルークが一緒なら、私、ぜんぜん怖くないよ!」
大好きな家族が守ってくれる。その絶対の安心感が、私に勇気をくれました。
***
お茶会に向けて、お屋敷では私の「ご挨拶の練習」が始まりました。
貴族の女の子は、ドレスを着て綺麗にお辞儀をする『カーテシー(淑女の礼)』ができなければいけません。
「リリアお嬢様、背筋を伸ばして、ドレスの裾を軽くつまんで……」
メイド長のアンナさんが教えようとした時です。
私は、スッと背筋を伸ばし、右足を斜め後ろに引き、両手でドレスの裾をふわりと広げて、白鳥が羽を休めるように優雅に膝を曲げました。
それは、二度目の人生で、悪役令嬢として厳しく叩き込まれた、完璧で美しいカーテシーでした。
「……っ!?」
アンナさんも、見ていたお父様とルークも、目を丸くして固まってしまいました。
「み、見事です……! 王宮のどんなご令嬢よりも、美しくて完璧なご挨拶ですわ! さすが、公爵様の本当のお嬢様です!」
「おお……おおっ! 私の娘はなんと賢いのだ! 天才だ!」
お父様は大喜びで拍手をして、私を高い高いしてくれました。少し恥ずかしかったけれど、前の人生のつらい特訓が、こうして今の私を助けてくれるなんて、なんだか不思議な気持ちでした。
***
そして、いよいよお茶会の当日。
王宮の庭園は、まるで絵本の中の世界のようにキラキラと輝いていました。
色とりどりのバラが咲き乱れ、白いテーブルの上には、三段重ねのケーキスタンドや、宝石のように可愛いマカロン、フルーツたっぷりのタルトが並べられています。
集まっているのは、綺麗に着飾った貴族の男の子や女の子たちと、そのご両親です。
私たちが会場に足を踏み入れた瞬間、ざわめいていた庭園が、水を打ったように静まり返りました。
「見なさい、オブシディアン公爵閣下よ……。相変わらず恐ろしいお顔だわ」
「その隣にいるのが、噂の……」
「なんて美しいの。月の光のような銀髪……まさに、天使だわ」
周囲の貴族たちがヒソヒソと話す声が聞こえてきます。
二度目の人生では「気味が悪い」と言われた私の髪や瞳を、みんなが「綺麗だ」と見とれているのです。
私は、星空のようにキラキラと輝く紺色のドレスを着ていました。
お父様が私のためだけに特注で作ってくれた、世界に一つだけのドレスです。
右手を大きくて力強いお父様に繋いでもらい、左側には、騎士の正装をしたかっこいいルークがしっかりと寄り添って歩いてくれます。
(大丈夫。お父様たちがいてくれるもの)
私は深呼吸をして、堂々と前を向いて歩きました。
しばらくして、お父様は王族の方々へご挨拶をするため、少しだけ離れた場所へ行かなければならなくなりました。
「リリア、すぐに戻るからな。ルーク、絶対にリリアから離れるなよ。もし虫一匹でも近づいたら叩き斬れ」
「はい、養父上。お任せください」
お父様は私の頭を撫でてから、名残惜しそうに歩いていきました。
私とルークが、二人で美味しいイチゴのタルトを食べていた時です。
「あら。あなたが、オブシディアン公爵様に拾われたっていう、孤児上がりの『リリア』ね?」
ツンと鼻につくような、高くて嫌な声がしました。
ビクッとして振り向くと、そこには、派手な金色の巻髪に、目が痛くなるような真っ赤なドレスを着た女の子が立っていました。
(……マリアンヌ……っ!)
心臓が、ドクンッ! と嫌な音を立てました。
二度目の人生で、私に「偽物の聖女」の濡れ衣を着せ、ギロチンに送った張本人。
今の年齢は十歳くらいで、私より少しお姉さんですが、その意地悪そうな吊り上がった目は、前の人生の時と全く同じでした。
マリアンヌは、取り巻きの女の子たちを引き連れて、私を見下すように鼻で笑いました。
「孤児院の薄汚いドブネズミが、公爵様にちょっと似てるからって、本当の娘だと嘘をついてお屋敷に上がり込むなんて。本当に図々しいわね。それに、あなたが怪我を治したなんていう噂、どうせ手品か何かでしょう? この私こそが、神様に選ばれた本物の聖女なんだから!」
マリアンヌの冷たい言葉に、周りにいた貴族の子どもたちがヒソヒソと笑い始めました。
『国を裏切った悪女め!』
『気味が悪い化け物!』
過去の恐ろしい記憶がフラッシュバックして、私の視界がグラリと揺れました。手足が氷のように冷たくなり、ガタガタと震えが止まりません。
(やめて……言わないで……っ!)
