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世界で一番優しい涙と、明かされた『出生の秘密』


王都の街へお出かけをしてから、数日が経ちました。


あの日、たくさんの大人たちに囲まれながらも、勇気を出して男の子の怪我を治したこと。


そして、誰からも「バケモノ」と呼ばれず、「天使だ」「聖女様だ」と褒めてもらえたことは、私の心の中にあった暗くて冷たい氷を、すっかり溶かしてくれました。


朝、ふかふかのベッドで目を覚ますと、窓の外から小鳥の元気な鳴き声が聞こえてきます。


「……んっ、あさ……」


大きく伸びをすると、とてもいい匂いがしました。


昨日、マダム・ローズのお店から届いたばかりの、たくさんの新しいドレスの匂いです。


「おはようございます、リリアお嬢様。今日も素晴らしいお天気ですよ」


ドアをノックして入ってきたのは、メイド長のアンナさんでした。


アンナさんの後ろには、若いメイドさんたちが何人も続いていて、みんなの手には色とりどりのドレスやリボンが抱えられています。


「おはよう、アンナさん。わぁ……これ、全部私のお洋服?」


「ええ、そうですとも! 旦那様(公爵様)が、お嬢様に似合うものを片っ端からご用意するようにと仰いましたからね。さあ、今日はどのドレスになさいますか?」


アンナさんが広げて見せてくれたのは、まるで絵本のお姫様が着るような、フリルとレースがたっぷりのドレスばかりでした。


パステルピンク、空のような水色、レモンみたいな黄色、そして、星空のようにキラキラと輝く紺色……。前世(日本)の記憶を思い出しても、こんなにたくさんのお洋服を持っていたことはありません。


「うーん……じゃあ、今日はこの、白いお花がいっぱいついた水色のドレスがいいな」


「かしこまりました。お嬢様の綺麗な銀色の髪に、とてもよくお似合いになると思いますわ」


アンナさんたちに手伝ってもらい、綺麗にお着替えをして、髪の毛もサラサラにとかして可愛いリボンで結んでもらいました。


鏡の中に映っているのは、孤児院の地下室で泥だらけになって泣いていたやせっぽちの女の子ではなく、ほんの少しだけふっくらとして、ほっぺたがピンク色になった、幸せそうな女の子でした。


(私、こんなふうに笑えるようになったんだ……)


お父様とルークが、私に「安心」を教えてくれたおかげです。


私が鏡の前で嬉しくてえへへと笑っていると、コンコン、と控えめなノックの音がして、ルークが部屋に入ってきました。


「おはようございます、リリアお嬢様。……おおっ」


ルークは私を見た瞬間、目を丸くして立ち止まり、それから、少しだけ顔を赤くして微笑みました。


「とてもよくお似合いです。まるで、春の妖精が舞い降りてきたのかと思いました」


十歳とは思えないくらい大人びていて、本物の騎士様のようにかっこいいルークにそんなことを言われて、私も少しだけ恥ずかしくなってしまいました。


「ありがとう、ルーク。ルークも、その騎士の制服、すごくかっこいいよ」


「光栄です。さあ、食堂へ参りましょう。養父上ちちうえがお待ちかねですよ」


ルークに優しく手を引かれて、お屋敷の広い廊下を歩いていきます。


しかし、いつもなら食堂へ向かうはずなのに、途中でメイドさんが足早に近づいてきて、ルークにコソコソと耳打ちをしました。


「……そうですか。わかりました」


ルークは真剣な顔で頷くと、私に向き直りました。


「リリアお嬢様。養父上が、朝食の前に執務室しつむしつへ来るようにとのことです。大切なお話があるそうです」


「お父様が? 大切なお話……?」


私の胸が、トクンと小さく跳ねました。


(どうしたんだろう。私、何か悪いことしちゃったかな……)


少しだけ不安になってルークを見上げると、ルークは安心させるように私の頭を優しく撫でてくれました。


「大丈夫ですよ。養父上が、お嬢様を叱るはずがありません。俺も一緒に行きますから」


***


お屋敷の奥にある、分厚くて大きな木のドア。それが、お父様の執務室です。


ルークがノックをしてドアを開けると、中には、たくさんの本が並んだ大きな棚と、立派なマホガニーの机がありました。


「おはようございます、お父様……」


私が少し緊張しながら部屋に入ると、机の前に立っていたお父様が、ゆっくりとこちらを振り返りました。


『黒曜石の悪魔』と恐れられる、大きな刀の傷跡があるコワモテ


でも、今日のお父様は、いつもと少し違いました。どこか落ち着きがなく、そして、とても緊張しているように見えたのです。


「ああ、おはよう、リリア。……よく来てくれた」


お父様は私をソファに座らせると、自分もその向かい側に座りました。


ルークは私のすぐ後ろに立って、ナイトのように私を守ってくれています。


「あの……お父様。大切なお話って、なんですか?」


私が首をかしげて尋ねると、お父様は大きく深呼吸をしてから、机の上に置いてあった「ある物」を、とても大切そうに両手で持って、私の目の前のテーブルに置きました。


それは、色あせて少し古くなった、白いきぬの布でした。


端っこには、とても綺麗な青いお花の刺繍ししゅうが縫い付けられています。


「……これはね、おくるみというものだ。まだ小さな赤ん坊を、優しく包んで温めるための毛布のようなものだよ」


お父様の低くて優しい声が、静かな部屋に響きます。


「おくるみ……?」


「ああ。リリア、よく聞いてくれ。これは……お前が五年前、あの孤児院の前に捨てられていた時に、お前を包んでいたおくるみだ」


「えっ……!」


私は驚いて、目を見開きました。


二度目の人生でも、私はずっと「親に捨てられたいらない子ども」だと思って生きてきました。私が着ていたものは、いつもボロボロの布切れだけだったはずです。


「このおくるみは、孤児院の院長が、お金に換えるために隠し持っていたのだ。……リリア、この刺繍に見覚えはないか? そして、この紋章に」


お父様が指さした布の隅には、黒い盾と剣が交差した、オブシディアン公爵家の立派な紋章が縫い取られていました。


「これ……お父様の、お家のマーク……?」


「そうだ。そして、この青い花の刺繍は……数年前に病気で亡くなった、私の愛する妻が、お腹の中にいる『まだ見ぬ我が子』のために、ひと針ひと針、愛情を込めて縫い上げたものだ」


お父様の言葉の意味が、すぐには理解できませんでした。


亡くなった奥様が縫ったもの。お父様の家の紋章。それが、私が孤児院に捨てられた時に私を包んでいた……?


「お、お父様……? それって、どういう……」


私の声が震えました。


お父様は、立ち上がって私の目の前にひざまずき、私と視線を同じ高さに合わせました。


そして、私の小さな両手を、そのごつごつした大きな手でギュッと、祈るように包み込んだのです。


「リリア。お前は……私に拾われた、ただの孤児ではない。お前は、五年前、屋敷に押し入った強盗によって誘拐され、行方不明になっていた……私の、本当の娘だ」


――ドクンッ。


心臓が、大きく鳴りました。


「ほ、んとうの、娘……? 私が……?」


「そうだ。お前は、私と妻の間に生まれた、世界で一番大切な宝物だ。……ごめんな。五年もかかってしまった。あんな冷たくて恐ろしい場所で、お前を一人ぼっちにしてしまって……本当に、本当にすまなかった……っ」


お父様は、私の手を握りしめたまま、ポロポロと大粒の涙をこぼしました。


戦場でどんなに恐ろしい敵に囲まれても決して泣かなかった最強の公爵が、声を殺して、子どものように泣いているのです。


私の頭の中は、真っ白になりました。


(私、捨てられたんじゃなかったの……?)


前世の日本で死んで、この世界に生まれ変わってからの『二度目の人生』。


私はずっと、「誰からも望まれていない子」だと思っていました。


だから、どんなにひどい扱いを受けても、バケモノと呼ばれても、最後に処刑台に連れて行かれても、「私はいらない子だから、仕方がないんだ」と、心のどこかで諦めていたのです。


でも、違った。


私は、捨てられたゴミなんかじゃなかった。


私のお母様は、私のためにこんなに綺麗なおくるみを縫って、生まれてくるのを楽しみに待ってくれていた。


私のお父様は、私がいなくなってから五年間、ずっとずっと、私を探してくれていたんだ。


「……おとう、さま……っ」


気がつくと、私の目からも、滝のように涙があふれて止まらなくなっていました。


「わたし、いらない子じゃ、なかったの……? 捨てられたんじゃ、なかったの……?」


「当たり前だ!!」


お父様は大きな声で叫ぶと、私をソファから抱き上げ、その胸の中に強く強く抱きしめました。


「お前は、誰よりも望まれて生まれてきたんだ! 私たちの希望だった! お前がいなくなってから、私の心はずっと死んでいた。だが、お前が……神様が、お前を再び私の腕の中へ返してくれた……っ!」