私が恐怖で下を向いてしまった、その時でした。
「……その汚い口を閉じろ」
氷のように冷たくて、鋭い声が響きました。
驚いて顔を上げると、私の前に、ルークが立ちはだかっていました。
ルークは、腰の剣の柄に手をかけ、透き通った水色の瞳で、マリアンヌを射殺すように睨みつけています。
「お前が何者かは知らないが、リリアお嬢様は正真正銘、オブシディアン公爵の本当の娘だ。そして、お嬢様の神聖な光の魔法は、黒い呪いに蝕まれていた俺の命を救ってくださった本物の奇跡だ。……これ以上、俺のたった一人の大切な妹を侮辱するなら、たとえ相手が子どもであろうと、この剣で容赦はしない」
天才騎士と呼ばれることになるルークから放たれる、本気の怒りと殺気。
マリアンヌは「ひっ!」と短い悲鳴を上げて、顔を真っ青にして後ずさりしました。
「な、なによ! たかが養子の騎士風情が……っ! お父様ーっ! この子たちがいじめるのぉっ!」
マリアンヌが泣き叫ぶと、少し離れた場所にいた、恰幅の良い中年の貴族の男の人が血相を変えて走ってきました。
マリアンヌのお父さんである、ゴードン伯爵です。
「何事だ! 私の愛する娘に何を……っ! 貴様ら、ただの孤児と養子のくせに、私の娘に無礼を働くとは……」
ゴードン伯爵が私たちに向かって怒鳴り込もうとした、次の瞬間。
「――私の娘と息子が、何か?」
地獄の底から響いてくるような、恐ろしいほど低くて重い声が、庭園全体をビリビリと震わせました。
「ひぃっ……!?」
ゴードン伯爵の顔から、一瞬で血の気が引きました。
私たちの後ろに立っていたのは、あまりの怒りで金色の瞳をらんらんと光らせた、お父様(オブシディアン公爵)でした。
お父様は、私の肩を優しく抱き寄せながら、ゴードン伯爵とマリアンヌを、まるでゴミのようにつめたく見下ろしました。
「私が目を離した一瞬の隙に、どこの馬の骨とも知れぬ羽虫が、私の大切な娘に暴言を吐いたと聞こえたが? ゴードン伯爵……貴様、オブシディアン公爵家を敵に回して、明日も生きていられると思っているのか?」
「こ、公爵閣下っ! お、お待ちください、これは娘のほんの冗談で……っ!」
「冗談で私の娘が震えるか!!」
お父様の怒号に、庭園の木々がザワァッ! と揺れました。
ゴードン伯爵は腰を抜かして、その場にペタンと座り込んでしまいました。
「私の娘・リリアは、伝説の聖女にしか使えない治癒魔法を宿した、真の奇跡の子だ。それを、自分の娘のちっぽけな魔法を鼻にかけて、リリアを偽物呼ばわりするとは……。貴様の領地と財産は、明日すべて差し押さえてやる。二度と、我々の前にその汚い顔を見せるな!」
「そ、そんなァァァァッ!!」
ゴードン伯爵は、涙と鼻水を流しながら地面におでこをこすりつけました。
さっきまで威張っていたマリアンヌも、自分のお父さんがひれ伏しているのを見て、ガタガタと震えながらポロポロと泣き出しました。
「ご、ごめんなさい……うわぁぁぁんっ!」
ゴードン伯爵は、マリアンヌの腕を乱暴に引っ張ると「お前のせいで家が潰れるだろうが!」と怒鳴りながら、逃げるようにお茶会から去っていきました。
周りにいた貴族たちも、お父様のあまりの恐ろしさと、娘への溺愛ぶりに震え上がり、「リリア令嬢には絶対に逆らってはいけない」と深く心に刻み込んだようでした。
***
騒ぎが収まった後、お茶会の会場の隅にある静かなベンチで、お父様は私を膝の上に乗せて、背中を優しくトントンと叩いてくれました。
ルークも、私の手をギュッと握ってくれています。
「リリア。怖かっただろう。すぐそばにいられなくて、本当にすまなかった」
お父様の声は、さっきまでの鬼のような声とは全く違う、甘くて優しい声でした。
私は、お父様の胸に顔をうずめながら、静かに首を振りました。
「ううん、怖くなかったよ」
「え?」
「だって、ルークが一番に守ってくれたし、お父様がすぐに来てくれるって、信じてたから。……私、もう一人ぼっちじゃないんだって、今日、すごくわかったの」
前の人生では、あのマリアンヌの言葉に誰も助けてくれず、私はただ泣くことしかできませんでした。
でも今は、私が震える前に、怒ってくれる人がいる。私を絶対に守り抜いてくれる家族がいる。
「お父様、ルーク。私を守ってくれて、ありがとう。大好き!」
私が最高の笑顔でお礼を言うと、お父様はポロッと涙をこぼして「あああ、私の娘が世界一可愛すぎる!」と私をギューッと抱きしめました。
ルークも顔を真っ赤にして、「俺も、リリアお嬢様が大好きです」と照れくさそうに笑いました。
過去のトラウマを乗り越え、本当の家族の絆を確かめ合った私たち。
帰り道の馬車の中で、私が見た夕焼け空は、これまでの人生の中で一番、綺麗で温かい色をしていました。