お父様の胸の鼓動と、温かい涙が、私の頬に伝わってきます。


それは、私が生まれて初めて感じた、本当の「親の愛情」でした。


過去のつらい記憶、誰にも愛されなかったという絶望が、お父様の涙と一緒に、綺麗に洗い流されていくのがわかりました。


「うわぁぁぁぁんっ! お父様っ……! お父様ぁっ……!!」


私は、お父様の首に両手をしっかりと回し、声を上げてわんわんと泣きました。


これまでは、「見捨てられないように」と、いい子にしていようと必死でした。


でも今は、自分の本当のお父様の胸の中で、ただの子どもに戻って、大きな声で泣くことができたのです。


その後ろで、ずっと黙って見守っていたルークも、透き通った水色の瞳から静かに涙を流していました。


ルークはそっとひざまずき、私とお父様を包み込むように、大きな手で私たちの背中を撫でてくれました。


「……本当によかったです。リリアお嬢様。あなたは今日から、正真正銘しょうんしょうめい、このオブシディアン公爵家の本当の娘です。俺の、たった一人の大切な妹だ」


ルークの言葉に、私は泣きながら何度も何度もコクコクと頷きました。


血の繋がった大好きなお父様と、私を命がけで守ってくれる、大好きなお兄ちゃん。


私はついに、世界で一番温かくて、絶対に壊れることのない『本当の家族』を手に入れたのです。


***


その日の午後は、お屋敷中がお祭り騒ぎになりました。


お父様が「リリアが私の実の娘であった! 今日はお祝いだ!!」と大声で叫んだため、メイドのアンナさんたちも、お屋敷の騎士たちも、みんな泣いて喜んでくれました。


お庭のガゼボ(休憩所)には、王都で一番美味しいと有名なケーキ屋さんのケーキが、全種類テーブルに並べられました。


「さあ、リリア。遠慮せずに全部食べなさい。もしお腹が痛くなったら、私が国中から最高のお医者様を呼んでこよう!」


「養父上、それは過保護すぎます。リリアお嬢様、俺が食べやすいように小さく切ってあげますからね。あーん、してください」


「もぉ、お父様もルークも、大げさだよぉ……ふふっ」


私は、イチゴの乗ったケーキを口に運びながら、幸せで胸がいっぱいになっていました。


お父様は私を膝の上に乗せて離そうとしませんし、ルークも私の隣にピタリとくっついて、お世話を焼いてくれます。


少し前まで、自分が処刑される悪夢に怯えていたのが嘘みたいです。


私の持っている不思議な光の力も、もう何も怖くありませんでした。私には、こんなに強くて優しい家族がついているのですから。


***


しかし、私たちがそんな温かい幸せに包まれていた頃。


王都の街の中心にある、別の大きな貴族のお屋敷では、黒い影が少しずつ動き始めていました。


ガシャーーーンッ!!


「キーーッ! 悔しい、悔しいわ!!」


豪華な部屋の中で、陶器の花瓶を壁に投げつけて叫んでいるのは、金色の巻髪と、派手なドレスを着た十歳くらいの女の子でした。


「なによ、なんなのよ! 『銀色の髪の天使』ですって!? 『奇跡の聖女様』ですって!? ふざけないでよ!」


女の子の名前は、マリアンヌ。


ある貴族の娘であり、ほんの少しだけ「光の魔法」が使えるため、大人たちからチヤホヤされ、自分のことを「神に選ばれた聖女」だと信じ込んでいる、とてもワガママな女の子です。


そう、彼女こそが、私の二度目の人生で、私を罠にはめてギロチンへと追いやった『偽物の聖女(悪女)』その人でした。


「聖女はこの私、マリアンヌ様よ! 孤児上がりの汚いガキのくせに、オブシディアン公爵の娘になったからって、調子に乗って……っ! 絶対に許さない。あの女の評判を落として、私の前にひざまずかせてやるんだから!」


マリアンヌがギリッと歯を食いしばり、憎しみに満ちた目で窓の外を睨みつけていた頃。


オブシディアン公爵家では、お父様と側近のレオンが、冷たい目を光らせていました。


「閣下。街でリリアお嬢様が力を使われた噂が、王宮や貴族たちの間に広まり始めています。中には、お嬢様を利用しようと企んでいる愚か者たちもいるようです」


レオンの報告に、お父様はフン、と鼻で笑いました。


その顔は、私に見せるデレデレの優しい笑顔とは全く違う、戦場に立つ『黒曜石の悪魔』の恐ろしい顔でした。


「よかろう。私の愛する娘に、薄汚い手で触れようとする羽虫どもは、片っ端から潰してやる。五年前の誘拐事件の犯人も、そろそろ尻尾しっぽを出す頃だ。……我が娘を傷つけた者たちには、後悔する暇も与えん。徹底的に地獄を見せてやる」


私に迫る過去の因縁いんねんと、悪意の影。


でも、三度目の人生の私は、もう一人で震えて泣いているだけの女の子ではありません。


お父様とルークの大きくて温かい愛情という、絶対に破られることのない最強の盾に守られた私は、本当の幸せに向かって、しっかりと前を向いて歩き出していました。


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